「物を盗られた」「誰かがいる」と言う親。否定する?話を合わせる?認知症の妄想・幻視への接し方|医師が教える
認知症の家族から、「財布を盗られた」「お金を取ったでしょう」「知らない人が家にいる」と言われたら、どう対応すればいいのでしょうか。家族としては、「そんな人はいないよ」「盗られてないよ」と否定したくなります。何度も同じことを言われれば、「さっきも説明したでしょう」と腹が立ってしまうこともあるでしょう。一方で、本人の話に合わせて「そうだね、誰かが盗ったのかもしれない」と言うのも、本当に正しいのか迷います。実は、認知症の方への対応では、妄想や幻視の内容そのものを訂正することより、本人が感じている不安や恐怖を受け止めることが大切です。医師が解説します。
「盗られた」は認知症でよくみられる症状の一つ
認知症では、「物盗られ妄想」がみられることがあります。
財布、通帳、眼鏡、アクセサリーなどを自分で置いたにもかかわらず、その場所を思い出せず、「誰かに盗られた」と考えてしまうのです。
例えば、80代の女性が「私の財布がない。嫁が盗った」と訴えたとします。
家族が探してみると、財布は本人のタンスの中から見つかりました。
「ほら、ここにあるでしょう。あなたがしまったんでしょう」と説明すれば、事実としては間違っていません。
しかし、本人からすると、「自分がしまった」という記憶がないため、納得できません。
むしろ「私のことを馬鹿にしている」と怒りが強くなることがあります。
まず「否定」しないことが大切
認知症の方が「盗られた」と言ったとき、最初から「盗られていない」と否定するのは、あまりおすすめできません。
大切なのは、事実関係をすぐに訂正することよりも、まず本人の不安を受け止めることです。
「財布がなくなって心配だったんだね」
「大切なものだから、見つからないと不安になるよね」
このように声をかけてから、一緒に探してみる。
本人の気持ちを否定せずに対応するだけで、落ち着くことがあります。
「話を合わせる」のとは少し違う
では、「誰かが盗ったのかもしれないね」と話を合わせればいいのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
「盗まれた」という妄想を強く肯定すると、本人の疑いをさらに強めてしまう可能性があります。
「そうなんだね」と気持ちは受け止めても、事実については断定しない。
例えば、「なくなって心配だね。一緒に探してみよう」という対応なら、本人の不安を受け止めながら、「誰かが盗った」という話を積極的に肯定することもありません。
この距離感が大切です。
「誰かがいる」は幻視かもしれない
認知症の方が「部屋に知らない人がいる」「庭に子どもがいる」と話すことがあります。
本人には、本当に人が見えているように感じられていることがあります。
これが幻視です。
特にレビー小体型認知症では、具体的な人物や動物などが見える幻視が特徴的にみられることがあります。
例えば、「夜になると、部屋の隅に男の人が立っている」と訴えるケースがあります。
家族には何も見えません。
ここで、「そんな人いるわけないでしょう」と強く否定すると、本人は「自分がおかしいと思われている」と感じ、不安がさらに強くなることがあります。
幻視を無理に否定しない
幻視の場合も、本人の見ているものを家族が同じように認める必要はありません。
「怖かったね」
「そこに誰かいるように見えたんだね」
と、まず本人の感情に寄り添います。
そのうえで、照明を明るくしたり、部屋を一緒に確認したり、別の場所に移動したりします。
例えば、壁に掛けた洋服が人に見えているのであれば、洋服を片づけることで症状が落ち着くこともあります。
「本人にとっては本当に見えている」という視点
ここが認知症の介護で非常に重要なところです。
家族には見えていない。
でも、本人には見えている。
本人には盗まれた記憶がある。
でも、実際には盗まれていない。
このような「本人の現実」と「家族の現実」が食い違うことがあります。
このとき、「どちらが正しいか」を争ってしまうと、本人との関係が悪くなってしまいます。
認知症の方への対応では、事実を訂正することより、本人が今どのような不安を感じているのかを見ることが重要です。
ケース①「嫁が財布を盗った」と訴える母
例えば、80代の母親が、同居する娘に「あなたが私の財布を盗った」と繰り返し訴えているとします。
娘は当然、「私が盗るわけないでしょう」と腹が立ちます。
しかし、毎回強く否定すると、母親は「やっぱり隠している」と疑いを強めることがあります。
こういう場合は、「財布がなくなって心配なんだね。一緒に探そうか」と声をかける。
そして、普段財布を置きそうな場所を一緒に確認する。
もし見つかったら、「あったね。見つかってよかったね」と終わらせる。
「だから盗ってないって言ったでしょう」と追及する必要はありません。
ケース②「夜になると知らない人がいる」
別のケースでは、70代の男性が、夜になると「玄関に知らない人がいる」と訴えます。
家族が確認しても誰もいません。
この場合、まず部屋を明るくする、カーテンを閉める、テレビなどの音を減らすなど、周囲の環境を整えてみます。
「怖いから一緒に確認しよう」と本人と一緒に確認し、その後に別の話題に切り替える方法もあります。
幻視が出る時間帯や場所が決まっているのであれば、何がきっかけになっているのか観察することも大切です。
やってはいけないのは「説得合戦」
「盗ってない」
「盗ったでしょう」
「盗ってないよ」
「じゃあ財布を出して」
このようなやり取りを何度も繰り返していると、家族も本人も疲れてしまいます。
認知症による妄想は、論理的に説明すれば必ず納得してもらえるとは限りません。
だからこそ、正しさで勝とうとしないことが大切です。
本人の不安を下げることを優先したほうが、結果的に落ち着きやすくなります。
ただし、急に妄想や幻視が出た場合は注意
ここは非常に重要です。
これまでなかった妄想や幻視が、突然出てきた場合には、「認知症の症状だ」と決めつけないでください。
感染症、脱水、便秘、睡眠不足、薬剤の影響などによって、急に意識や認知機能が乱れる「せん妄」が起きている可能性があります。
特に、「昨日までは普通だったのに、今日になって急におかしくなった」という場合は、医療機関への相談が必要です。
家族が疲れ切らないことも大切
妄想や幻視への対応は、毎日続くと家族にとって大きな負担になります。
「どうして分かってくれないのだろう」と考えてしまうのは、決して家族が冷たいからではありません。
認知症の介護は、それだけ大変なものです。
家族だけで抱え込まず、主治医や看護師、ケアマネジャーなどに相談してください。
妄想や幻視の頻度が増えている場合や、本人が強い恐怖を感じている場合、家族に対する攻撃や危険な行動につながっている場合には、医療的な評価が必要になることもあります。
「正しいか間違っているか」より「安心できるか」
認知症の方が「物を盗られた」「誰かがいる」と言ったとき、家族が覚えておきたいのは、
否定しすぎない。話を合わせすぎない。まず気持ちを受け止める。
ということです。
「盗られてないよ」と事実だけを訂正するのではなく、「なくなったら心配だよね」と本人の不安を見る。
「誰もいないよ」と否定するのではなく、「怖かったね。一緒に確認しよう」と寄り添う。
認知症の方にとって大切なのは、「自分の言っていることを正しいと認めてもらうこと」だけではありません。
自分の不安や怖さを分かってもらえること。
それだけで、落ち着きを取り戻せることがあります。
そして、急に症状が出た場合には、認知症の進行と決めつけず、せん妄など別の原因がないかを確認する。
この二つを知っておくだけでも、認知症の家族への接し方は大きく変わってくると思います。
今回の記事が少しでも参考になれば幸いです。
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