2)介護も仕事も、阿弥陀さまに与えられた修行。苦にとらわれず、仏への使命ととらえる|僧侶・中川学さんに聞く

2)介護も仕事も、阿弥陀さまに与えられた修行。苦にとらわれず、仏への使命ととらえる|僧侶・中川学さんに聞く
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Saya
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2026-07-19

親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。

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今回は、京都・瑞泉寺のご住職、中川学さんに介護体験を伺っているわけですが、「この世で幸せとされていることだけでなく、不幸と思われるものですら、ナムアミダブツとして感謝して受け取らなくてはいけない」。それを心にもって、日常を送っておられるからこその、このたたずまいなんだと、のっけから納得したことでした。

「苦にとらわれてはいけないというのが仏教の考え方なので、苦にとらわれ、変な行動に出ると、さらに悪いことを引き起こすから、苦しみの連鎖から抜け出しなさいというのがお釈迦さまのお悟りなんですよ。認知症のお年寄りが家族にひどいことを言ったり、したりというのも悲しい状態だけど、それも含めて、修行なんです。

僕らの浄土宗の信仰では最後、どんな人でも極楽浄土に行ける。とくに、僕らの西山派は、こちらの努力次第だとかナムアミダブツと一千回言ったからとか、阿弥陀さまへの信仰が強いからとかの条件づけはない。阿弥陀さんのほうから迎えに来てくれるというのがある。こんな俺でも、連れていってくれるんだと感動して、ナムアミダブツの声が出るのがいいとされているんですね。

阿弥陀と名付けているけど、知らないのに助けてくれている。そういう力があって、報われ続けているから、僕らはこの世にいるんですよ。そうでなければ、次の瞬間、心臓が止まるかもしれないし、巨大な地震が来るかもしれない。生と死って、コンマゼロゼロ秒くらいで、切り替わっているものだと思いますし、死が怖いものというのも、いろいろな雑念で、何か本当のことを見られていないのかもしれません。欲望に駆り立てられて、それが善だと思っているけど、欲望は迷いかもしれない。迷いの眼で見ているから、死が怖いのかもしれない。

坐禅や滝行というわかりやすい修行が早道という人もいていいんですが、それらにとらわれてもいけない。日々こなさなくてはいけない仕事を一緒懸命やることが修行になっているはずです。阿弥陀さんに与えられた能力が修行なんだろうと思います。僕は絵を描くし、Sayaさんは星占いや文章でしょう。そうやって社会の役に立つことができて、それが何らかの仏への使命だと思えたら、どんな仕事でも、働く質も変わるかもしれないと思うんですよ。父母の介護にイライラすることもありますよ。〝何で、こんなおしっこなんか拭かないとあかんねん〟と思うときもある。でも、それが阿弥陀さまからの修行だと思えば、前向きにやれるんです。それがなければ、単なるジゴクですよね」

→【記事の続き】3)知らないうちに生かされ、報われている。 阿弥陀さまとの縁をルーツからも実感!こちらから。

お話を伺ったのは…中川学さん

1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。

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