1)誤嚥性肺炎で再入院。施設入居かどうか、おおいに悩む【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】

1)誤嚥性肺炎で再入院。施設入居かどうか、おおいに悩む【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】
Saya
Saya
2026-03-23

親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。

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前回は、父が突然の転倒で入院した事情をお話しさせていただきました。

自宅ではわたしと深い対話ができるほど落ち着いていた父ですが、その翌日、わたしがいない間に、母が細かく刻んだ人参を食べさせてしまい、またも誤嚥性肺炎になってしまったのです。レトルトの流動食を買ってあったのですが、刻めばいいと聞いたからと、人参を入れてしまったのですね……「(やわらかくしたうえで)刻めばいいです」というケアマネジャーの言葉を誤解してしまい、レンジはしても、そこまでやわらかくはなっていなかったようです。

母にしてみると、父の突然の入院で、食材が余っているからもったいないという思いもあり、自分なりに工夫して食べさせようとしてくれたわけです。でも、肺炎にさせてしまうくらいなら、人参は捨ててほしいのですが、母も高齢なうえ、戦後の食糧難を覚えている世代でもあり、食べものを捨てない、余らせないことに意地になってしまう傾向もわかってきました。

この日は、先日まで入院していた口腔外科で抜糸をしてもらう予定で、上の妹夫婦が車で迎えに来てくれることになっていましたが、結局、その車で救急搬送。今度は、総合診療科の病棟に入院となってしまいました。わたしはすでに1週間以上、関東にいたため、翌日、京都に戻らざるを得なかったのですが、総合診療科ではよい先生にめぐり合い、10日ほど入院している間、近隣に住む上の妹が毎日のようにお見舞いに。さすがの父も、口腔外科の入院よりはだいぶ落ち着いて過ごせたようです。

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ただ、いざ退院の段になると、病院からは施設を勧められたものの、今でもすぐ「帰る、帰る」と言ってパニックになる父をどうやって施設入居させるのか、答えは出ませんでした。もう少し認知症状が進んで、施設を家と思い込むくらいになってからでないと、無理ではないかというのが家族の意見でした。また施設に入ると、今のケアマネジャー、訪問診療のドクターやスタッフ、看護師などともお別れになってしまうのも、二の足を踏ませました。

結局、入院先のドクターや看護師、相談員と、訪問診療のスタッフでの会議がひらかれることに。上の妹が病院へ。わたしは京都からのオンライン参加でしたが、なんとか思いを伝え、とりあえず、母が流動食の作り方のレクチャーを受けることを条件に、自宅でやってみようということになりました。

→【記事の続き】2)1週間ほど夫の帰省に同伴。心身を休めて、またがんばろうと決意を新たにこちらから。

文/Saya

東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。

ホームページ sayanote.com
Instagram @sayastrology

写真/野口さとこ

北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。

ホームページ satokonoguchi.com
Instagram @satoko.nog

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