2)1週間ほど夫の帰省に同伴。心身を休めて、またがんばろうと決意を新たに【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】

2)1週間ほど夫の帰省に同伴。心身を休めて、またがんばろうと決意を新たに【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】
Saya
Saya
2026-03-23

親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。

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その後、ひと月ほどは平穏に過ぎていきました。父はイライラすることはあっても、もう以前のように何時間も怒り続けるほどは、思考するエネルギーがもたないようでした。そのため、少し怒ったとしても、母でも気分を切り替えさせることもできるように。

穏やかなときは穏やかですし、覚醒しているときはもとの父なので、夏至の直前だったか、1日だけ寄ったときも、「また来たのか」という感じ。「そんなに無理しなくていいんだぞ」といつものように言ってくれました。ソファでうたた寝しつつでしたが、わたしが行くと、「いつも(気分が)いいんだ」と言ってくれました。

母もとてもがんばって、流動食を作ってくれていたようだったので、ここでわたしは1週間ほど夫の帰省に同伴。父の認知症の前には母の〝負動産〟の処分もあったため、2年近く、わたしの実家のケアにかかりきり。夫のことも放置していたので、ホテルや飛行機をキャンセルするのももったいないと、出かけるほうを選びました。

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夫の帰省と言っても、行き先は沖縄。遊びに行くようで罪悪感もあったのですが、その半年前に体調を崩し、3週間ほどダウンしたトラウマもあり、介護に夢中になりすぎては自分がダメになる。そんな脅迫観念があって、場所を変えたかったのですね。とは言え、父の転倒事故で、関東での滞在を延ばしたこともあり、仕事は押し気味。沖縄のホテルやカフェで、ほぼ缶詰になって、原稿を書いているだけのワーケーションでしたが、それでも、5年住んだ沖縄の空気によって、随分、元気になったのは確か。行きつけのカフェで仲よしのオーナーや常連さんたちと話すだけでも不思議と癒され、また父のためにがんばろうと決意を新たにしたことでした。

→【記事の続き】3)「水も飲めない」という父の現実に、自宅での介護をギブアップこちらから。

文/Saya

東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。

ホームページ sayanote.com
Instagram @sayastrology

写真/野口さとこ

北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。

ホームページ satokonoguchi.com
Instagram @satoko.nog

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