誰にも由来しない自分を探していた。順風満帆ではない20代を振り返って、今、思うこと|連載「本当は何を望んでるの?」

誰にも由来しない自分を探していた。順風満帆ではない20代を振り返って、今、思うこと|連載「本当は何を望んでるの?」
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uka
濠うか
2026-08-20

社会や他人の期待の中で、いつのまにか見失っていた「私」を、もう一度見つけにいく。誰かのためではなく、ただ、自分の心をやさしくやさしく、ほどいていく。この連載は、濠うかさんが「自分を取り戻す」ために歩んだ、小さくて深い、気づきの旅の記録。

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あと数ヶ月で、20代最後の年を迎える。

振り返ってばかりもやめにしたいところだが、懲りずに振り返ると、やはり順風満帆とはなかなかに言いがたい時間を過ごしてきたと思う。

何が原因だったのかはわからない。けれど、私にはいつも、「ただの自分のままでは、望んだものは得られない」という強迫めいた思い込みがあった。

生まれた家やからだ、言ってしまえば、そうした「与えられたもの」に対して、心のどこかですんなり受け取ることができず、「感謝しなくては。この恩はいつか返さなくては」と、いつも思っていた。

自分で選んだわけではない。そんなものを私のものだと素直に受け入れてしまったら、自分の人生がいつまで経ってもはじまらない。そんな思いが、いつも私を追い立てていた。

幼いながらに置かれてしまう小さな社会と折り合うことができず、なかなかに困難だった学生生活を終え、どうにか働き始めてからというもの、「ただの自分では受け入れてもらえない」という強い思い込みから、いつも負荷のかかるやり方で自分だけの道を作ろうとしてきた。

どこにも馴染めずに、ひとりで生きざるを得なかった自分自身の気質や、属性による社会的な不安定さを、真正面から受け入れられなかったがゆえ、とも言えるかもしれない。あらゆる生き方を試すようにあちこちを訪ね、人と話し、反応を確かめた。

「この場所が、この人こそが、自分の居場所だろうか」と、問うような具合に。

けれど同時に、心の奥底では、「本当にこれでいいのか?」と問い続けてもいたようにも思う。

本当に望んでいる生活がどこにあるかわからなくて、それを手にできる場所をどこか遠くへ探しに行きたい。そんなどこかを目指して、はやる足は止まらない。

それでも結局は、目の前にある、寄りかかられ続けてよれよれになった「安心」や「ぬくもり」が、生まれた家や生まれたからだに引き戻してしまう。

「本当は何を望んでいるの?」そう、いつもいつも問い続けてきた。

答えらしきものを見つけても、日に日にどこか高い場所へと、ぐるぐる駆け上がってしまうせいで、また別の問題を見つけてしまう。いつまでも、自分で自分を楽にしてあげられない。どうしたって立ち止まることができない。

自然と歩いているように見える周囲との歩み方を比べては、「どのように生きればいいのか」という大きな問いの前で、不器用にもがく自分だけがまだ人生の入口に立っているような気がして、それが不甲斐なく、恥ずかしかった。

それでも、他の生き方がわからなくて、さらに強い負荷をかけて自分を変化させることで、理想の生活に近づこうとした。

あるときついに、度を越した負荷をかけた。自分の物語だけであらゆる出来事を乗り越えてきたこれまでに逆らうように、切実な望みや願い、過去のストーリーを語ることをやめようと決意した。

まず、何よりも先にお金を稼ぎ、誰の手も借りず、自分だけで暮らすための足場を作るのだと。私が何者でなくてもよく、私ならではの言葉も求められない。ただ効率と成果だけの場所で。

今こうして言葉にしてみると、よくもこんな極端な選択に突き進んだなと思う。私の気質を知る友人からは、「あんた、今とんでもなく罰当たりなことをしてるんじゃない?」と言われる始末だった。

喉が詰まり、鼓動は速く、少しでも緊張の糸をゆるめたら泣いてしまう。自分の望んだ生活を得るためと腹落ちさせた選択だったにもかかわらず、大げさじゃなく、「これは生きていると言えるのか?」とも思うような毎日だった。

オフィスの蛍光灯の下。誰にもバレないよう飄々とした顔でキーボードを叩きながらも、本当はぼろぼろの心が、愛しい人たちのことを思い出す。

私の努力でも頑張りでもなく、気がついたら親しくなり、自然と私の人生の中にいた人たち。

もがき続ける自分自身を茶化すでもなく、話術で楽しませるでもなく、そんな人たちの方へと体重をあずけるように、とにかく私自身の“いま現在”の気持ちや葛藤を漏らすようにした。いや、せざるを得なくなった。

夜な夜な長電話をしたり、ときには友人の住む家に押しかけ、同じ机で仕事をしたり、一緒に食事をしたり、会話をしたりした。

何に悩んできたか。何に苦しんできたのか。何を抱えてきたのか。一つひとつにどんな意味がなくてもよかった。それぞれ、返してくれる言葉や関わり方は違ったけれど、その一人ひとりが、今にも液体になって、どこかへながれていってしまいそうな、やさしくやわらかなもので返そうとしてくれた。

こんなにも互いを大切に思える関係性が、努力で得たものではない。そう思うと、身体に入っていた力が、次第にほどけていく感覚になった。

家も、からだも、この生まれた東京という街も。自分が自分として生まれてきただけで、そこにあったものだ。そんな、自分では選ぶことのできない環境の中で、必死に「誰かから与えられること」に背くように生きてきた。

それでも、いつの間にか受け取っていたものは、少しずつ時間をかけて、「私自身」になっていたのだと、はじめて与えられたものを、自分のものとして受け取ろうとすることができた。

ずっと、誰にも由来しない自分を探していた。しかし、そんな自分は最初からどこにもいなかったのだ。

自分が出発点となってどこに辿り着くかではなく、自分自身の中に安らぎを拡げていくように。私は、たくさんの人から、たくさんのものをもらって、まだよくわからないものまで抱えながら生きている。

私は、私の目で世界を見ている。その見え方がときどき、誰かの見ているものと重なる。いつも自分の調子を気にかけ、ときに誰かに寄りかかり、いつまでも未完成な言葉をこぼし合いながら、さまざまな出会いと経験をして、少しずつ、私が、私の人生がふくらんでいく。

これから一体、どこにながれていくのだろう。

この日々に一体何の意味があるのだろう。

わからなくていい。

その移ろいを、その変化を、予測できない出会いと拡がりを。

いつも私らしく感じ、迷い、選びながら生きていきたい。

この私に、私の人生に、愛をくれた人たちと。

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