「使い物にならない私」更年期の”諦め上手”のすすめ【#50代のリアル】

「使い物にならない私」更年期の”諦め上手”のすすめ【#50代のリアル】
Photo by Poko
井上敦子
井上敦子
2026-07-13

朝、目覚めた瞬間に分かる日がある。「あ、今日はダメな日だ」と。身体が鉛のように重くて、気持ちも晴れない。予定を全部キャンセルしたい衝動と、それでも頑張らなきゃという焦りがせめぎ合う。——そんな朝が、40代後半から急に増えました。新しく始まる【#50代のリアル】は、そんな「使い物にならない私」との付き合い方、“諦め上手”のすすめについてのお話です。

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「使い物にならない私」を、そのまま受け入れる

先日、地方でのリトリートに行った際のことです。参加者の皆さんと過ごした時間はとても充実していたのですが、その反動なのか、翌日ひどいめまいとメンタルの落ち込みに悩みました。身体も鉛のように重たくて、起き上がることすら億劫で、思うように動けません。結局やむを得ず、代行の先生にクラスをお願いすることになりました。

以前の私だったら、きっと無理をしてでもクラスに立っていたと思います。でも今は、無理をするとかえって不調が長引くということを、身をもって知っています。だから思い切って、諦めて休むことを選びました。「ヨガ講師なのだから、こうあるべき」という思い込みを、少しずつ手放している。手放さざるを得ないのが、更年期真っ只中の私です。

諦めることと、諦めないことのパラドックス

けれど、心の中にはもう一人の私もいます。諦めないことも大事だと思う私です。

たとえば、アーサナの練習。身体には、以前とは明らかに違う変化がきています。柔軟性も、体力の持続も、若い頃と同じようにはいきません。それでも、アーサナの練習だけは諦めたくないと思っています。それから、もたついてきたお腹まわり、垂れてきたお尻。もはや重力に完全に負けている気がしますが、諦めずに筋トレを頑張っている自分がいます。

体調の変化には、しなやかに降伏して「諦める」。でも、これからどんな自分でありたいか、どんな人生を歩みたいかという「未来の可能性」については、絶対に「諦めない」。矛盾しているようで、この両方があるからこそ人生は豊かになるのだと、今の私は思っています。すべてを投げ出すのでもなく、すべてに強がるのでもなく、そのグラデーションのなかで揺れながらバランスを取っていくことこそ、50代のリアルな成熟なのかもしれません。

更年期という、次のステージへの「中休み」

この不調だらけの時期を、私は一種の「中休み(ブレイクタイム)」として捉えることにしています。クラスにいらっしゃる先輩方が口を揃えて、「抜けたらびっくりするくらい元気にになるよー」と言ってくれるのが希望になります。もう少ししたらホルモンの嵐は去り、心も身体も新しい安定期へ落ち着いていくはず。

同じステージにいる皆さんの中に不調に悩んでいる方がいたら、どうか自分を責めないでくださいね。使えない日は前向きに諦めて、たっぷり休む。でも、大好きなことへの情熱や、まだ手放したくないものへの想いは、そっと胸に灯し続けておく。休むことと、諦めないこと。この両方を、上手に乗りこなせたら良いですよね。それは、決して矛盾でも、中途半端でもないのですから。

 

そういえば、この連載も今回から名前が変わりました。『40代のリアル』改め、『50代のリアル』として、これからも等身大の言葉をお届けしていきたいと思います。もしよろしければ、お付き合いくださいね。

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カバー撮影/Poko

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