40代のリアル、最終回。50代の入り口で思うこと【#40代のリアル】

40代のリアル、最終回。50代の入り口で思うこと【#40代のリアル】
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井上敦子
井上敦子
2026-06-11

「40代のリアル」という連載を書かせていただくようになって、気づけば4年が経ちました。40代の揺らぎや、更年期、自己肯定感、女性としての変化。この連載では、その時々の自分の本音をジャーナリングするように、できるだけ隠さずに書いてきたように思います。 そして今年、私は50歳になります。ひとつの節目を迎えるにあたって、今回は、「自分を愛する先にあるもの」について考えていきたいと思います。

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「ちゃんとしなきゃ」で生きてきた30代まで

振り返ると、30代までの私は、ずっと「期待に応えること」を大切にして生きてきました。ちゃんとしていたい。迷惑をかけたくない。人に必要とされたい。仕事でも、人間関係でも、「相手が望む自分」であろうとしていた気がします。そうやって社会に自分をフィットさせようと、ある意味必死だったのだと思う。

もちろん、それが悪いわけではありません。その経験があったからこそ、今の私があるとも思っています。でもその一方で、自分のことを常に後回しにして、自分をどうやって愛したら良いのか分からなくなっていました。

本当は無理をしているのに、「大丈夫」と言ってしまう。本音よりも、社会の提示する「正解」を選ぶ。いつの間にか、“自分自身との関係”が薄くなっていたのでした。

 

40代で始まった、「自分を愛する」練習

だから40代の私にとって、大きなテーマになったのが、「自分を愛すること」でした。以前の私は「自分を大切にする」ということを、どこか selfish なことのように感じていたところがありました。でも実際には、自分を置き去りにしたままでは、本当の意味で誰かを愛することはできないのだと、少しずつ分かってきたのです。

疲れている時には休むこと。無理に笑わないこと。傷ついた時には、「傷ついた」と伝えること。そんな小さなことを、一つずつ練習してきた10年だった気がします。すると不思議なことに、自分を守るための殻のようなものが、少しずつ薄くなっていきました。以前よりも、人と比べなくなったし、必要以上に構えなくなった。そして何より、自分を大切にできるようになった結果、純粋に誰かを想える瞬間が増えた気がするのです。

もちろん、まだまだ道の途中です。それでも、「自分を愛すること」と「誰かを愛すること」は、別々ではなかったのだと、今は感じています。こうやって試行錯誤しながら長い時間をかけて、精神的に成長していける自分が嬉しくもあります。

 

ヘアドネーションで気づいたこと

最近、ヘアドネーションをしました。寄付する相手の顔は見えません。それでも、「誰かの元へ届く髪なのだ」と思うと、不思議と丁寧に扱いたくなりました。食事に気をつけたり、乾かし方を工夫したり・・前よりもずっと髪を大切にすることができました。

その時に気づいたのです。自分のためだけよりも、“誰かを想うこと”の方が、やはり人は大きな力を出せるのだと。誰かを想うことは、与えることではなく、自分自身の心まで豊かにしてくれるのかもしれません。自分を置き去りにせず、相手を大切にする。若い頃の私には持てなかった視点を、今学んでいる気がしています。

 

50代は、「利他」を育てていきたい

おぼろげながらですが、50代のテーマは、「利他」なのかもしれないと感じています。40代は、自分を愛することを学んだ10年でした。だからこれからは、その愛を、少しずつ外側へ広げていけたらと思うのです。誰かの安心になれること。そして、もっと自然に人を愛せる自分になっていくこと。そんな在り方を、50代では静かに育てていきたいと思っています。

4年間続いた「40代のリアル」という連載は、今回で一区切りとなります。毎月、この連載を読んでくださる方がいたことに、心から感謝しています。次は「50代のリアル」として、また新しい景色や揺らぎを、皆さんと共有していけたら嬉しいです。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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