性暴力の記憶がよみがえらなくなった|何年も苦しんだ複雑性PTSDからの回復と適切な怒り【体験談】

性暴力の記憶がよみがえらなくなった|何年も苦しんだ複雑性PTSDからの回復と適切な怒り【体験談】
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『怒りに火をつけろ』(ことさら出版)の著者・小林エリコさんは、カウンセリングを受け始めて4年で、兄からの性暴力の記憶が自動的によみがえることはなくなったといいます。回復の背景には、就労や信頼できるパートナーの存在もありました。後編では、親への複雑な感情や「適切な怒り」の意味、そしてカウンセリング費用への助成制度実現への思いについて伺いました。

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カウンセリングを受け始めて

——カウンセリングは実際どのような流れで進んでいくのでしょうか。

私が受けているカウンセリングは、対話だけのときもあれば、EMDR(トラウマ記憶を扱う心理療法)を行うこともあります。

最初は対話から始めて、その日に出てきた感情や記憶といった、焦点を当てる「ターゲット」を絞っていきます。「今日はこのことについて取り組みたい」と決まったら、それに合った方法を選んで進める。たとえばこのテーマならEMDRが合っているね、別のテーマならまた違う方法、というように、毎回その場で組み立てていくイメージです。心理療法をせず対話するだけの日もあります。

——カウンセリングを受け始めて4年ほど経ったそうですが、一番大きな変化はどんなことでしょうか。

兄からの性暴力の記憶が、自動的に思い出されることがなくなりました。以前は、何のきっかけもなく、突然被害の記憶が浮かんできてしまうことが多かったんです。怒りや、自分の人生が台無しになったという悲しみで、夜中だろうと母親に電話してしまう。そうした衝動的な反応がやめられないのがつらくて、カウンセリングを受け始めました。

今でもふとした瞬間に思い出すことはありますが「ああいうことがあった」くらいの感覚で済むようになって、自分の感情が振り回されることがなくなりました。これが4年間での一番大きな変化です。

——逆に、変えるのが難しいと感じていることはありますか。

「死にたい気持ち」ですね。回数や時間は圧倒的に減っていますが、それでも「本があまり売れてないな」とか、仕事で「疲れたな」と感じると、「もうめんどくさい、死にたいな」という気持ちが出てくることがあります。小学校高学年の頃から、ずっとそばにある思考なので、付き合いが長いんです。「死にたいと思うことで、なんとか生き長らえてきた」という側面もあるので、簡単には手放せないのだろうと思っています。

カウンセリング以外で回復につながったこと

——カウンセリング以外で、回復に影響したことはありましたか。

大きかったのは、働き始めて生活保護を抜けたことです。3年ほど生活保護を受けながら生活していたのですが、あるNPOに自分から連絡を取って、1年ほどボランティアとして関わって、その後は非正規雇用で雇ってもらえるようになったんです。お給料は安かったのですが、仕事を始めたことで日中に行く場所ができて、自分でお金を稼げるようになりました。生活保護を抜けたことで生活が安定し、何より自信につながりました。

もう一つ、5年ほど一緒に暮らしているパートナーがいて、これも精神的な安定に大きく影響しています。現実的な話ですが、一人暮らしよりも生活費がかからないことでの経済的な不安の軽減は大きいです。

それに以前はDVやモラハラをするような人とばかり付き合っていました。「私みたいな人間が相手を選ぶなんてとんでもない」と思っていたので、告白されたら誰でも付き合うようなところがあったんです。その思い込みはフェミニズムの本をたくさん読んで「自分で選ばないとだめなんだ」と思えるようになって変わりました。今のパートナーは自分から遊びに誘って付き合うようになった相手です。モラハラの気配を感じたらすぐ離れる、という覚悟も持つようにしました。知識をつけて「これはおかしい」と自分で判断できるようになったことも大きな変化だったと思います。

親を完全に嫌いになることは、意外と難しい

——本書ではご両親の言動に何度も傷つけられてきたことが書かれていますが、それでも嫌いになって絶縁することは難しいと感じているのでしょうか?

父とは着信拒否で連絡を絶っていますし、母とはメッセージアプリでつながってはいるものの、最後にやりとりしたのがいつだったか思い出せないくらいです。次に会うのは、たぶん親の葬式になるだろうと考えています。でもそのときの状況によっては、葬式も出ないかもしれません。

でも「嫌い」と100%言い切れるかというと、それは別の話なんです。子どもにとって親は、全知全能の神のような存在ですよね。今でこそ自分を認めてくれる人や話を聞いてくれる人が周りにいますが、子どもの頃は親が一番近い存在でした。父や母に愛されたかったという気持ちは、ゼロではありません。憎しみだけに振り切るのは難しいですが、一方で「もう死んでくれていいのに」と思う日もあって、相反する感情が同居しています。

ただ、物理的な距離と連絡手段を絶ったことで、考える時間そのものは減ってきました。一時期は「もっと連絡を取ってあげないとかわいそう」「プレゼントもしてあげないと」と義務感で動いていましたが、それもなくなりましたね。

自分の尊厳を守るための「適切な怒り」

——本書で「適切な怒り」という言葉が出てきます。女性が怒ると「感情的」と言われがちな社会で、「怒ってはいけない」と思い込んでいる女性は多いと思います。

そもそも男性が怒っているときに「感情的」と言われることって、あまりないですよね。たとえば酔っぱらって駅員さんに怒鳴り散らしてる男性を見かけることはしばしばありますが、「感情的」と評価されているのを見たことがありません。「感情的」という言葉自体が、女性を黙らせるために使われている面があるのだと思っています。

怒らないでいると、永遠に踏まれ続けることになります。「この人にこんなことを言ったらまずい」と相手に思わせないと、被害は減っていきません。怒りは、自分の尊厳を守るための鎧のようなものだと思います。

——「適切な」という言葉をつけていらっしゃるのは、どんな意図からですか。

ここでの「適切な怒り」は、自分自身が傷つけられているときに、自分を守るために出す怒りのことです。たとえば「生活保護受給者はズルい」「外国人は○○だ」とか、社会的に立場の弱い人や、特定の属性の人を一括りにして貶めるような怒りとは違います。

自分が「これは嫌だ」と思っていることは大事なサインなので、すくい上げてあげてほしいです。カウンセラーには「怒りを内側に向け続けると、鬱になってしまいます。怒りは外に出してください」と、繰り返し言われてきました。

カウンセリング費用に補助が必要

——カウンセリング費用に助成金が出ることを目指しているとのことですが、その思いを聞かせていただけますか。

私自身の経験から出てきている思いです。カウンセリングは1回1万円ほどで、長期的に通うことになるので、決して安くはありません。ただ、医師による治療も、本来は高額なものを3割負担で受けています。カウンセリングは相場として「高い」のではなく「補助されていない」だけなんです。特に性被害の影響で十分に働けない人は、経済的にも苦しい状況に置かれていて治療が受けられない人が多いと思います。

ただ「保険適用」だと、色々と懸念点があることを専門家の方から聞いたことがあるので、「助成制度」を望んでいます。子育て支援にも障がい者への支援にも、さまざまな助成制度があります。トラウマ治療は長期化するので、全国どこに住んでいても受けられる継続的な制度であってほしいです。

特別な運動をしているわけではありませんが、本書を出版したこと自体が、私にとってのその働きかけです。本書がもっと話題になって、ムーブメントにつながってほしいと願っています。

 

『怒りに火をつけろ』(ことさら出版)
『怒りに火をつけろ』(ことさら出版)

【プロフィール】
小林エリコ

1977年茨城県生まれ。短大卒業後、成年漫画雑誌の編集職に就くも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。その後、NPO法人で事務員として働きながら、ミニコミ制作のほか、本書のもととなる同人誌を発表。現在は東京大学大学院経済学研究科にて特任専門職員として勤務。
著書に『この地獄を生きるのだ』(ちくま文庫)、『わたしはなにも悪くない』『私がフェミニズムを知らなかった頃』(ともに晶文社)、『生きながら十代に葬られ』(イースト・プレス)、『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房)、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』(幻冬舎)など。

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