「自分はダメ」と思い込む人に読んでほしい。日本で認知度が低い複雑性PTSDの症状とセルフケア
従来のPTSDは、事故や事件などの単発的な出来事がきっかけとなりますが、複雑性PTSDは日々積み重なった体験によって生じる点で大きく異なります。公認心理師・臨床心理士の吉田美智子さんによると、複雑性PTSDでは通常のPTSD症状に加え、感情調節の困難、自己否定感、対人関係の困難という3つの特有症状が現れるそうです。日本ではまだ十分認知されていないため、適切な診断を受けていない方も少なくないと考えられています。
PTSDと複雑性PTSDの違い
——一般的によく聞くPTSD(単回性PTSD)と、複雑性PTSD(C-PTSD)との違いについて教えていただけますか。
従来のPTSDというのは、生きるか死ぬかという大きな出来事があって、そのショックが後々続いてしまうことを言います。例えば事故に遭ってしまう、事件に巻き込まれてしまう、性被害を受けるなど、生死に関わるような出来事がきっかけとなります。
そういった出来事があったとき、誰でもショックを受けます。ただ、いろいろなケアを受けるなかでだんだんと回復していくのですが、ショックが残ってしまい、1ヶ月以上経ってもフラッシュバック、特定の場所を避ける回避行動、眠れなくなるなどの過覚醒といった症状が起きるのがPTSDです。
一方、複雑性PTSDは成り立ちが大きく異なります。1度の大きな出来事というよりも、日々積み重ねられた体験、大切にされない体験などが長年続いたことによって起きるPTSDなのです。
——複雑性PTSDは、従来のPTSDと症状が異なるのでしょうか?
複雑性PTSDには、従来のPTSDと同じフラッシュバック、回避、過覚醒という3つの症状に加えて、さらに3つの症状があります。それが感情調節の困難、自己否定感、対人関係の困難です。
感情調節の困難とは、怒りなどの自分の気持ちをコントロールできずに爆発してしまったり、ちょっとしたことで落ち込んでしまったりすること。
自己否定感は「自分なんかダメだ」「価値がない」という感覚になることです。
そして対人関係の困難は、感情調節も難しく、「自分はダメだ」と思ってしまっているため、友達を作ったり、信頼して関係性を築いていくことが難しくなってしまうということです。
複雑性PTSDは、長年にわたって小さなトラウマが雪のように降り積もることで起こります。そのため、通常のPTSDの症状に加えて、この3つの症状が現れるので、かなり困難な状況になってしまいます。
——複雑性PTSDという概念が医学・心理学の分野で認められたのは最近のことなのでしょうか?
2018年にICD-11という国際医療診断基準で採用されましたが、日本でよく使われているアメリカの診断基準であるDSMでは、独立した診断基準として採用されていません。
そのため、日本ではまだあまり知られていません。
——実際に、複雑性PTSDの症状を抱えながらも、複雑性PTSDの診断をされていない方は少なくないと考えられるのでしょうか?
他の診断名がついている方や、診断名がついていない方もたくさんおられると思います。もし以前に精神科を受診してまだ困っている症状が改善されていないのでしたら、改めて相談してみることが解決につながるかもしれません。
複雑性PTSDの症状
——ここからは複雑性PTSDで見られる症状の具体的なお話を伺っていきます。まずフラッシュバックとはどのような症状が出てくるのでしょうか。
従来のPTSDのフラッシュバックは、事故の場面がパッと浮かんでくるようなものを想像する方が多いと思いますが、複雑性PTSDのフラッシュバックは少し違います。
1回の出来事でフラッシュバックが起きているわけではないので、感情的なフラッシュバックという形で現れます。そのときに感じた恐怖や怒り、凍りつく感覚などが突然やってくるのです。
普通に仕事や日常生活を送っているときに、過去のトラウマと重なる何かがあったときに反応してしまい、急に自分だけ緊張してきたり、怖いと思ったりする。また、友達と話していて何もないはずなのに、急に胸が詰まってくる、首や肩がこってくるといった身体的な反応もあります。
本人としては全然思い当たることがないので「私、変なのかな」と自己否定につながってしまうこともあります。これが複雑性PTSDのフラッシュバックの特徴です。
——フラッシュバックのきっかけは本人が自覚していない場合もあるのでしょうか。
トリガーはあると思うのですが、自分ではわかっていないことが多いです。脳と神経が自動的に反応するもので、「これは似ている」と考えて反応しているわけではありません。
例えば上司がちょっと嫌な目つきをしたとか、ちょっと馬鹿にされたなど、自分でも大したことではないとわかっていても、勝手にドキドキしたり、怒りが湧いてきて、自分でもその状態に困惑することもあります。
——回避についてはいかがでしょうか。
「危険だ、嫌だ」と思うものを避ける行動です。例えば男性による行動で怖い思いをしたとき、男性を避けたり夜街を歩くのはやめたりすることは、自分の安全を守ろうとする行動ではあります。
ですが「男性は全員信じられない」「絶対に夜に出歩いてはダメ」「電車も危ないから乗れない」など、普通に日常生活を送るにあたって困難が起きるレベルまで避けてしまうことが、複雑性PTSDの回避症状です。
——過覚醒はどのような症状がありますか。
いつも緊張していて、猫が警戒しているように「何かあったらすぐに戦おう」と常に構えている状態です。些細なことでも、動揺してしまいます。
そういう状態なのでリラックスができません。休憩時間でもSNSを見続けているなど、テンションを落とせない人が多いですね。いつも警戒モードなので、眠れなくもなります。
複雑性PTSDのきっかけとなる出来事から不安になり、警戒心が高まっていて、脳や体としては、よかれと思って、自分を守ろうとして避けたり、常に緊張していたりするのです。なので「肩の力を抜いた方がいいよ」と言われても抜けないイメージです。
——これらに加えて、複雑性PTSD特有の感情調節の困難・自己否定感・対人関係の困難があるのですよね。
そうですね。感情調節が困難とは、怒ったり泣いたりという感情の起伏が激しくなったり、逆に何も感じられなくなったりすることです。
自己否定感は、「自分なんかダメだ」という感覚が強く、何かあったときに「自分のせいで叱られたのではないか」「自分に何か落ち度があったからなのではないか」と考えてしまうのです。
そして友人やパートナー、家族といった周りの人と信頼関係を築くのが難しくなってしまいます。
——フラッシュバック・回避・過覚醒・感情調節の困難・自己否定感……と見ていくと、対人関係が困難になるのも当然な気がします。
はい、警戒して感情コントロールも難しくなると、結果的に対人関係が難しくなってしまいます。
たとえば回避の症状から「引っ込み思案で、消極的な人」、過覚醒の症状から「神経質な人」のように思われてしまうかもしれません。
複雑性PTSDの症状で、自分を守ろうと脳も体も反応すると、警戒したり攻撃的になったりするのは当然の反応です。本人のせいではないのに、「自分が未熟だから」とさらに自分を責めてしまうという難しさがあります。
——症状を知らないと、周囲も誤解してしまう恐れがありそうです。それに、たとえば「パワハラ被害者が複雑性PTSDの症状を抱えている」といったケースで、被害が軽視されることも想像してしまいました。
「指導の範囲」と見られやすい部分はあるかもしれません。ですが、たとえ何かしら落ち度があったとしても、ハラスメントはしてはいけないことです。
——本人が複雑性PTSDだと気づいていないことも多いと思うのですが、どのような悩みを抱えることが多いのでしょうか。
よくあるのは「自己肯定感が低い」「対人関係が苦手」「怒りっぽくてアンガーマネジメントをしたい」「職場に適応できない」「仕事が続かなくて何度も転職してしまう」といった相談です。
私はこうした話を聞いたときに、複雑性PTSDの可能性を考えるようにして、お話を伺うようにしています。
複雑性PTSDのセルフケア
——「自分は複雑性PTSDかもしれない」と思っている方ができるセルフケアはありますか?
自律神経が乱れてしまっている人が多いので、自律神経を整えるための行動をおすすめしています。朝日を浴びたり、栄養バランスが整った食事を摂ったり、生活リズムを整えたり。ヨガやマインドフルネスも良いと思います。
自律神経を整えるという切り口で、自分ができそうなことや、心地良いことをやってみると、セルフケアになるので、取り入れてみてください。
自分で気づいていないときも含めて、フラッシュバックが起きているときのセルフケアについてもお伝えします。フラッシュバックが起きているときは、過去に乗っ取られてしまっています。
「グラウンディング」と言って、立って自分の足が地面についていることを確認したり、窓の外を見て今日の天気を確認したり、あるいは熱いものもしくは冷たいものを飲むなど、意識を「今」に戻せるようにすると、落ち着くことができます。
——「今は安全な場所にいる」と確認ができることが大事なのですね。
そうですね。あとは、信頼できる人がいるといいですね。親友が一人いるとか、「生まれ育った家族との関係は不安定でも、今築いている家族関係は大丈夫」とかでもよいと思います。
人間が難しければ、お家で飼っているペットとか、飼うのが難しければ猫カフェに行ってみるとか、植物を育てたり、近所にお気に入りの木があるとか。ぬいぐるみや肌ざわりの良いタオルなどでもいいですし、自分の心の拠り所を持つイメージです。
※後編に続きます。
【プロフィール】
吉田美智子(よしだ・みちこ)
臨床心理士・公認心理師。外資企業勤務後、心理臨床の道を志す。臨床心理士の資格取得後は、東京都・神奈川県・埼玉県スクールカウンセラー、教育センター相談員などを経て、2016年に、はこにわサロン東京を開室。主な技法はユング心理学に基づいたカウンセリング、箱庭療法、絵画療法、夢分析。所属学会:日本臨床心理士会/箱庭療法学会
はこにわサロン東京HP
https://hakoniwasalon.com/
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く





