「愛されて育った」のに生きづらい人へ。複雑性PTSDが「普通」の家庭でも起こる理由|専門家に聞く

「愛されて育った」のに生きづらい人へ。複雑性PTSDが「普通」の家庭でも起こる理由|専門家に聞く
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公認心理師・臨床心理士の吉田美智子さんに、複雑性PTSDについて詳しくお話を伺いました。複雑性PTSDの最大の原因は親子関係における虐待やネグレクトなどの不適切な養育で、かつて当然とされていた厳しい「しつけ」も含まれます。学校でのいじめや職場でのハラスメントなど、慢性的に続く被害も要因となるとのこと。回復には長期的な取り組みが必要で、まずは信頼関係の構築が重要だといいます。周囲の人は安心できる存在として寄り添い、アドバイスよりも、話を聞くことが大切とのことです。

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複雑性PTSDになるきっかけとは

——複雑性PTSDになるきっかけの出来事というのは、どういったものが多いのでしょうか。

一番多いと考えられているのは、親子関係です。生育環境において起こる虐待やネグレクトなど、不適切な養育があったり、親がアルコール依存症やギャンブル依存症であったりと、機能不全家族で育った経験が複雑性PTSDのきっかけとなることが多いと言われています。

親から身体的な暴力を受けたり、食事を与えられなかったりといった明らかな虐待行為だけではありません。

たとえば「馬鹿だね」という人格否定や、「泣くな」「怒るな」といった感情否定、「甘えるな」といった援助の拒否、きょうだいと比較してダメ出しされるなど、以前は子育てとして当然のように行われてきた行為の中には、不適切なものが少なくないんです。親だけでなく学校の先生も行っていたでしょう。

——一昔前では、決して珍しくないことですよね。

もちろん不適切な言動があっても、それ以外の場面できちんと話を聞いていたり、感情を受け止めてもらったりということがベースにあったり、家庭は穏やかでなかったけれども、学校や地域に支えになってくれる人がいたので、複雑性PTSDにならずに大人になれた方もたくさんいらっしゃいます。

一方、「うちの家族、本当に普通なんです」「愛されて育ってきました」とおっしゃる方の話を詳しく聞いていく中で、厳しい環境の中で育ってきたと感じる方もいらっしゃいます。

「教育虐待(過剰な教育や期待による心理的圧迫)」のように最近になって可視化された概念もありますし、「親は普通でした」とおっしゃる方も、詳しく聞いてみないとわからないという感覚があります。

アダルト・チルドレン(機能不全家族で育った人)に該当していて、何かしら不調を抱えているのでしたら、複雑性PTSDの可能性は考えていただいてもいいかもしれません。

——生まれた家庭以外では、どういったきっかけで複雑性PTSDになることが考えられるのでしょうか?

学校でいじめにあったり、大人になってからDV被害に遭ったり、職場でハラスメント被害を受けたり……こういったことが慢性的に続いてしまったときに、複雑性PTSDの原因になります。

また、機能不全家族で育った経験があったり、以前に勤めていた会社で上司がパワハラ気質であったなど、もともと複雑性PTSDの状態があると、一般的にはそこまで大変なことだと評価されないようなことでも、本人にとってはインパクトのある出来事になってしまうことがあります。

健康な人がダメージを受けても治りやすかったり、また周囲にケアをしてくれる人がいたら、悪化せずに回復するはずの出来事が、傷が治りきっていない状態の人がダメージを受けてしまうと、深刻な状態になってしまうということです。複雑性PTSDにはそういう難しさがあります。

「繊細で弱い人」と周りから見られたり、自分でも自分を否定してしまったりすることもあるのですが、決して本人が悪いわけではないのです。

——たとえば親からの言葉の暴力は昔は「しつけ」とされていたと思いますし、乱暴な言葉を使う上司も一昔前は珍しくありませんでした。きっかけとなる出来事が、客観的に理解されにくいというのも複雑性PTSDの特徴なのでしょうか。

そうですね。その出来事が一回だけ起きたことでしたら、我慢してスルーしてしまった方がいいと見られるようなことです。

ですが、それが毎日続いていたら、ストレスとして蓄積されますし、周りに相談しても「それくらいみんな我慢しているよ」と言われると、受け入れざるを得なくなる。でも傷ついてはいるので、本人はだんだんと無力感でいっぱいになっています。

自己肯定感も低くなっていることが多いので「他の人は大丈夫なのに、上司が私ばかり責めるのは、私に落ち度があるからに違いない」と思ってしまって、誰にも相談できなくなってしまうこともあります。

——言葉が乱暴な人は確かにいるとは思うのですが、それを「我慢すべき」としてしまうのは、組織にも問題があるように思います。

健全な組織なら相談に対して何らかの対応があるはずで、攻撃を受けている人が悪いわけではありません。話を聞いてもらえない組織だとしたら、環境に違和感を持って、外の人や団体に頼ってもらえるとよいかと思います。

不健全な組織では、相談しても「あの人は弱いから」と個人の問題に矮小化してしまいがちです。なので、相談する側は「あなたの問題ではないですよ」と言ってくれるところを探す必要があります。

心理的な負担は決して軽くはないと思うのですが、「あなたのせい」と言われるような相談先は適切ではないので、別の相談先を探していただきたいです。

複雑性PTSDからの回復

——複雑性PTSDの回復のために、公認心理師や臨床心理士に相談してできることとは、どういったことがあるのでしょうか。

前提として、複雑性PTSDの方は対人不信があって、人に頼ったり相談したりすることを恐れている方が多いです。

なので最初から効果的な心理療法を実践するというよりは、まずはカウンセリングを始めて、「眠れない」「職場に行くのが怖い」など、一番困っていることについて、「この人になら話してみようかな」と思っていただけるかを大事にしています。有効と言われる心理療法に飛びついても、簡単に回復するわけではないからです。

対人不信があるので、信頼関係を築くことに時間がかかることも少なくありません。ですが、回復の土台となる部分ですので、時間をかけてでも大切に取り組んでいることです。

その先に心理療法を行う場合は、一般的には認知行動療法(考え方や行動パターンを見直す心理療法)が多いかもしれません。はこにわサロン東京では、ポリヴェーガル理論(自律神経を安心と防衛の働きで理解する)をベースに、ソマティック・エクスペリエンシング(トラウマで緊張した身体の感覚に気づきケアをする方法)やパーツ心理学(傷ついた自分を対話して癒していく)を用いることが多いです。イメージを安全に扱う方法として箱庭療法も有効です。

——蓄積されてきたつらい体験を振り返って整理していくことになるので、すぐに解消されるということでもないのでしょうか。

そうですね。長期的な取り組みが必要になることを理解していただいた方がいいと思います。

ただ、複雑性PTSDのカウンセリングで注意していただきたいのは、「つらかったことを話せばいい」というものではないことです。

——受ける側として、「カウンセリング=傾聴」のイメージを持っている人は多いと思います。

従来の傾聴型のカウンセリングで、過去にあった経験や成育歴を聴いていくことが、逆にトラウマにつながってしまう恐れがあることや、最近は「聴けばいいものではない」ということは、専門家の間では共有されています。

話すことで傷つき体験が繰り返される恐れがあるため、カウンセラーは「無理に話さなくてもよい」というスタンスで、慎重に聴くようにしています。

「話したら治る」というものではないので、カウンセリングを受ける側としても「治すために全て話さなければ!」という姿勢でいることを控えた方がいいということは、お伝えしておきたいです。

中には公認心理師や臨床心理士ではない民間資格のカウンセラーに相談する方もいらっしゃると思います。本人が信頼できると思う人に相談することは、私は否定していません。

ただ、複雑性PTSDに関しては、事前に説明を行ったり、進め方も異なったりと、最初に複雑性PTSDの可能性があるかを区別する必要があるのです。カウンセラー側が知らないケースもあると思うので、相談する側として慎重になった方がいいということは、知っておいた方がよいことだと思います。

周囲の人ができること

——複雑性PTSDで悩んでいる人の周囲の人はどんなことができますか?

安心できる存在でいてほしいです。黙って聞いてくれたり、寄り添ってくれたりと、責めずに肯定してくれると良いと思います。

逆にやらないでほしいこととして、「アドバイスすること」があります。アドバイスは外れてしまうことが多いですし、ご自身の体験談を話すこともアドバイスに当てはまります。状況が異なるので、よかれと思って話してくれた体験談が良い結果をもたらすとは限らないのですよね。

「相談に行った方がいいかもしれない」「一緒に相談に行こう」といったことは、言った方がいいときもあるのですが、基本的には話を受け止めてほしいです。

「苦しかったね」と聴いて、相手が望むなら一緒にご飯に行ったり、散歩をしたりとか、時間を共有する。そうやって信頼・安心できる存在でいることは、周りの人ができることです。

——相談されると「相手の役に立たなければ」と思ってしまう人は多い気がします。

アドバイスもご自身の体験談の共有も、善意からだとは思うのですが、控えていただいた方がいいと思います。相談を聴くだけでも100点だと思っていただいていいと思います。

 

【プロフィール】
吉田美智子(よしだ・みちこ)

臨床心理士・公認心理師。外資企業勤務後、心理臨床の道を志す。臨床心理士の資格取得後は、東京都・神奈川県・埼玉県スクールカウンセラー、教育センター相談員などを経て、2016年に、はこにわサロン東京を開室。主な技法はユング心理学に基づいたカウンセリング、箱庭療法、絵画療法、夢分析。所属学会:日本臨床心理士会/箱庭療法学会

はこにわサロン東京HP
https://hakoniwasalon.com/

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