精神疾患は「心の弱さ」が原因ではない…専門家に聞く【トラウマ・フラッシュバックの正しい知識】

 精神疾患は「心の弱さ」が原因ではない…専門家に聞く【トラウマ・フラッシュバックの正しい知識】
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「トラウマ」や「フラッシュバック」という言葉を聞いたことがあるものの、正確にどのようなことかまでは、知らない人も少なくないと思います。「急に昔のことを思い出す」「嫌な気持ちが止まらなくなる」……こういったことがあれば、フラッシュバックの可能性があります。『今すぐできる心の守りかた フラッシュバック・ケア』(KADOKAWA)の著者で、米国トラウマ専門心理療法士の服部信子さんに詳しくお話を伺いました。

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「トラウマ」「フラッシュバック」とは? 

——「トラウマ体験」とはどのようなものを示すのでしょうか。
 
一般的には「死に直面するような出来事」というイメージが持たれているのですが、もっと身近な出来事も含まれます。たとえば、「信頼していた人に裏切られる」「長い間ハラスメントを受ける」「大勢の前でひどく恥をかかされる」といった日常的にある出来事もトラウマ体験になり得るのです。
 
全てのトラウマ体験に共通するのは、神経系(脳や自律神経)が圧倒される体験であるということ。日常的な言い方をすると、「まさか」と思うような強烈な驚きや、その場でどうしたらいいかわからない状態がトラウマ体験に繋がりやすいといえます。自分ではどうしようもなかったことも、トラウマ体験になりやすい出来事の特徴です。つまり自分にとってどういう体験であったかが大事な基準であって、傍から見た評価は関係ないのです。

なお、トラウマとPTSD(心的外傷後ストレス障害)は同じものではありません。少しややこしいのですが、PTSDは精神疾患の名前です。そして診断には命の危険や性的暴力などの体験や目撃が診断の必須条件です。加えて、特定の症状がある場合にのみつけられます。しかし、診断基準を満たさない、命にはかかわらないトラウマ体験でもPTSDとほぼ同じ症状が起きることがあります。そしてフラッシュバックはその症状の一つです。
 
——「フラッシュバック」はどのようなことを指しますか。
 
実は専門家の中でもまだ定義が確立されているものではないのですが、本書では、自分の意思に反して嫌な過去の体験を急に思い出し、あたかも今起きているように感じることとしています。フラッシュバックにおける「思い出す」こととは、誰もが経験するような過去を思い出すこととは異なり、鮮やかに匂いや視覚情報、音など、感覚的な情報が思い浮かぶことです。 
 
——本書では、フラッシュバックには「感覚フラッシュバック」と「感情フラッシュバック」の2種類があると書かれています。どういった違いがありますか?
 
「感覚フラッシュバック」とは、トラウマ体験のときの、視覚や聴覚、体の感覚などが蘇ること。PTSDの典型的な症状です。「感情フラッシュバック」は、トラウマ体験のときの恐怖や怒り、無力感など、そのときの感情が蘇ることです。「信用できる人はいない」「自分のせいだった」「自分には愛される価値がない」といった考えが見られます。
 
それぞれが単独というわけではなく、重なっていることが多いのですが、人によってどちらが強く出るかの違いが見られます。ただ「感情フラッシュバック」の方が明確なサインに気づきにくく、フラッシュバックが起きていることに本人が気づかない場合も珍しくありません。

フラッシュバックの要因

——本書では、フラッシュバックの要因となる体験として「負荷」の体験と「不足」の体験という説明をされています。
 
「負荷」の体験とは、事故や災害など、突然経験するような出来事で、「不足」の体験とは、人として誰にでも与えられるべき自由や安全・安心がなかったことです。
 
「不足」の体験の例をいくつかご紹介します。強烈な体験でいうと、育児ネグレクトが該当します。小さい子どもが2人で置き去りにされて、食べ物がなく暑かったり寒かったり……と子どもにとってはどうしたらいいかわかりません。親が小さい子どもを買春に差し出したり、未成年の子どもたちを保護するかのように見せながら、性的搾取として売春の斡旋をすることも、強烈な「不足」の体験の例です。
 
もう少し日常的な例ですと、親が理不尽なことで、子どもを強く叱っていて、その場面をもう片方の親が止めないといったことです。
 
学校でのいじめも、友達だと思っていたのに裏切られたとか、先生に助けを求めたのに何もしてくれなかったとか、それどころか先生がいじめを誘引していた、クラスメイト全員に無視されるなど、身体に危険が及んでいるわけではなくとも、安心や仲間に受け入れられるということがないことは「不足」の体験に当てはまります。
 
「負荷」と「不足」が同時に起きることもあり、その場合、より強いフラッシュバックになりやすいと考えられます。
 

トラウマとフラッシュバックの関係

 ——「トラウマ体験で苦しむこと」と「フラッシュバックの経験をすること」は別のものと捉えていいのでしょうか。
 
トラウマ体験とフラッシュバックの関連性は高いのですが、トラウマ的な出来事を経験したからといって、必ずしもフラッシュバックが起きるわけではありません。
 
フラッシュバックの有無は、トラウマ的な出来事の直後の状況が深く関係していると考えられています。その出来事の終わりをはっきりと確認でき、もう安全な状況にいると感じられたのであれば、トラウマ体験として残りにくいのが一般的です。
 
一方で、トラウマ的な出来事を人に言えなかったり、信じてもらえなかったり、トラウマを与えた人が責任を認めなかったり、「あなたが悪い」と周囲から責められたり、似たようなトラウマ的な出来事が起きる可能性があったりなど、トラウマ体験後に傷を深める状態に見舞われてしまうと、脳は警戒状態を解くことができず、フラッシュバックも起きやすくなります。
 
つまり、トラウマ的な出来事が起きたという事実よりも、その出来事によってどんな影響が起きたかの方が重要です。
 
トラウマ体験によって、まず神経が高ぶったままになり眠れなくなったり、常に警戒心がある状態になったりします。こういった状態が続くことで、よりフラッシュバックを起こしやすくなってしまうのです。
 
「思い出したくないのに、思い出してしまう」というフラッシュバックの侵入症状があると、それ自体がつらいものですし、フラッシュバックが起きそうな場所を避けたり(回避)します。そんなことが重なり、世の中は自分のことなんてわかってくれないと思ったり、社会は安全ではないと感じたりと、自分・人間・社会に対するネガティブな思いが強くなってしまうのです。
 

フラッシュバックは「心の弱さ」ではない

——日本社会では、割と最近まで精神疾患は「あの人は繊細な人だから」と本人の心が弱いことにされてきました。こういった解釈についてはどう思いますか?
 
個人差があるのは事実です。何か同じことをされても、とてもショックを受ける人もいる一方で、全然気にしない人はいます。でもそれは「心の弱さ」ではないと、ぜひ強調させてください。他の人と違うことは悪いことではないので、違いを負い目だと思う必要はありません。
 
トラウマに関しては、トラウマ反応が起きること自体、自分の意思やメンタルの弱さの問題ではなく、その方が持っている体のつくりから来る生理的な反応の差です。神経のつくりが違うことで、生まれつき繊細な方もいます。
 
——日本社会では、傷つきやすい特性を持っている人が「面倒な人」扱いを受けてしまうことがあります。そういった人たちが排除されないためにどんなことが必要でしょうか?
 
実際に、繊細な人や傷つきやすい人が生きづらい社会だとは思います。でも、その方が悪いのではなく、繊細な人や傷つきやすい人にとって生きづらい社会であるという事実を認めることも大切です。
 
「これからどうしたらいいのか」ということは、とても大きな社会的な課題なので、一言で「こうすればいい」と言うのは難しいです。少なくとも第一歩として「自分が繊細なのが悪いのではなく、繊細さがあると生きづらい社会になっている」と、俯瞰して見ることで、自分を責める気持ちがやわらぐと思います。 
 
※後編に続きます。
 

『今すぐできる心の守りかた フラッシュバック・ケア』(KADOKAWA)
『今すぐできる心の守りかた フラッシュバック・ケア』(KADOKAWA)


【プロフィール】
服部信子(はっとり・のぶこ)
 
カルフォルニア州認定心理療法士/トラウマセラピスト/米国公認非営利団体日米ケアCEO/トラウマリソース研究所准上級講師
アメリカ留学を機にゴールドマンサックス・ジャパンを退職。臨床心理分野で博士号を取得し、カリフォルニア州認定心理療法士となる。東日本大震災をきっかけに、「わかりやすい、使いやすい心のケア」をモットーに活動を行う。被災者支援活動と支援者同士のつながりを目的とした非営利団体日米ケアをアメリカで共同設立。

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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