「無理にいい人でいなくていい」アラフィフ女性が山暮らしの半年で出会った人々と、肩の力を抜く生き方
山暮らしで出会った人々との関係は、菊池真理子さんをどう変えたのか——。『アラフィフひとり おためし山暮らし』(双葉社)の著者である菊池さんへのインタビュー後編では、長野県茅野市にある標高1700mの蓼科(たてしな)での人付き合いや、「いい人」をやめていった過程について伺いました。人に合わせることに疲れていた菊池さんが、自然体の人々に囲まれて手にした変化とは。新しいコミュニティに飛び込むことの意味や、日常を整えるヒントも語っていただいています。
山暮らしでの人付き合い
——山暮らし=一人のイメージがありますが、本書では色々な人との出会いを書かれています。
全く新しい人間関係で、素の自分でいられるというか、バックボーンを知られていないことが楽でした。今回本を出すにあたってはもちろん説明しているのですが、最初は漫画家ということだけ伝えていて、描いている作品の話などは言っていませんでした。聞かれないし言わなくてもいいという一定の距離感があって、心地よかったです。
——人付き合いはあっても、一人の時間の方が多かったのでしょうか。
基本はずっと一人です。ただ、みんなで一緒にご飯を食べるようになって、仲良くなってからは、みんなが予告なしでうちに来ることもありました。それで私が嫌な思いをすることはなかったです。自然体でいるだけで付き合えるような人たちだったから、疲れることもなかったんですよ。
——なぜ無理しなくてよかったのでしょうか?
みんなが何の無理もしていないからだと思います。たとえば、都会の友達に会うときは化粧をして会いますよね。それが苦痛というわけではないですが、山の中の人たちはみんなノーメイクで誰も取り繕っていないんです。
ファッションもみんなジャージとかラフですし、いつも同じ服でもいい。別荘地なのでお金持ちの人が住んではいるのですが、山にいて浮くような格好は誰もしていないんです。だから、人間というよりはなんとなく動物に近いような感じの人たちが多くて、かっこつけなくてもよかった。それが楽だったのかもしれません。
最初は割と構えていましたが、みんなゆるやかな人たちで、こちらが細々と考えているのがばからしく思えて、自分も自然体で過ごすようになっていったという感覚がありますね。
無理に「いい人」でいようとしなくなった
——蓼科での生活を経て、ご自身の考え方にどんな変化がありましたか。
簡単に言えば、人に合わせようとしていたけれど、合わせなくてもいいんだと思えるようになりました。
——合わせていたこと自体、無意識だったのでしょうか。
以前は無意識ではなく、一生懸命「合わせなきゃ」と思って、努力していました。友達もパートナーも頑張って合わせていましたが、空回りするし疲れるし、という状態でした。蓼科の人たちに対しては、過度な気遣いを全くしなかったですし、無理やりいい人でいようともしなくて、良い意味で少し図々しい自分になれた気がします。
最初は自分の背景を知られていなかったから、今までの人間関係とは違う接し方ができていました。結果的に蓼科で半年過ごしたことで、変化した自分にだいぶ慣れたんです。元々いろんなことに気遣って、一人で勝手にいろんなことを思い込んでいた人間から、楽な人間に変わることができました。
——以前よりも肩の力を抜けるようにもなったのでしょうか。
そうですね。それまでの自分はちょっと頑張りすぎだった面があるということに気づきました。まだ頑張っている自分の方が好きですが、頑張っていないときでも「まあいいか」と思えるようになった部分もあります。それは蓼科での人たちは私が有能じゃなくても、友達でいてくれるだろうという感覚を掴めたからですね。
ただ、別荘地なので経済力がある人も多かったのは事実です。現実問題、私は仕事しないと生きていけないんだって思う瞬間もあって、そこのギャップを感じることはありました。それでも、生活できる以上のお金を稼ごうとまではしなくていいのかも……と少しだけ思えるようになりました。
蓼科にいる間は「人間だって動物なんだから食べて寝ていいんだ」というモードに頭がなっていました。癒やされすぎて、幸福感に浸っていると、社会問題のことを忘れちゃうんです。それはよくないと思って、意識的に色々な問題に目を向けたりネットを見たりしていました。バランスが大事ですよね。
——ネットがあるからこそ色々な情報が入ってきて、気になることが増えてしまうとも言えるのでしょうか?
ネットで流れてくる政治や社会に関する情報は、この社会で生きる人間として知らなくてはいけないことだと思いますが、一人の人間が受け止めきれる量をはるかに超えていると思うんです。それで自分が疲れきってしまうこともある。
自分自身が元気でいないと問題意識を持ち続けることも難しくなるし、意見を持ったり表明したりすることにもパワーがいる。たまには本当に全部オフにして、自分を充電する時間がすごく必要だなと感じていて。
——生活環境を変えることで、社会課題への考えが変わった部分もありますか?
元々関心はあったのですが、自然の中で暮らすことで、環境問題への意識がより高まりました。日頃からジェンダーや性暴力の問題に関心を持っています。ただ、そもそも地球が人間の住める環境じゃなくなってしまったら、そういった問題の解消も難しくなってしまいます。
だから自然の保護や、リユース・リサイクル・リデュースをしながら生きていける社会にしようとか、サーキュラーエコノミー(循環経済)を達成しようとか、そういう意識が強くなりました。
——埼玉に戻ってきてから、生活で行動に変化はありましたか。
たとえばゴミを出さないようにするために生ごみを堆肥にするとか、なるべくプラスチック製品を買わないようにもしています。同時に自分の楽しみとしてプラスチック製品であっても買うことは否定しないんです。完全にプラスチックのない生活をするのは難しいですが、自分の生活でできる限り取り入れています。
どうしたら変われる?
——変わりたくても変われないと悩んでいる方も多いと思うのですが、半年暮らす場所を変えるだけで変われるものでしょうか?
私は以前は変わりたくても変われなかったです。でも、変わるために大手術みたいなことをすれば変われるかもしれないと思っていて。その大手術が私の場合は100万円のおためし移住だったのかもしれません。同じ環境で変わるぞ!と思っていても、私は変われなかったから。
ただ、100万円もかけられないという人もいますよね。それに私もお試し移住する前から「100万円もかけるんだから絶対変わってやる」と意気込んでいたわけでもなく、結果的に良い人間関係の出会いがあって変われたんです。
——さまざまな偶然も重なったうえでの結果ですから、「こうすれば変われる」という特効薬のようなものはないともいえるのですね。
そうですね。やってみなきゃわからないというのはあります。でも、人と接点を持つことはきっかけになりやすいかもしれません。
孤独なときの自分ってそんなに変わらないじゃないですか。対人関係における自分というものが「生きづらい」といった言葉で表されるものだと思うので、「自分を変えたい」というのは、対人関係における自分を変えたいということでしょう。それなら、人間関係、つまりコミュニティを変えるのがいいんじゃないかと思うんです。
だからお試し山暮らしでなくても、転職とか引っ越しとか、地域の集まりに参加するとか。新しいコミュニティができるような行動は、変わるきっかけになるのかもしれません。
——山暮らしの経験を通じて、今の埼玉の暮らしで日常的に取り入れている、小さな整え方のようなものはありますか。
つらくなったときに意識を蓼科に飛ばすと、一瞬で整う感じがします。蓼科のお気に入りのスポットに自分が座っていると想像すると落ち着くんです。
ここに行けば大丈夫と信じている場所があれば、その情景を思い浮かべるだけで少し落ち着く。そういう場所を持っていることが、今の自分の支えになっていますね。
【プロフィール】
菊池真理子(きくち・まりこ)
埼玉県生まれ。漫画家。アルコール依存症の父について綴った『酔うと化け物になる父がつらい』、宗教二世問題に迫った『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~』などのコミックエッセイ作品がある。
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