自分と延々と対話し続ける時間に…。毒親育ち、50代の私が一人旅や登山を好む理由【経験談】


漫画家の菊池真理子さん作『壊れる前に旅に出た』(文藝春秋)は、一人旅や登山、旅先での人との交流が描かれているエッセイです。一人旅や登山で得られることとは……?年齢による変化についてお考えのことなど伺いました。
一人旅や登山を始めたきっかけ
——本書のタイトルに沿って、ご自身が壊れかけていたと感じるようになったきっかけはあるのでしょうか?
元々は自分が壊れかけていることに気づいていなくて、家族の問題に気づいた時点で「私は壊れかけていたのだな」と思ったのと、壊れていない周りの人を見て羨ましいなと思ったので、壊れかけていたことを自覚した感じです。
——一人旅を始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか?
初めての一人旅は、30歳すぎの頃だったと思うのですが、どこに行ったかすら覚えていなくて。
それまでは旅行に行くなら友人と一緒でした。「結婚相手は一度旅行に行ってから考えろ」と言われるくらい、旅行ってその人と一緒に過ごせるかわかる時間だと思うんです。普段「この子とは本当に気が合うな」と思っても、旅先で全然合わないことが判明したこともありました。
それに、誰かが一緒だと、行きたい場所が違うのに合わせる必要がありますよね。観光地へ行くのももちろん楽しいですが、私はふと目についた路地を歩くことも好きでして、誰かと一緒だとそういうこともできないじゃないですか。
自分の好きなところに行って、自由に時間配分も決められるから、一人で行っちゃおう!と思ったのが始まりだった気がします。
——登山を始めたのはいつだったのでしょうか。
2011年頃でした。最初は飲み会の中でノリで「富士山は一度は登っておきたい」という話になって、そこでグループができて、色々な山を登るようになって、富士山にも登りました。
始めたらすごく楽しくてハマって、それから続けていって。でもみんな漫画家で締切が違うので、時間を合わせるのが大変で。最初は年に2、3回しか登山できていなかったのですが、時間が合わないなら一人で行っちゃえ!と思うようになって、数年前から一人でも登山するようになりました。
でも一人登山はそこまで楽しくないんです。「こっちの道行ってみよう」をやると遭難してしまうので、決められたルートを進むしかない。なので登山は一人じゃなくてもいいと思っています。
とはいえ、数人で行っても、結局はみんな疲れて黙っちゃうので、一人で登っているときとそこまで変わらないのですが(笑)。山の行き帰りはおしゃべりして、山では無言というバランスもいいのかもしれません。
一人旅や登山で得られること
——家族の問題に気づいてからの心のケアと、一人旅や登山には関係があったのでしょうか。
突然一人で旅に出たり、山に登ったりしながら、自分との対話もたくさんして、自然に癒される感覚はあります。癒されるといっても、ふわっとした優しい感じではなくて。
以前は「死にたい」と思っていた時期があったのですが、一人旅や登山で自然の中にいるうちに、自分が大自然の一部になったような感覚を得て、「何もしなくてもそのうち死ぬものだし」といった具合に、自分がいつか死ぬことを普通に受け入れる時間になっていました。
——自然の中に身を置くことによって、日常生活の中で考えてることと少し視点をずらせるということでしょうか。
私は会社勤めではないので、どういう生活を送るかは自分の勝手ではあるのですが、それでも仕事をしなきゃいけないとか、あと数時間後に夜ご飯作らなきゃとか、色々予定があります。なので、何時に起きようとか何時に寝ようとか色々考えてしまうのですが、旅に出てるときは、仕事もしないですし、一切そういうこと考えなくていいわけです。
そうすると、普段認識している自分とは違う自分が出てきて、その人と喋るのが楽しいんですよ。日常生活で無視している自分とおしゃべりする時間を得てる感じがします。
——過去の作品では、脳内に意地悪な住人がいることを描いていましたが、一人旅や登山のときもその人とおしゃべりしているのでしょうか?
旅や山登りの間は意地悪な人はあまり出てこないですね。「あんた本当はそんなこと考えてたんだ」みたいなことを、自分と延々と対話し続ける時間がすごく有意義で。
かと思えば、何にも考えてなかったときもあるんですよ。 普段は何も考えないことはあまりないのですが、登山は特に疲れるから、右左・右左って黙々と歩いていると、瞑想状態みたいになっています。
若い頃より今の方が元気
——お父さまが亡くなってから家族の問題に気づいて、苦しんだ時期もあったとのことですが、今はどのくらい回復している感覚ですか?
最も落ち込んでいた時期を0とすると、現在は90パーセントほど回復できています。残りの10パーセントは、おそらく生きている間に完全には埋まることはないでしょう。でも、それでもいいかなと思っています。
今後も変動することはあるでしょうし、日によって上下することはあるのですが、落ちたときでも落ち切らないよう、コントロールできるようになった気がします。
——本の中ではご自身の年齢に言及する場面がありましたが、50代に入って感じた心身の変化はありますか?
実は特になくて。老化を感じることはあるのですが、体調はむしろ昔より良くなっています。40代でじっくりとメンタルの問題に向き合ったことが大きいと思います。メンタルが不調な若者より、メンタルが安定した中年の方が元気なのかもしれないですね。
若い頃は運動もほとんどしていませんでしたが、山登りをするようになったからか、今の方が体力があるように感じます。現在がピークで、これから徐々に下がっていくかもしれませんが、今のところ極端な体力の低下は感じていません。
幸い、更年期の症状も軽いようです。「50歳になったらこうなる」といった否定的な情報は多いですが、あまり気にしなくていいんじゃないかって。もちろん個人差はあると思いつつも、年齢の変化にそれほど怯える必要はないと思っています。
※後編に続きます。

【プロフィール】
菊池真理子(きくち・まりこ)
東京都生まれ。埼玉県在住。アルコール依存症の父との関係を描いた『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店)、毒親から生き延びた10人を取材した『毒親サバイバル』(KADOKAWA)、宗教2世の現実を世に問うた『「神様」のいる家で育ちました ~宗教2世な私たち~』(文藝春秋)など、ノンフィクションコミックの話題作を多数手がける。
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