「もうすぐ50」焦りと疲労を抱え山へ。アラフィフ女性が蓼科で半年暮らし手放せたもの、出会えたもの
都市での生活に疲れ、アラフィフで山暮らしに飛び込んだらどうなるのか——。『アラフィフひとり おためし山暮らし』(双葉社)の著者・菊池真理子さんにお話を伺いました。機能不全家族で育った経験、パートナーとの関係や仕事のストレス、更年期への不安。さまざまな生きづらさを抱えていた菊池さんが、長野県茅野市にある標高1700mの蓼科(たてしな)での半年間の生活で手にしたものとは。計画しないからこそ得られた出会いや、山の環境がもたらした心身の変化について語っていただいています。
都市での生活に疲れてお試し山暮らしを
——山暮らしをお試ししようと思ったきっかけから教えてください。
山暮らしには昔から憧れていました。ただ、いきなり移住ではなくお試しにしたのは、本当にそこで生活できるのか自信がなかったから。賃貸で借りられると知って、まずはやってみようと思ったのがきっかけです。
それまで、自分が純粋に楽しむとか、やりたいことをやるという経験があまりなくて。山暮らしは、やりたいことの中で一番大きなものだったので、まずは挑戦してみようという気持ちがありました。
——当時、自然のある場所に行きたいという思いが強かったのでしょうか。
そうですね。私は埼玉県の、東京のベッドタウンにあたる地域に住んでいて、車がなくても困らないけれど、都会ともいえない。かといって自然が多いわけでもない住宅地です。暮らしやすいんですけど、生活に潤いが感じられないと思っていました。
それに、仕事で東京に行くことが多くて、首都圏での生活に疲れ果てていたんです。近いジャンルで発信している方々の間で話題になっている作品を見ておかなきゃとか、話についていかなきゃとか、変な義務感に駆られて、一人で疲弊していた部分もあって。
身体の面では、50歳目前だったので更年期が始まったのかもしれないという感覚がありました。後から振り返ると、私の場合は更年期症状が軽かったとわかるんですけど、当時は「もうすぐ50だ」という焦りも大きかったですね。心の面では、パートナーとの関係に悩んでいて、仕事でも大きなトラブルがあって。日常にくさくさしていた、という感じです。
——パートナーとの関係はどのようなことで悩んでいたのでしょうか。
7年ほど付き合っていて、表面的にはうまくいっていました。彼もフリーランスで、思うように稼げてはいなかったものの、頑張っている姿を見ていたので応援したかったんです。デートではいつも私がお金を出していましたし、加えてお金を貸してもいました。
でも、だんだんそれが当たり前になっていって、感謝もされなくなっていく。そうすると、バイトでもして返してくれないのかなと不満が膨らんでいきました。彼に優しくすることもどんどんできなくなって、このまま続けていいのかなとすごく悩んでいた時期でしたね。
——7年の中で、奢ったりお金を貸したりすることが固定化していったのでしょうか。
実は最初からだったんです。機能不全家族育ちのアダルト・チルドレンとしてはよくあることだと思うんですけど、私は誰かの世話を焼くことに自分の存在価値を見出していたので、自分が与えられるものとして喜んでお金を出している感覚だったと思います。
ただ、それが固定化されて、彼も当たり前のようになってくると、私もだんだん不満が募ってきて。本当はお金を払わなくても、ちゃんと自分のことを認めてほしいんだという気持ちが出てきたんです。このままでいいのかなと思うようになったのは、そういう変化があったからだと思います。
そんな状況だったのですが、別れ話を切り出してきたのは意外にも彼から。私が蓼科での生活を始めるのと同じタイミングでした。その後、半年の蓼科での生活を終えて、正式にお別れをしました。
計画しないからこその出会い
——半年間の山暮らしの決断は、お試しであっても大きなものだと思います。
賃貸だし半年だし、というところで、そんなに気負った感じはなかったです。あまり計画性なく決断したところはありますね。先に軽井沢で賃貸別荘を借りていた友達がいて、彼女から情報をもらっていたんですけど、その友達はすごく慎重な人だったので、ちゃんと下見に行った方がいいとか、市役所に聞いた方がいいとか、色々とアドバイスをくれたんです。でも私は物件を見た途端に決めてしまいました。
実際にそれで困ることもなかったですね。ただ、お金は結構かかりました。半年分の家賃だけで約100万円でした。
——勢いで決断することは多いのでしょうか?機能不全家族育ちの方には、不安に振り回されて先のことを心配しがちなタイプが多い印象がありますが。
私は緻密な計画を立てられない派です。不安になりやすい部分と、元々の性格にある楽天的な部分と、両方あるんだと思います。楽天的な自分が出てくれば、ぱっと決めてしまうところがあります。
今回も半年だけと決まっていたから、「失敗しても別にいいや」という気持ちでポンと決断できたんだと思います。本格的に引っ越すとなったら、不安になって色々考えるはず。お試しだったからこそできた決断でしたね。契約してから住むまでも待ち遠しくて、不安は特にありませんでした。
——自分自身が細かく計画しないタイプでよかったと感じることはありますか?
一人旅をすることが多くて、計画性がないために、旅の大きな目的にしていたお店が休みだったなんてこともあります。でも計画していなかったからこそ出会えることの方が多いんですよ。
たまたま行ってみた場所の夕日が素晴らしくて、沈むまでゆったり眺めていたいということもある。ガチガチに計画を立てていたら、そういう余白が生まれません。予定を決めすぎて「何時の船に乗らなければ」と義務感が生じてくると、何のための旅行かわからなくなってしまう。だから私は旅の途中で予定を変えたり、どこに泊まるか決めずに出発したりして、その場で自分が何を感じるか試しています。
——計画を立てすぎてしまう人に向けて、計画を立てない良さをもう少し聞かせてください。
もちろん、計画を立てることが悪いわけではないと思います。計画があることで目標に向かって頑張れる面もありますよね。でも私は計画を立てると義務になって、自由が損なわれる感覚があるんです。
蓼科に行く前に感じていた都市生活での疲労感は、「あの人と会うからこの映画を見ておかなきゃ」とか、「この人と話すからこの話題を押さえておかなきゃ」とか、すべてが義務みたいになっていたことからきていました。そういう疲労感を減らすためにも、計画はしない方がいいんじゃないかなと思っています。
——計画的な人は「失敗したくない」という思いが強いように思います。失敗したらもったいないという気持ちを手放すにはどうしたらいいでしょう。
失敗はもったいなくないですよ。私はむしろ失敗した方がラッキーだと思うくらい。単純に成功したことを話してもあまりおもしろくないですが、印象的な経験って人に話しても盛り上がりますから。
私は飲食店に入るとき、基本的に調べずに、お店の前を通りかかって「ここに入ってみたいな」という感覚で決めるので、すごくマズいお店に入ったことも何度もあります。でも、おいしくなかったという経験も含めておもしろかったり記憶に残ったりするんですよね。たまに友人が調べて連れて行ってくれたお店に行くと、美味しくてびっくりします(笑)。
山暮らしでの体調の変化
——山の生活で、身体に起きた変化はいかがでしたか。
更年期だと思っていたら、暑かっただけだったというのが一番大きかったですね。50近くなると、暑いと感じたときに「これは更年期では」とすぐ結びつけてしまうんですけど、蓼科に行ったら全然暑くなくて。その後の体調をふまえても私は更年期症状が軽い方だったので、埼玉が暑かっただけだと気づきました。それから夜ぐっすり眠れるようになりました。とにかく静かで何の音もしないんです。最初は無音すぎて逆に眠れなかったくらいでした。
家の中に大きい虫はこないのですが、夜、布団の中でスマホを見ていると、周りが真っ暗なので、光に向かって小さい虫が飛んでくるんです。それで慌ててスマホを消すので、寝ながらスマホを延々と見続けるということもなくなりました。加えて、夜は夏でも寒いので起きていると暖房をつけないといられない。だから早々に布団に入るようになって、とにかく夜寝て朝起きる生活になっていましたね。
——山暮らしで元気になっていくという感覚はありましたか。
ありました。眠れるようになって規則正しい生活が自然と身についていたんですよね。それに外を見れば全面が緑で癒やされるし、鳥の声も聞こえてくる。ヒーリング音楽を常に流しているような感覚です。
だから、わざわざ癒やされに出かけなくても、周りの環境そのものが癒やしになっているんです。周り全面が緑ですし、紅葉の時期は窓という窓から紅葉が見える。少しぼーっとしているだけでマインドフルネスみたいな状態に入れました。
※後編に続きます。
【プロフィール】
菊池真理子(きくち・まりこ)
埼玉県生まれ。漫画家。アルコール依存症の父について綴った『酔うと化け物になる父がつらい』、宗教二世問題に迫った『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち~』などのコミックエッセイ作品がある。
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