38年間ずっと自分が大嫌いで早く死にたかった私が、フェミニズムで自分を好きになれた理由
『上野さん、主婦の私の当事者研究につきあってください』(晶文社)で、上野千鶴子さんと対談を行った、森田さちさんへのインタビュー後編をお届けします。フリーランスとして働く中で広がった視野、自己責任や能力主義との向き合い方、そしてセルフケアの大切さについて語っていただきました。「自分のことがずっと大嫌いだった」という森田さんが、フェミニズムや当事者研究を通じて自分を好きになれたと話す姿が印象的です。仲間との対話が人生を変えていく——その実感のこもった言葉が、きっと誰かの背中を押してくれるのではないでしょうか。
人との出会いで視野が広がっていく
——森田さんは32歳のときに未経験からライターを始め、現在はフリーランスとして、企業の編集や広報のお仕事を担っているのですよね。お話を伺う中で、やはり稼ぎがなかったら夫に主張するのは怖いと思ってしまう部分があるのですが、今はどう思っていますか?
たしかに離婚しても生活していける稼ぎがない中で夫とぶつかっていくのは怖いと思います。ただ、女友達の話を聞くと、パートタイム的に働いているような女性たちでも、私よりはもう少し夫に言えているんです。
生まれた家庭での経験もあって、結婚する時点で、私はかなり自分のことを下に見ていて、夫の方を上に見立てていたんじゃないかと思います。それにもし十分な収入を得られていなかったとしても、外で働くことで、物事の見え方は変わっていただろうと思うんです。
——仕事で得られるのはお金だけではないということでしょうか。
精神面での支配構造から抜け出すために、外の人たちとの繋がりは大きかったです。「ここを出ていっても私は生きていける」という感覚は、頼れる人やアドバイスを求められる人、実際にシングルマザーとして子どもを育てている女性たちなどと仕事を通じて出会っていく中で生まれたものでした。
離婚を選択した人の中には、十分な準備ができていない状態で踏み切った人もいると思うので、離婚や別居を経験した人が身近にいれば、話を聞いてみるのもいいかもしれません。また、調べていくうちに、財産分与や法的な保護についても知識がついてきますし、市区町村で無料の法律相談をやっていることもある。今の時点で収入がなかったとしても、なんとかやっていける道を模索することはできると思います。
自己責任や能力主義とどう向き合っていく?
——本書から、自己責任や能力主義が自分を苦しめている一方で、それらの価値観は社会に根付いているので影響を受けないことも難しいですし、目の前の生活を生きていくために必要な部分もありますよね。どういったバランスで向き合っていますか?
難しいですよね。私は幼稚園生のときから母親によく「どうなっても自己責任だよ」と言われていましたが、小さな子どもにそんなふうに言う必要はなかったと思います。一方で親の気持ちもわかる部分はあるんです。「どんな道を選んでもいいけど、いつまでも親はいないから、自分で食べていくんだよ」という点では一理ありますよね。
自己責任論や能力主義がはびこる社会は、人間を幸せにしないと感じています。ただ、子どもたちもいずれは巣立ち、その社会の中で生きていかなければなりません。私がずっと守り続けることはできないからこそ、無責任に「勉強しなくていいよ」「好きなことをすればいいよ」とは言えない子育ての難しさを感じています。
——お子さんたちとはどんな話をしているのでしょうか?
私が親に「自己責任だよ」と言われ続け、自分の中で反芻し強化して苦しんだので、絶対に子どもたちには言わないと決めています。「どうなってもいいけど自己責任だよ」なんて言ったら、子どもが健やかに幸福に生きられるわけがない。だから、「何かあってもママが一緒に謝るし、一緒に責任を取るから相談してね」と伝えるようにしています。
一方、能力主義を完全に無視することもできないので、子どもたちも塾に行ったり受験したりしました。同時に、「その結果で人生が決まるわけじゃない」ということも言い続けています。私自身も有名な大学に入っても全然幸せとは思えず、ずっと苦しかったので、学歴が全てではないということは、経験を持って言えることです。どんな人生が幸せかは子どもたちが感じとることなので、私が定義を決めることはできません。ただ、のびのびと生きることができたら、良い大学や良い職業よりも、人生が豊かになるのではと思っています。
セルフケアを後回しにしない
——森田さんはさまざまな専門家にインタビューをするYouTubeチャンネルも運営していますが、社会的な活動をする中で、自分を後回しにしてしまうことはありますか?
以前はありました。でも最近ですと、長男が中学受験をしていたので、企業のお仕事は続けていましたが、自分で運営するイベントやYouTubeは一旦止めたんです。社会的な活動はコンスタントに続けてきたのですが、子どもとの時間は大事にすべきときに大事にしないと、あっという間に大きくなって、私の力も必要なくなり、いずれ社会に出るようにもなる。今もっとも大事にすべきことは何かを考えました。
——自分の中の優先順位に向き合ったのですね。
後回しにしてしまいがちなのが、セルフケアや自分の身近なことだと思います。でも長い目で見れば、自分の健康や周りの人のことをおざなりにすればするほど、じわじわと自分を痛めていくものになってしまう。昔の私だったらセルフケアを後回しにしていました。でも、どんなときに落ち込みやすいかを同じ悩み事を抱える仲間たちと語り合う中で、今ではセルフケアが一番重要だと思うようになった。だから今は無理しないようにしています。
セルフケアは周囲から気づかれないことも多いので、外からの評価には繋がりにくいですよね。でも体がスッキリしてるとか肌の状態がいいって、自分にとってはうれしいこと。誰にも気づかれなくても、自分を喜ばせられる何かを見つけられることが「楽しく生きる」ことなんじゃないかなって思います。
フェミニズムに出会って、自分のことを好きになれた
——最後に、森田さんはフェミニズムに出会ってどんな変化がありましたか?
私は自己嫌悪と自責の念が強くて、フェミニズムに出会うまでの約38年間、ずっと自分のことが大嫌いで、若いときから早く死にたいという感覚を持ち続けていました。でもフェミニズムや当事者研究に出会って、仲間を得た。本書を通じて、上野さんが対等な仲間になってくれた感触を持っていて、その仲間との対話や語り合いによって、初めて自分のことを許せて、自分を好きになれたと感じています。
私が怒れなかったことを、私以上に怒ってくれる人がいて初めて、「怒ってよかったんだ」と思えるようになりましたし、親のことで悲しいと感じてよかったんだ、と思えるようになりました。今まで否定していた自分の感情を「持っててもいいもの」と肯定できるようになったことが、とても大きな変化でした。今でも一時的に深く落ち込むことはありますが、「次の対話会のときに仲間に話そう」と思えて、長く考え込まないようにはなりました。笑うことが多くなりましたし、一緒に泣いたり悲しんだりしてくれる仲間ができたことは、何にも代えがたい経験となっています。
【プロフィール】
森田さち(もりた・さち)
1985年生まれ。慶應義塾大学在学中に夜職経験。卒業後、一般職を経て結婚し専業主婦に。
3人の子を出産し子育てに専念した20代を経てライターになり、現在はYouTube運営やイベント企画、若者の居場所づくりなどを行う。若い頃から希死念慮を抱いていたこと、家庭における女性の困難を身をもって痛感したことなどからフェミニズムや当事者研究に出逢い、勉強中。
ペンネームの「森田さち」には、先人のフェミニストへの感謝と敬意が込められており「森崎和江の森、田中美津の田、信田さよ子のさ、上野千鶴子のち」で構成されている。
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