「NOと言えない自分」を変えた上野千鶴子さんの一冊。夫との関係に悩んだ主婦が出会ったフェミニズム
『上野さん、主婦の私の当事者研究につきあってください』(晶文社)で、上野千鶴子さんと対談を行った、森田さちさんにお話を伺いました。夫との関係に悩む中でフェミニズムと出会い、自分を大切に思えるようになったという森田さん。仲間と生きづらさを語り合う「当事者研究」や、幼少期の家庭環境から続くアダルト・チルドレンの問題とどう向き合ってきたのか。その道のりには、同じ苦しみを抱える多くの方へのヒントが詰まっています。
フェミニズムに出会って考え方が変わった
——「フェミニズムの視点で当事者研究」をした森田さんが、日本のフェミニズムの第一人者の一人である上野千鶴子さんと対談をされたのですよね。森田さんは「フェミニズムとは?」と聞かれたら、どのようにお答えになりますか。
私にとってのフェミニズムとは、「女性である私が、自分のことを大切だと思えるようになるための思想」です。上野さんがフェミニズムを「弱者が弱者であるままで尊重される思想」とおっしゃっていて、今も感銘を受け続けています。
——フェミニズムに初めて触れたきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。
フェミニズムの存在自体は知っていたのですが、私は学生時代に夜の仕事をするなど、女性性を売り物にしてきた経験があります。それで女性たちから嫌われてもおかしくないと感じていたので、自分なんかが手を出したら怒られそうだと思っていました。
きっかけは、私が最も困っていたことである夫との不仲がピークに達した頃。子どもが3人いましたが、NOと言えなかったんですよね。夫に対して同じ立場で物を伝えることができなくて。でも、そういう状態で子どもを育てていたら、子どもたちもパートナーと対等な関係を築けないことを受け継いでしまう。それは避けたいと思っていた中、どうすれば夫に言いたいことを伝えられるだろうと考えたとき、フェミニズムの本を読んでみようと思いました。
——最初に読んだ上野さんの本はどちらだったのでしょうか?
『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波書店)です。自分が苦しかったことがまさに言語化されていて、私にとって転機となる一冊でした。女性が男性より、稼ぎや学歴、身長が低い方がうまくいくのか?という質問に対して、「女は男より何につけても劣っている方がよいとされているのは、その方が男が女を扱いやすいから」といったことが書かれていました。そして、
<「単純なヤツ」をころがして、「バカのふり」をしながらつくる関係って、おもしろいですか? 一生のあいだ、そんな関係を続けたいですか?>
ここを読んでハッとしたんです。実際、言えないまま我慢していて夫のことをどんどん嫌いになっていた頃でした。今後どうやって生きていきたいのか、きちんと向き合うきっかけになったんです。
——森田さんにとって、上野さんの本との出会いが変化のきっかけとなったのですね。
上野さんは女性からも誤解されていることがあると思うのですが、何冊読んでも、専業主婦を一言も悪くは書いていないと思います。特に上の世代は選択権がほとんどない中で専業主婦になった人たちも多かったですが、そうしたことも否定せず受け止め、専業主婦だからといって我慢して耐え続けるわけではない考え方を教えてくれました。
上野さんの本との出会いを機に、若い女性たちとフェミニズム勉強会を月1回くらいで開いています。本を読んでどう思ったか、近況などを語り合ったりしていて、今もフェミニズムに大きな力をもらっている気がします。
共通の生きづらさを抱える仲間と語り合う「当事者研究」
——本書のタイトルにもある「当事者研究」とはどのようなことをしているのでしょうか。
そもそも当事者研究は、浦河べてるの家という、精神障がいなどを抱えた当事者の拠点で誕生したものです。自分たちの苦労や生きづらさを研究テーマにして、仲間と語り合いながら、自分が生きやすくなるための方法を見つけていきます。
私が当事者研究を魅力的だと感じているのは、仲間からのフィードバックを得ることで、1人では決して思い至れなかった発想や考えに出会うことができる点です。研究者でなくても誰でもできる、生きづらさの解消法の一つだと思っています。
——具体的にどうやって実施しているのでしょうか。
難しく考える必要はなくて、感じている苦しさやつらさに賛同する当事者同士で語り合うものです。たとえば女性であることのつらさがテーマだったら、それぞれが女性として生活する中で感じてきたことを語り合いますし、「冬季うつ」の当事者研究をしたこともあります。
広い意味では自助グループと近いものだと私は認識していますが、自助グループは「言いっぱなし、聞きっぱなし」のルールで運用されていることが多いと聞きます。一方、当事者研究ではフィードバックすることを推奨されることが多いです。ただ、友達同士ですと「そんなこと考えてるの?」といった否定が入りやすい。なので、ルールとして「相手を否定しない」ことを掲げています。
生まれた家には「共感」がなかった
——森田さんが生まれたご家庭で感じてきた生きづらさについてお伺いします。
親子関係での悩みで、身体的な暴力や暴言などはわかりやすいと思います。うちの場合は、目に見える不適切な言動は基本的にはなかったのですが、「共感」が一貫して欠けていました。衣食住の提供や学業の支援はありましたが、何か嬉しいことがあったときに一緒に喜んでくれたり、悲しいときに一緒に悲しんでくれたりする親ではなかったんです。幼稚園生の頃から母親に「どんな結果になっても自己責任だよ」と言われていたのを今でも強く覚えています。
——そんなに小さな頃から「自己責任」だと言われていたのですか……。
親の不機嫌が自分のせいなのでは……と感じていたんです。母は長いこと専業主婦で、時代的にも父は家のことを一切やらない中、3人の子どもを育てていました。常に不機嫌で、笑ったりすることもなく、静かに愚痴をこぼすようなタイプでした。
激怒することはないけれど、私がすることなすこと全てに否定的なフィードバックをする人だったんです。なので何をしても母は喜ばないと感じていました。それに、私は3人きょうだいの真ん中だったのですが、上と下が圧倒的に手がかかる子どもだったこともあって、「子どもがたくさんいて大変なら、自分はいない方がいいんだろうな」と、小さいときから実家を出るまでずっと思っていたんです。カウンセラーさんから、「何も悪いことは起きていないように見えても、プラスの要素がない状態ですと、子どもはずっとダメージを受け続けて育っていく」と聞いて、最近ようやく自分の状態を理解できました。
——今は家庭に「問題」があったのだと感じているのでしょうか?
以前は親のことを否定するなんて、すごく悪いことだと思っていたんです。親が原因で自分が傷ついていたなんて、考えてはいけないことだと思っていました。今でも両親に会ったときに文句を言ったり怒ったりはしません。親を全否定するわけでもありませんが、彼らには問題があったと受けとっています。今は自分の悩みの根本にアダルト・チルドレン(AC、機能不全家族で育った人)の問題があったのだと実感を持っていますね。ACのことは、子ども時代で完結するのではなく、その後もずっと付きまとう考え方の癖になってしまっているので、継続的に向き合う必要があります。
——森田さんはどうやって生まれた家庭での生きづらさを解消していっているのでしょうか。
最近になってACの本を読み始めて、ずっと感じてきたモヤモヤしたものの正体が見えてきました。何かしら家庭のことで、つらい・苦しいと感じているもののうまく言語化できていない人は、ACについて知ることで解決につながるかもしれません。
それに今は家で生きづらさを感じてきた仲間と「しんどかったね」と語り合うことで、「一人じゃなかった」「自分がおかしいのではなかった」と思えることが大きな力になる。「気づくこと」が大切だと思います。
※中編に続きます。
【プロフィール】
森田さち(もりた・さち)
1985年生まれ。慶應義塾大学在学中に夜職経験。卒業後、一般職を経て結婚し専業主婦に。
3人の子を出産し子育てに専念した20代を経てライターになり、現在はYouTube運営やイベント企画、若者の居場所づくりなどを行う。若い頃から希死念慮を抱いていたこと、家庭における女性の困難を身をもって痛感したことなどからフェミニズムや当事者研究に出逢い、勉強中。
ペンネームの「森田さち」には、先人のフェミニストへの感謝と敬意が込められており「森崎和江の森、田中美津の田、信田さよ子のさ、上野千鶴子のち」で構成されている。
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