性的DV(性的強要)とは何か?夫婦間でも成立する? 被害実態や被害者心理について専門家に聞いた

 性的DV(性的強要)とは何か?夫婦間でも成立する? 被害実態や被害者心理について専門家に聞いた
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「夫婦・パートナーなら性行為を求められたとき応じなくてはならない」——このように思っていませんか。嫌がっているのに性行為を強要したり、避妊に協力しなかったりするのは性的なDVにあたる行為です。長年、DVや性暴力事件の問題に取り組んできた岡村晴美弁護士によると、表面上は同意がある性行為も、背景を見るとDVの構造が含まれるケースもあると言います。岡村弁護士に話を聞きました。

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支配構造があるから簡単には離れられない

——性的DVとはどのようなものなのでしょうか。

前提として、DVとは継続的・密接的・密室的な関係の中で生じる支配のことです。一方が他方を劣位に置くことによって、人権や人格の侵害が継続的に行われている状態のことを示します。そのような関係性によって劣位に置かれた方が罪悪感を利用される形で支配される構造があります。 

「DV」と一口にいっても、不法行為に該当するようなDVと、不法行為に該当するとまではいえなくても、不健全な関係を有することによって自分の精神がダメージを受けるDVがあります。誤解されやすいのですが、ダメージの大きさは、前者と後者で異なるわけではなく、小さいことの積み重ねでも多いなダメージになることがあります。

性的DVとは、性的な手段を用いて行われるDVのことを言い、性行為の強要や避妊に協力しないこと、嫌がっているのに裸の写真を撮影しようとすることなどの行為が挙げられます。ただ広義的には、DVがある関係性において行われた性行為も、DVによる支配で逆らうことができずに応じてしまうなど性的DV・性暴力に他ならないという場合があります。たとえば夫の機嫌を損ねたら生活費を渡してもらえず生活できなくなってしまうことや、子どもの前で威圧的な態度を取られることを恐れてセックスに応じたり、相手の怒りをしずめるために自分から性行為に誘ったりします。そういった場合、表面上は、同意があって円満な性行為に見えるかもしれません。

喧嘩後の仲直りのセックスも、対等な関係性でなければ、精神的な不調をきたす人もいます。内心嫌々であって、真の同意が取れていない場合もあれば、本人が嫌だと気づいていなくて行為に応じている場合もあります。

DV
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——一般的には違法だとみなされないような場合であっても、被支配側にとっては精神的にダメージを受けることがあるということですね。

そうですね。私が見てきた性的DVの被害に遭った方は、性暴力被害者と同じような症状でフラッシュバックや解離(自分が外界から切り離されているような感覚)、時系列で話すのが苦手になる、論理的な思考が難しくなるなどを訴える方が多いです。

結婚も同棲もしていない、大人同士の関係性においても、支配関係が生じることはあります。デートDVという言葉は聞いたことがありますよね。結婚しておらず同棲もしてないなら、傍から見たら「別れればいい」と思ってしまいますが、支配下に置かれていると離れられなくなってしまいます。

たとえば徐々に相手を貶して低めて「お前は価値のない人間だ」と刷り込むなど、人権や人格を無視する言動を繰り返されることで、相手は“愛情”で言っているのだと勘違いし、「この人の期待に応えないと駄目だ」と、何でも相手の言うことを聞くような状態まで精神的に追いつめられることがあります。

また、このような扱いを受けていても、好意はあって関係を続けたいと捉えているようなケースもあります。たとえば「無理な性行為にも応じてきたのに、私に気がなくなっている。どうしたら彼は振り向いてくれるのでしょうか」といったご相談です。こういったケースを法的に解決することは難しいと思いますが、距離を置くことが自分の身を守ることになりますので、違和感を覚えたときには離れるという選択肢を持ってほしいですし、「恋だと思っているけれども支配の可能性がある」ということも覚えていてほしいです。

※被害者心理について、2023年2月11日開催の愛知県弁護士会主催「『壊される心』 あなたもDV被害者かもしれません」での武蔵野大学の小西聖子教授のお話を抜粋して紹介します。

デートDVにおいて、「他の人と口を聞かせない」「友人との交際を制限する」といった心理的な暴力が行われることは珍しくありません。交遊関係を制限されることによって、被害者は孤立させられるのです。

いつも暴力的なわけでなく、優しいときもあるので、身体的な暴力行為を受けていても警察に突き出そうとはならず、暴力だけを切り抜けようとか、怒らせないようにしようという心理になるのは当然のこと。「一度ひどいことを言われたから別れます」とならない被害者は多いです。

身近な人に相談しても、その相手にDVの知識があるか、その後警察に相談に行けたとしても、警察もきちんと対応してくれる人に当たるかという運の問題があります。

人はいつも法律に従って物事を判断するわけではないので、たとえ暴力を振るわれたり侮辱されたりしていても、なるべく人と仲良くしたいとか、嫌なことがあったら穏便に解決したいとか、約束をしたら守らなくてはいけないというような心理になるのは普通のことです。上司が機嫌が悪ければ、これ以上機嫌を悪くしないようにと配慮するように、多くの人は自然と気を遣って人と接しています。加害側が意識的な場合も無意識な場合もありますが、そういった被害者の心理が利用されてしまっているのです。

暴力
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女性へのジェンダーバイアスが「NO」を言いづらくしている

——このような支配ー被支配の関係は必ずしも支配する男性と支配される女性とは限らないのでしょうか。

女性から男性の場合もありますし、同性間でもあります。こういった支配構造は恋愛関係だけに生じるものではなく、婚姻関係や同棲など閉鎖的空間になく、人間関係のしがらみがなくとも起こりえます。

ただ、圧倒的に女性の被害者が多く、社会的な背景として女性蔑視の視点は忘れてはいけないと思います。社会的に権力関係が生じる場面で女性が劣位に置かれていることは多いですし、女性を性的なモノのように扱う風潮もありますよね。

——自分が性的DVに遭っていると気づくことは可能なのでしょうか。

無理やり行為をさせられるなど、DVの手段として性的な行為が使われたときは気づきやすいのですが、「相手の機嫌を取るため」など迎合的に行われる性的な行為は本人は気づきにくいです。被害に遭ってる側も「自分から誘ったから」などと思ってしまっているのですが、関係性が対等ではない中で、状況を悪くしないためにそうしただけですよね。迎合的な態度はDVやハラスメント被害の本質でもあって、被害者は顔色をうかがってその人に従おうとしたり、自分が悪いと責めたりします。

そもそもの話として、女性がもっと「NO」を言いやすいような社会であることは必要だと思います。嫌だと思っても嫌だと言えない問題があるうえに、自分が嫌だと思っていることに気づいていない場合もありますよね。「男性から女性に声をかけるべき」「女性は控えめなほうが良い」など、女性は受け身であるべきという抑圧が強く、日本の女性はきっぱりと拒絶することが苦手なように育てられていると感じます。

またNOと言ってもNOと受け取られない問題もあります。あるセクハラ裁判の尋問で「被害者は嫌だという意思を示していたのでは?」と聞いたら、加害者は「喜んでいました」と答えました。被害者が何と言っていたのかと問うと「『嫌、やめて』と言っていた」って加害者は言ったんです。さらに「被害者は拒絶してますよね」って言っても「その『やめて』は嬉しいという意味です」といった解釈をしていました。女性の明確な拒否に対する抑圧が強いうえに、NOを示しても喜んでいると勘違いをされるという日本特有の問題があると感じます。

ジェンダーバイアス
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——性的DVに関して、どういうときに弁護士さんに相談できますか。

まず離婚の話し合いにおいて弁護士は力になれます。自分が被害を受けていると気づいたときや、被害か判断できなくても、その人との関係を続けることができないと思ったときに弁護士が代理人として話し合いをすることができます。もしくは婚姻関係になくても、被害に気づいて逃げようとしたときに相手がストーカー化したときや、別れたいのだけれども相手の報復が怖いときに弁護士が間に入って話をすることが可能です。

ただ、そもそも被害に気づいてない人は周囲の人が弁護士相談に連れてくることも少なくないです。連れてきた人は一生懸命話しているけれども、連れて来られた人は私の話を全然聞いてなかったり、腑に落ちてなかったりということも。周囲の人は見ていてつらいから連れてくるのですが、本人が「そんなひどいことはされてないです」と否定することもあります。

周囲の人が心配して臨床心理士や精神科へ相談に連れて行き、そこから弁護士相談を勧められることもあるようです。病院やカウンセリングのハードルが高い場合は、行政の女性相談に行く方法もあります。そこでチェックリストに回答してみたら当てはまって、気づきのきっかけになった方もいました。

——やはり被害や支配構造に気づくことのハードルは高いのですね。

洗脳されているような状態なので、無理に関係を解消させようとしても、拒否されたり、逆にこちらが洗脳しようとしていると受け取られてしまったりもします。ピンと来てないけれども相談に連れて来られた方には「今後耐えがくなって、苦しいとか死にたいとか思ったときに『これはDVかもしれない』と覚えておくと、自分を助けることになりますからね」とお伝えするようにはしています。そうお伝えすることで、後々気づくタイミングが訪れることもありますね。

取材を終えて

お話を伺って、被害に遭っていることに気づくことの難しさを感じました。そのことを知っておくだけでも、自分を守ることにも、周囲に被害に遭っているかもしれないと思う人がいたときにも対応が変わるのではないでしょうか。

傷ついている様子を見ているとつらくなりますが、簡単に離れられない構造があることからも「別れればいいのに別れないのは自己責任」などと言わないようにすることも大切にしたいです。

講演会では小西先生から「共働きで経済力があった女性でも夫からなかなか逃げられなかった」「被害者には感情が麻痺していて楽観的に見える人もいる」といったお話もありました。DVの知識がなければ「なぜ逃げないの?」と思ってしまうかもしれません。ですが小西先生は「逃げられないのはごく普通のこと」ともおっしゃっていました。イメージで語るのではなく、正しい情報を知り、被害に遭っている人への二次加害にならないようにも気をつけなければならないと思いました。


【プロフィール】岡村晴美(おかむら・はるみ)
名古屋大学法学部卒。2007年1月に弁護士登録。いじめやハラスメントに関する事件のほか、DV、ストーカー、性被害事件など、女性の権利擁護に関する事件を中心に取り組む。弁護士法人名古屋南部法律事務所(愛知県弁護士会)所属。

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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