【上司・取引先・先輩・指導者——立場の優位性を利用したセクハラ・性暴力】の実態と対処法
上司や取引先など、社会的立場において上下関係のある人からのセクハラ・性暴力の実態と被害に遭ったときの相談先、周囲の望ましい対応、「加害者にならないためにすべきこと」について、臨床心理士・公認心理師で目白大学心理学部の齋藤梓先生に伺いました。
上司・先輩・指導者・取引先といった、社会的立場において上下関係のある人からの不当な要求にはっきりと「NO」を示すのが難しいことは、多くの人が想像できるでしょう。こういった地位・関係性を利用したセクハラ・性暴力が発生することがあります。
臨床心理士・公認心理師で目白大学心理学部の齋藤梓先生は次のように説明します。
「新入社員や若手社員の方は、上司や取引先の要求が正当なものであるかの判断が難しかったり、自分が断わることでどういう影響が出るのかがわからないため『上司や取引先の言うことは聞かなくてはならない』という感覚に陥りやすかったりします。その点を利用し、加害行為をしてくる人がいます」
齋藤先生に地位・関係性を利用したセクハラ・性暴力の実態や、被害に遭ったときの相談先、周囲ができること、そして「加害者にならないために気を付けるべきこと」についてお伺いしました。
まもなく4月になり、新学期を迎えます。新たな被害者を出さないために実態を知り「加害行為をしにくい環境」を作っていきませんか。
※一部、具体的な性暴力の表記があります。
立場の優位性を利用したセクハラ・性暴力
——仕事の場で起きる「地位・関係性」を利用したセクハラ・性暴力の実態についてお伺いします。
加害者は上司や取引先など、被害者に対して何かしら評価や指導を行ったり、影響を与えられたりする立場にいることが多いのが特徴です。加害行為の例としては、仕事という建前で二人きりで会うよう誘った後、帰りのタクシーで体を触ってきたり、ホテルに連れ込もうとしてきたり、密室で二人きりになった際に、突然性的なことを要求してきたりします。加害者の方が社会的立場は上ですので、パワーハラスメントの延長線上の形でセクシャルハラスメントが行われるケースもあります。
被害者としては、仕事として会っていただけなのに「もう何度も会ってるから」と相手が急に性的な要求をしてくるとか、距離が近くて「嫌だな」と思っていたら手を握ってくるとか、性器を触らせようとしてくるとか、叱責のフェーズを踏んで肩を抱いたり頭をなでたりとかされて「嫌だ」と思っていたら、突然抱き着いてくるなどがあります。
話を伺うと、性交(口腔性交を含む)を求められたり、身体を触られたりという被害の前に、言葉のセクハラや、不快に感じる距離の近さ(物理的な距離や二人での食事の誘い等)などがあったうえで、抱き着く・プライベートパーツへの接触、性交の要求が行われている傾向が見えます。
新入社員や若手社員の方は、社会的な立場が低く、冒頭に述べたように上司や取引先の要求が正当なものであるか、自分が断わることでどういう影響が出るのかの判断も困難です。かつ加害者は周囲からの信頼が高いケースも多く、被害者は抵抗するのが難しいのです。もちろん、新入社員や若手社員でなくとも、被害に遭う場合も多くあります。社内で関係性がある場合は関係性を壊すことが難しいために断りにくく、ある程度キャリアを築いているならば、キャリアを失うことへの不安から断ることが難しくなります。
——被害者が「自分のされたことはセクハラ・性暴力だ」と気が付くためにどうすればいいでしょうか。
「何がセクハラ・性暴力なのか」が広く知られることが重要です。セクハラやパワハラは啓発が行われるようになって、本人は気が付くのは難しくても、周囲に気が付く人が多いと言われています。定義や具体的にどういう行為がセクハラ・性暴力にあたるのかが広まると被害だと認識しやすくなります。
——被害者が悪くないのは当然であるものの、被害者が自分を責めてしまうことは珍しくありません。どういう情報が届くことによって自責を和らげられるでしょうか。
「地位・関係性のある相手に『NO』を示すことは難しい」「被害に遭ったときにフリーズをするのは珍しいことではない」「抵抗できないのは当然のこと」といった情報が社会にもっと知られていくことが必要だと考えます。それでも自分を責める気持ちはなくならないかもしれませんが、相談機関に繋がりやすくなると思います。
——「あなたは繊細だから」など、被害者の捉え方の問題にしようとする圧力もあります。
一人ひとり「嫌だ」と思う境界線は異なっていて、色々な人が一緒に生きていくなかで、お互いの嫌だと思うことや「これ以上は踏み込んでほしくない」ことを尊重するのは当然です。あなたにとってそのラインを踏み越えられて「嫌だ」と思ったならば、「嫌だ」と思っていいのです。もちろん、裁判になった場合には、残念ながら、客観的にどのくらいかという視点で問われる場合もありますが、カウンセリングの場面で言えば「あなたが嫌だと思うものは嫌だと思っていい」というメッセージは送りたいです。
被害者の話を聴いていると、そもそも被害を認識できなかったり、警察に届けられなかったり、状況は変わってはきているものの、警察で門前払いされたりした経験のある人もいます。警察に届けられても、不起訴になっているケースも多いです。
「嫌だ」「苦痛だ」と思ったら相談していい
——地位・関係性のある相手からセクハラや性暴力の被害に遭ったら、どこに相談すればいいでしょうか。
各都道府県にある「性暴力被害者ワンストップ支援センター」(一覧はこちら)があります。近隣のワンストップ支援センターを探して直接連絡することもできますが、「#8891(はやくワンストップ)」の全国共通短縮番号にかけると、発信場所から最寄りのワンストップ支援センターに繋がります。
また内閣府の事業である「Curetime」では、2021年度の場合ですと、月・水・土曜日の17時~21時にチャットで相談ができます。Curetimeでは日本語のほか10か国語での相談が可能です。
職場でこんな経験ありませんか?
— curetime (@curetime1) March 9, 2022
断ったら、相手を怒らせるかもしれない。断ったら、相手が不機嫌になるかもしれない。「NO」と言いたいのに「NO」が言えない! と悩んでいるあなたと、Curetimeは「NO」の伝え方を一緒に考えます。#性暴力被害者支援#性暴力SNS相談 pic.twitter.com/9JEcpZHe5l
職場で、女性であることを理由にからかわれたり、上司から嫌な言葉を投げかけられたことはありませんか。
— curetime (@curetime1) December 12, 2021
周りの人が見て見ぬふりをすることも、職場のセクハラを増長します。
セクハラは性暴力です。誰にも言えずに苦しんでいる方は相談してみてください。
会社に直接相談する方法はありますが、相談するプロセスで、被害について思い出したり説明したりし、傷ついたり苦しくなったりすることがあると思うので、まずはワンストップ支援センターやカウンセリングなどの相談機関、もしくは性暴力被害に詳しい弁護士の先生に相談することをおすすめします。
——私自身、挿入を伴わない身体接触のある被害経験があり、「同じことを道端で知らない人にされたら警察に通報してもいいはずなのに」と思いつつも、被害と認識するまでに時間を要しました。職場で起きたがゆえに警察に届け出るのを迷ってしまうような場合でも、専門の機関に相談していいのでしょうか。
もちろんです。ご自身が苦痛を感じていたり、嫌だと思っていたりするならば、相談してください。警察に届出ることについて相談することも可能です。そして、人間には回復力があるので、ある程度の心の傷つきを自己治癒力で回復することもできるのですが、性的な暴力の傷つきはとても深くなる傾向があるので、専門的な相談を受けることが大切だと思います。
——言葉の暴力やジェンダーハラスメントについては「これくらいで相談していいのかな」と考えている人も少なくなさそうです。
そのことによって悩んでいたり気持ちが沈んだりしているなら、相談機関や精神科、カウンセリングを利用してほしいです。
一つ言えるのは、いくらカウンセリングを受けても、現実にある危険が回避されていない、「またセクハラや性暴力に遭うかもしれない」と思うような、安全とは言えない環境下では心の回復を目指せません。現実的な安全をどう確保するかという点では、会社のコンプライアンス窓口に相談するという方法もありますが、弁護士さんに相談された方がいいと思います。「被害者の気持ちの問題で解決するわけではない」ということは、会社側もきちんと認識していただきたいです。
——性暴力に限らず「自分なんかが相談に行ってはいけない」と考えている人は珍しくありませんが、どのくらいつらかったら相談に行っていいのでしょうか。
本人が嫌だなと思ったり、「どうしよう」と思ったり、苦しいと思ったり、自分がその関係性に違和感があるとか、「この行為をされてすごく嫌だった」と思ったりしたら、いつでも、カウンセリングなどを利用していただければと思います。利用いただくために、カウンセリングのハードルも下げていかなければと思っています。
——周囲にセクハラや性暴力によって傷ついている方がいるとき、どうすればいいでしょうか。
信頼できる誰かに話を聞いてもらうことは重要です。被害を受けた人の気持ちを充分に尊重し、遮ったりジャッジしたりせずゆっくりお話を聞くようにしてください。
また、被害を受けた方が自分でカウンセリングや精神科を探すことはハードルが高いので、本人の同意を得たうえで、相談を受けた身近な方が一緒に探したり、付き添ったりしていただけると支えになると思います。
——身近な大事な人が傷ついたら「何かしてあげたい」という気持ちが強くなってしまう人もいると思うのですが、あくまで本人の意思を尊重することが大切ですね。
「解決したい」という気持ちが湧いてくることは自然なことだと思います。でも一人にできることは限られていますし、本人のペースもあります。「何も力になれていない」という気持ちに苛まれるかもしれませんが、その結果、強引に相談機関へ繋ぐといった行動をすると、余計にショックを与えてしまう恐れもあります。
身近な方には「トラウマとは何か」「セクハラや性暴力による傷つきとは何か」ということを正しく理解していただきたいです。周囲の無理解は被害者を追い詰めますが、一方で正確な知識を持った人が話を聴いてくれることは、被害を受けた方にとって大きな支えになると思います。
加害者にならないために自分の権力を自覚する
——セクハラや性暴力は男性から女性へ行われるイメージが強いですが、女性から男性、同性から同性、セクシャルマイノリティへの加害行為もあるのですよね。
「男性から女性に行われるもの」というイメージが強いのは、男性が上の立場にいることが多いこと、また「女性は従順に従うもの」「男性は強引なほうが良い」といったステレオタイプが社会にあるためと考えます。ですが地位・関係性は性別に関係なく生じるもので、性別関係なく加害行為が行われることはあります。
内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(令和2年度調査)では、無理やり性交(肛門性交と口腔性交を含む)をされた経験を調査していますが、女性被害者の場合、加害者は圧倒的に男性が多いのですが、男性被害者の場合、加害者の性別は男女半々程度でした。
けれども警察に届けられるのは加害者が男性の場合が多いでしょう。それは「女性が性加害するはずない」「男性にとって女性からの加害は加害ではない」といった誤った先入観が蔓延っているため、被害を訴え出にくい社会だからです。
他にも、若い人たちからは「(主に男性上司から)無理やりキャバクラや風俗に連れていかれることが嫌」 と、男性上司によるセクハラや性暴力についても聞きますし、こうした出来事も含めて、本当は「嫌だ」と感じている男性もいるのだと思います。
セクシャルマイノリティへのセクハラ・性暴力に関しては、私自身はあまり相談対応をしたことがないのですが、一般的な話ですと、セクシュアリティを知られていることが性暴力やセクハラ、パワハラの脅迫材料に使われてしまうことがあります。
——自分が加害者にならないために・加害行為をしないためにどう気を付ければよいでしょうか。
年齢や役職など自分の持っている権力や、相手から見たとき自分がどれだけ断わりにくい存在であるかという自覚が必要です。「自分はフレンドリー」「部下と対等に接している」と仰る方もいて、そういった意識は大切であるものの、立場の弱い方から見たらそのように映っていないかもしれません。どんなに自分が親しみやすいように振る舞っても、持っている権力はありますし、相手から見たら断わるのが難しい存在だという感覚を忘れないことが重要です。
私自身も大学教員ですので、学生から見たら権力のある存在で、私の発した言葉が学生にとって強制力を持ってしまうかもしれないと意識しています。自発的に持った権力でなくても、年齢が上がったり、役職に就いたりすることで無意識に権力を持ってしまうことがありますが、そのことに無自覚でいてはいけないと思います。
※「男女間における暴力に関する調査」(令和2年度調査)
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/r02_boryoku_cyousa.html
※セクハラと性暴力の表記について
性暴力に含まれる言動も一般的に「セクハラ」という言葉で表現されていることを見聞きするため、「性暴力」だけでは自分の被害に気が付けない方もいらっしゃると考え、多くの人に届けるために本記事では併記させていただきました。
【プロフィール】
齋藤梓(さいとう・あずさ)
臨床心理士、公認心理師、博士(心理学)。
上智大学卒業後、上智大学大学院博士前期課程、同後期課程に進学、臨床心理学を学ぶ。臨床心理士として精神科クリニックや感染症科(HIVカウンセラー)、小中学校(スクールカウンセラー)に勤務する一方で、東京医科歯科大学難治疾患研究所にて技術補佐員としてPTSDに対するProlonged exposure therapyの治療効果研究に携わる。2008年からは、公益社団法人被害者支援都民センターにて殺人や性暴力被害等の犯罪被害者、遺族の精神的ケア、およびトラウマ焦点化認知行動療法に取り組んできた。現在、目白大学心理学部心理カウンセリング学科専任講師として教育と研究に携わりながら、被害者支援の実践も継続している。編著書に『性暴力被害の実際―被害はどのように起き,どう回復するのか』(金剛出版)がある。
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