「コンドームは男性が用意するもの?」ジェンダーレスコンドームケースが問いかける性のバイアス
性別問わず手に取りやすく安全にコンドームを持ち運べる「ジェンダーレスコンドームケース」を制作したセクシャルウェルネスブランドCosmosの二人。海外留学を通じて感じた日本の性教育の課題や、ジェンダーレスコンドームケースによって届けたい思いを伺いました。
避妊や性感染症予防のために使われるコンドーム。持ち歩く際にはハードケースに入れるといったコンドームに傷がつかない方法が推奨されていますが、財布や化粧ポーチに入れているという声を耳にすることがあります。また、「コンドームは男性が用意するもの」「女性が買うのは恥ずかしい」という固定観念も根強く存在します。
「誰もが安全にコンドームを持ち運べるケースを制作しよう」と動き出した二人のZ世代の若者がいます。古川さくらさんと橋本阿姫さんは2020年、性と生殖に関する健康と権利(Sexual and Reproductive Health and Rights:SRHR)関連のイベントで出会い意気投合し、2021年1月、セクシャルウェルネスブランドCosmosを立ち上げました。
そして性別を問わず手に取りやすい「ジェンダーレスコンドームケース」を制作し、2021年12月より実施したクラウドファンディングでは、目標金額を大きく上回り135名の支援者より、約87万円の支援を得ました。
「日本の性教育をアップデートしたい」と熱く語る二人。その思いの背景やジェンダーレスコンドームによって解消したい課題についてお伺いしました。
自分の体のことは自分で決める
——お二人とも海外留学の経験があるとのことですが、性教育の観点で日本とどのような違いを感じましたか。
橋本阿姫さん(以下、橋本):私はニュージーランドへ留学したのですが、性教育に対する認識が違うと感じました。日本の性教育といいますと、生殖に焦点が当たりがちですが、ニュージーランドでは「生きるための教育」として性教育が捉えられている印象です。例えば妊娠や性感染症といった健康面だけでなく、性に関するコミュニケーションの学習にも繋がっていましたし、ジェンダーや人権教育でもありました。日本ですと「コンドームの存在を教えて終了」ということも珍しくありませんが、ニュージーランドでは装着方法や、相手に「コンドームを使って」と伝える方法、使わない相手にNOを示すなど、実践的な内容が多い印象です。
一方で共通している部分もありました。一時期日本でも注目を集めたニュージーランドの性教育啓発CMがあるのですが、内容としては子どもが気軽にネットでポルノにアクセスでき、かつポルノでは同意が描かれていないという問題点を指摘したものです。ネットの中での出来事と現実の交際がどう違うか説明が行き届いていないという点は、日本とも共通している問題だと感じました。
古川さくらさん(以下、古川):私はカナダで4年間生活した経験があり、そのうち2年半の間、大学でジェンダーやセクシュアリティについて学んだのですが、授業中のグループディスカッションで安全でインクルーシブな場所が設けられていました。教授が毎回「人の言動をジャッジしたり、差別したりしない、ここは何を話しても安全な場所です」と仰っていて、そもそも日本ではまだ性に関することをオープンにディスカッションすることも少ないと思うのですが、安心して話すための配慮が行き届いていると感じました。あくまで私の見聞きした範囲ではあるものの、安全に話せる環境が整っているからか、性教育に携わる人たちが自分の経験も含めたパーソナルな話をされることも印象的でした。
また日本は性教育に関してネガティブアプローチが強いと感じます。「妊娠しないため」「性感染症にかからないため」といった教育も必要ではありますが、その前段階として性に関する選択やコミュニケーション、パートナーシップなどの面にフォーカスする視点が少ないと感じます。
——クラウドファンディングページで公表されているアンケートでは、77%が日頃コンドームを持ち歩いていないという結果でした。お二人が留学された地域とは考えが異なるのでしょうか。
古川:あくまで私の周囲での話ですが、「my body my choice」の考え方から、エンパワーメントの一環で持ち歩くことは珍しくなかったですね。「クラブに遊びに行くからコンドームを持っていく」という友人もいました。「セックスをするという選択肢」が女性にとっても主体的で、かつ自分の健康は自分で守るという意識が浸透していました。また私自身は「自分の体のことは自分で決める」という意識を定着させるために「コンドームを持ち歩く」という行動に移すことを大切にしています。
——お互い対等に同意が取れていれば、交際関係でなくても性行為をすることについて他人がとやかく言うことではないと思うのですが、日本では特に女性に対しては「ビッチ」「ヤリマン」といった目線が向けられます。お二人が暮らされた環境下ではそのあたりの認識も違いましたか。
古川:あくまで私の知る範囲ですが、日本のカップルは明確に「交際を始める」ステップがあるケースが多いですが、海外では知り合ってから徐々にお互い関係を深めていき、ボディータッチや性行為のタイミングは交際前後が明らかになっていないことも少なくはないと感じます。体の相性を確かめないまま交際後に性交痛に悩んだり、相性の悪さを感じて不満を抱えたりするのではなく、知ったうえで交際するか考えたいという価値観の人も珍しくなかったです。
橋本:私は日本でも「あらかじめ体の相性を確かめたい」という友人もいるので、きっぱり日本と海外とで差があるようには感じませんでした。受けた教育や周囲の友人など、環境の影響もあると思います。
古川:そうですね。海外留学の経験から、一個人として見聞きしてきた話をしていますが、海外といえども同じ考えの方ばかりでなく、私のこの考え方も少数派かもしれません。以前は「付き合う前にセックスをする=遊んでいる」という感覚がありましたが、海外での生活を経て自分のマインドに変化が生じました。
橋本:ただ、日本における性行為は「男性が引っ張っていくもの」という男性優位の風潮が強く、ゆえに女性がセックスに積極的であることや、痛みを軽減して楽しみたいといったことも言いにくい空気があり、その点での温度差は感じます。だから私たちも問題提起していますが「コンドームは男性が準備するもの」「女性がコンドームを準備するのは(積極的なので)恥ずかしい」といったイメージも強いのだと思います。
——「コンドームは男性が用意するもの」という空気感について、女性が勝手に選ぶわけにもいかないので話し合いが必要だと思いますが、面と向かって話し合うことのハードルを高く感じる人も少なくないと感じます。どのような切り出し方があると思いますか。
橋本:費用はかかってしまいますが、いくつか買って「どれがいいかな」と一緒に選ぶ方法があります。でも大人になったので言い出せますが、学生の頃でしたら恥ずかしさもありましたし、知識もなかったので難しかったと思います。
古川:自分の体の話だったり、健康の話だったり、性に関する話を話しやすいテーマから切り出して、最終的にコンドームの話に持っていくと少しずつステップを踏めると思います。
コンドームは自分の意思を示す一つの手段
——様々な性教育に関する課題意識があるうえで、コンドームケースに焦点を当てた理由についてお伺いします。
橋本:最初は「コンドームケースってどうしてないんだろう?欲しいよね」と話していたところから始まりました。二人とも海外で生活する経験を経て、女性がコンドームを持っていたり、NOを明確に示したりする姿を見てきている。よく「日本人はNOと言うのが苦手」と言われますが、コンドームというのは「安全なセックスをしたい」「コンドームなしで性行為はしたくない」など自分の意思を示す一つの手段と考えています。コンドームを持ち歩くことで、自分のことを自分で決め、意思表示をする一助になるのではという思いでいます。
——「ジェンダーレスコンドームケース」でどのような変化を起こしていきたいですか。
古川:性行為というパーソナルな出来事が簡単に話せることではないのは重々承知しているので、私たちは決して「性に関してオープンにすべき」と主張しているわけではなく、生涯付き合っていく自分の身体や性の健康について考えるきっかけを提供したいです。例えば「コンドームは避妊や性感染症予防効果がある」ということだけでなく、適切な保存方法・持ち歩き方をしなければ劣化してしまうということも知らない人は少なくないですし、装着方法等まで伝えなければ、必要なときに自分の身を守れない。ゆえにジェンダーレスコンドームケースを通じて性の知識や情報も一緒に伝えていきたいですし、最初は大きな社会変化は起こせないかもしれないですが、自分の周りの人からでも少しずつ変化を生じさせていきたいです。
——クラウドファンディングの反響はいかがでしたか。
橋本:最初は欲しいと思う人がいるのか不安だったのですが、蓋を開けてみたら、想像以上にご支援や各所でシェアしていただき励みになりました。支援者は20代が一番多く、25%は男性でした。ジェンダーレスなコンドームケースと謳っているので、いずれ性別問わず手に取っていただけるのが希望ですが、男性にも共感していただけてるのは心強かったです。
実はクラウドファンディングについて50代の母に話したとき「何そんなことしてるの」とタブー視の強い反応をされたのですが、徐々に性の問題が大切なことを知ってくれて、最終的には母が母の友人に「娘がこういう活動をしている」と話し、活動を紹介してくれたんです。自分の周囲の話にはなりますが、性に対するタブー視の強い世代でも考え方が変わる影響があったというのは、プロダクトによって意識を変えていけるのではないかという希望を感じました。
——今後の活動にどのような思いを持っていますか。
古川:私たちは「No one behind」——誰も取り残したくないという思いを持っています。ジェンダーレスコンドームケース自体は、例えばレズビアンの方などコンドームを使わない人にとって疎外感を覚えさせてしまうかもしれません。ですがジェンダーレスコンドームケースを通じてさまざまな性の情報を伝えていくことで、自分の健康や性、人生の選択肢について考えるきっかけを提供したいです。当面の間はクラウドファンディングの発送作業に追われていますが、今後も性教育を軸に活動していきます。
【プロフィール】
■古川さくら(右)
宮城県仙台市出身。日本の短大卒業と同時に、カナダに渡り、カレッジにてGender Sexualities and Women's study を専攻。4年間の海外生活では、大学教授の元で生理についての研究員として働く傍ら、性被害に苦しむ女性たちのシェルターなどでボランティア活動を行う。帰国後、阿姫と本格的にコンドームケースプロジェクトを始動。
好きなものは、ミルフィーユ・CICAクリーム・味噌ラーメン。
■橋本阿姫(左)
知り合いの卵巣の病気をきっかけに、中高生の頃からセクシャルヘルスに興味をもつ。大学時代には福祉分野からセクシャルヘルスや性教育を学び、卒業後は卒業と同時にニュージーランドに渡り、女性支援活動を行う。帰国後、さくらと出会いCosmosとして、コンドームケース制作に注力する。
好きなものは、アフリカ布・古着・カツ丼・地元関西弁。
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