相反する感情もそのままでいい…『ふっとりさん痩せたいけど食べたーい!』著者がありのままを描く理由
「ボディポジティブは素敵だと思うけれども、簡単に割り切れない」そう感じている方もいるのではないでしょうか。漫画家でイラストレーターの成瀬瞳さんが描く『ふっとりさん 痩せたいけど食べたーい!』(オーバーラップ)は、成瀬さん自身が「痩せたい」と思いながらも、「ふっとりさんあるある」や「食べることの幸福感」を描いていて、共感させてくれたり、ほっとさせてくれたりと、相反する感情を抱く自分を受け止めてもらえたような気持ちになる作品。ふっとりさんをありのままに描いた背景や作品に込めた思いに迫ります。
「体重を減らしましょう」——筆者の昨年の健康診断の結果にはこう書かれていました。「健康の観点から痩せたほうがいい」「でも食べるのは大好き」「ボディポジティブは素敵だと思う一方で、今の自分を好きになれない自分がいる」……なかなかスッキリとした気持ちになれないまま生きています。
漫画家でイラストレーターの成瀬瞳さんが描かれた『ふっとりさん 痩せたいけど食べたーい!』(オーバーラップ)を読みました。作者の成瀬さん自身に「痩せたい」という思いがありながらも、「食べることの幸せ」や「ふっとりさんあるある」が楽しく描かれていて、共感して笑ったり、ほっとしたり、心の緊張がほぐれる作品です。そして「簡単に割り切れない部分があってもいい」という気持ちにもなりました。
作者の成瀬さんはどのような思いで作品を描いたのか、作品に込めたメッセージについてお話を伺いました。
「ボディポジティブになりたい」けれども……。
——本作を読んでいる限り、「痩せたい」とはおっしゃっていても、ふっとりさんであることを受け入れている面もあるように感じたのですが、今までふっとりさんであることが嫌だと感じたことはありますか。
作中では楽しく描いたのですが……小さい頃は従姉妹のほっそりさんと比べて落ち込んだり、小学生の頃は男子にからかわれたりすることもありました。学生時代は友人の体型と比べて落ち込むこともあり、今よりも太っていることをコンプレックスに感じていましたね。
友人と話しているなかで、体型の話題で気を遣われることを避けたくて、自分から自虐ネタとして話してしまうことは今でもあります。現在は在宅で仕事をしているため、普段あまり人と会わないですし、結婚したことによって恋愛市場から抜け出せ、ジャッジもされなくなって、以前よりは人と比較することは少なくなりました。夫は私の身体をぷにっとつっついたり、食欲にツッコんだりはするものの、「痩せろ」「だから太る」といった責めるようなことを全く言わないんですよね。
私は自分の体型も性格も好きではないんです。漫画やイラスト上手く描けたときは「私って天才では!?」となることはありますが……(笑)タレントの渡辺直美さんやリアルサイズモデルの北原弥佳さんのように、ボディポジティブな発信をされている方はカッコいいと思っていて、私もありのままの自分を受け入れられるようになれたらと憧れています。でもなかなかできなくてつい人と比べて「痩せたい」と思ってしまいます。
——ご自分のことが好きではないけれども、以前よりは自分を受け入れられるようになったとのことで、「自分のことが好きではない」という感情の中にグラデーションはありますか。
そうですね、最近はふっとりさんでも着られる服が増えてきて、オシャレができるようになったので楽しいと感じることが増えました。「着られる服がある」ことによって社会から阻害されていない感覚になっています。
——「自分のことが嫌い」という気持ちにならないためにしていることはありますか。
数年前から自己肯定感に関する本を読んで、ネガティブな気持ちも否定せずありのままの自分を受け入れるように意識し始めました。でも一番は漫画として描くことです。漫画として描き、それが共感の意味で笑ってもらえると嬉しいです。
——依然として「太っていること」に対して揶揄の目線が向けられることは少なくないため、「共感の笑い」との境界線が難しい部分もあると思いますが、制作にあたって気を付けていることはありますか。
「太っていること」そのものを笑いにすると、自分でも描いていて惨めな気持ちになったり悲しい気持ちになったりするので、避けるようにしています。自分を責めたり陥れたりすることなく、描いていて自分自身に思いやりを持っているかどうかという感覚を大事にしています。
——私もふっとりさんなので、例えば「レギンスが落ちてくる」エピソードがあるあるで笑ってしまいました。ただ、これが一人でその現象に直面すると笑えてしまうのですが、他人から指摘されることは望んでいないんですよね。ゆえに「ほっそりさん」な友人には話せなくて……。人に言えない「あるある」を成瀬さんが描いてくださって、共感して話を聴いてもらっているような感覚になりました。本作を読んでいると「とにかく食べることって楽しいよね」という気持ちになり、成瀬さんの食べている姿のイラストが幸せそうで癒されます。成瀬さんにとって食べることとは。
一言で言いますと「幸せ」ですね。子育てのストレスやイライラも食べることで気持ちを落ち着かせてくれ、お腹だけでなく心も満たしてくれます。作中にも描いたのですが「食べられない」と思うと、この世の終わりのように落ち込んでしまいます……(笑)
相反する感情も「そのままでいい」
——成瀬さん自身は今も「痩せたい」と思っていらっしゃるとのことですが、それはどんな感情からでしょうか。
「健康のため」と「自信を持ちたい」という感情が半々程度でしょうか。単に「痩せたい」というよりは「自分が理想とするなりたい自分」に近づきたいです。先ほどもお話ししたように、ふっとりさんでもオシャレを楽しめるようにはなっていますが、まだがんばって探す必要があるため、洋服探しを頑張らなくてもオシャレを楽しめるようになりたいです。自分なりのペースで、自分を攻撃せずに、なりたい自分に近づいていきたいです。
——「理想の自分になりたい」「健康面で痩せたい」でも「食べる幸せをやめられない」……こういった感情が共存するなかで、葛藤が生まれることもあると思うのですが、どのように折り合いをつけていますか。
折り合いはつけられていないですね。ですので、今でもネガティブな感情は持ったままでいいと思っています。一見相反するような感情を持つ自分や、感情の揺らぎがある自分も「そのままでいいよ」という思いも作品に込めています。
——作品を描くにあたってコンプレックスと向き合う必要もあったと思うのですが、それでも描きたいと思った理由をお伺いします。
私は自分を責めてしまうタイプですので、描くことによって「ありのままの自分で大丈夫だよ」「そんなに自分を責めなくて大丈夫」と言い聞かせている部分があります。同時に自分と同じ思いをしている人に「肩の力を抜いてほしい」という感情もありました。私と同じように食べるのが大好きでなかなか痩せられない、ダイエットも続かないと悩んでいる人に読んでいただいて、自分を責める気持ちや緊張を解くきっかけになったら嬉しいです。
【プロフィール】
成瀬瞳(なるせ・ひとみ)
イラストレーター。1981年10月5日生まれ。愛知県出身。
出版社の制作部で8年半「2足のわらじ」でイラストとバイトの日々を過ごす。2011年8月出版社を退職し、フリーのイラストレーターとして独立。書籍カバー、挿絵、まんが、広告、企業WEBサイトなどで幅広く活動中。
著書『マンガはじめての妊娠・出産ハッピーガイド』(西東社)、『おうち時間が楽しくなる魔法の手作り生活』(中経出版)、『130日で私が変わる!毎日あさかつ』(エメラルドコミックス)、『ふっとりさん 痩せたいけど食べたーい!』(オーバーラップ)。
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