【学生に知ってほしい、痴漢の真実】痴漢抑止活動センター代表者が語る「痴漢抑止バッジ」普及への想い
痴漢は性暴力の一つであり、被害者の尊厳を傷つける行為である。「痴漢は犯罪です 私たちは泣き寝入りしません」と書かれている「痴漢抑止バッジ」を制作した一般社団法人痴漢抑止活動センターでは、被害に遭いにくくするためにできることや、被害に遭った際の身の守り方、相談先などの啓発活動を行っている。同センターでは、より啓発を広げるために痴漢犯罪防犯講座を学校へ寄贈するクラウドファンディングを実施中だ。代表の松永弥生さんに話を伺った。
痴漢抑止バッジが誕生したのは2015年。松永さんのご友人の娘さんが毎日のように痴漢被害に遭っていたものの「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」というカードをバッグにつけたところ、被害が止んだそうです。松永さんが「バッグにつけやすいよう缶バッジにしてはどうか」とご友人に提案し賛同を得て、痴漢抑止バッジが誕生しました。
「本当に効果があるの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。痴漢抑止活動センターが埼京線で通学する70人に、痴漢抑止バッジを9か月利用してもらったところ、94.3%から「効果があった」という回答を得ました。なお、残りの人も効果がなかったと回答しているのではなく、「元々痴漢被害に遭っていない」「友人が効果がないと思うと言っている」といった回答だったそうです。
痴漢抑止バッジはデザインの種類が豊富なのも特徴です。毎年デザインコンテストを実施しており、無料配布サイトでは好きなデザインのバッジを申し込むことができます。
「デザインが違う方が自分の意思でつけていることが伝わり、抑止効果があるのではと考えました。また、できればつけたくないものですから、せめて好きなデザインを選んでいただけたらと思います」(松永さん)
2020年にはクラウドファンディングを通じて「学生に知ってほしい痴漢の真実」というアニメーションを作成し、痴漢に遭わないためにできることや、被害に遭ったときの対応策の啓発を行っています。さらに広く伝えるため、2021年より痴漢犯罪防犯講座を学校へ寄贈するプロジェクトを開始しました。
痴漢抑止バッジは被害を未然に防ぐ
——防犯ブザーなど、痴漢被害者のためのアイテムは色々とありますが、痴漢抑止バッジにはどのような特徴がありますか。
被害を未然に防ぐ点です。「私たちは泣き寝入りしません」「痴漢は犯罪です」と意思を示すことで、痴漢をしようとした側が「この子に痴漢したら通報されるかもしれない」と自分から行為をやめる効果があります。
そのため「痴漢撃退」や「防止」ではなく「抑止」です。防犯ブザーやアプリによって助けを求められた話も聞きますし、必要ではあるとは思います。でもそれらは被害に遭った後で使うものです。被害者は痴漢に遭ったときに勇気を出して対処したいのではなく、そもそも痴漢被害に遭いたくありません。
また、痴漢被害に対して冤罪を心配する声もありますが、痴漢抑止バッジは加害者が行為をやめ、被害者が被害を受けずに済むので、加害者も被害者も出ず、冤罪も起きません。
——活動当初は「なぜ被害者が自衛しなければならないのか」と批判の声もあったそうですね。
悪いのは100%加害者です。ですが、たとえば自転車窃盗も悪いのは加害者ですが、盗まれないために「鍵をかけましょう」と呼びかけを行います。痴漢抑止バッジはそれと同じ意味だと考えています。
まれに「被害者が自衛すべきだからバッジを使うべき」と言われることがあるのですが、それは違います。「被害者が自衛すべき」とまで言うと、二次加害(セカンドレイプ)になってしまいます。あくまで悪いのは加害者ですが、今すぐ加害行為を0にするのは難しい。嫌な出来事を避けるための手段として、自分の身を自分で守りたいと思ったときに、痴漢抑止バッジを試していただけたらと思います。
——2015年の活動開始から7年経ちましたが、どのような声が聞こえてきますか。
2022年の春から痴漢抑止バッジの無料送付を開始し、バッジの個包装をするためにボランティアを募集しました。来てくださった方にきっかけを伺ったところ、高校時代に痴漢抑止バッジを使っていた方がいました。学校で痴漢抑止バッジのコンテストの審査員をしたときにバッジが配られ、当時痴漢被害に困っていたものの、最初はつける勇気がなかったそうです。でもその方のご友人が「私はつける」と言ったので、自分もつけたところ、被害に遭わなくなったと話してくれました。
男性からのご支援や応援をいただくことも多く、「痴漢を許せない」と思っている男性の姿が見えたことも嬉しい出来事です。
痴漢被害について教えられてないのに学生は被害に遭っている
——今まで痴漢抑止バッジを配布したりコンテストを行ったり、啓発アニメーションを作成したりと様々な活動をされていますが、今回、なぜ学校へ痴漢犯罪防犯講座の寄贈を行うことにしたのでしょうか。
これまでも痴漢抑止バッジのコンテストで学生さんにデザインしていただいたり、学校でコンテストの投票をしてもらったり、学校を巻き込むことを意識してきました。それは電車通学を始めた中高生が痴漢被害に遭っているからです。
学校では、自転車通学をしている子に交通安全指導を行っています。しかし毎日被害の出ている痴漢被害については、ほとんどの学校で何も教えてこなかったと思います。
大阪で学校の先生にアンケート調査をしたこともあるのですが、先生方も痴漢被害の実態を知らず「こんなに酷いと思わなかった」と驚かれていました。また「スカートを長くしなさい」「みんなと同じ時間帯に登校しなさい」など、被害実態とはズレている指導をされていることも伺いました。痴漢加害者臨床に詳しい斉藤章佳さんによると、痴漢は「気が弱そう」「おとなしそう」といった特徴で被害者を選んでいるそうです(※)。先生方にもデータや専門家の声などと共に実態をお伝えすることの大切さを実感しています。
——自分が子どもの頃を振り返っても「痴漢に気をつけて」と言われることはあっても、具体的なことは教わった記憶がありません。「痴漢に遭わないためにスカートを長くしなさい」とも言われたことがありますが、加害者が抵抗しなさそうな人を標的にしているのも大人になってから知りました。
大人は電車に痴漢がいるのを知っていますが、痴漢被害に遭いにくくする方法や、被害に遭ったときにどうすればいいかを子どもに対して教えていませんでした。だから学校で教える必要があると思います。
2020年には「学生に知ってほしい痴漢の真実」というアニメーションを作成しました。こちらを学校でご活用いただくことはあったものの、4分間の短い映像で伝えきれない部分もあって。それを補完するための講座を作れば、より学校で活用していただけるのではないかと思い、寄贈することにしました。痴漢犯罪防犯講座は痴漢抑止バッジ・リーフレット・アニメーションと併せて伝えていただきたい情報をまとめたチラシのセットで、先生が20分程度のセミナーを実施できるよう想定して制作しました。
——2021年のクラウドファンディングの結果はいかがでしたか。
多くのサポートをいただき、予定の10校を上回る計15校に痴漢犯罪防犯講座を寄贈できました。
学校からは、アニメーションについて「痴漢問題をなるべく具体的かつ見ている子どもたちが嫌な気持ちにならないよう描かれていて、こういう教材が欲しかった」と声をいただきました。なお、被害に遭うのは女子だけでないので、アニメーションでは男子の被害者も描いています。
講座を受けてくださった生徒さんからは自身が痴漢被害に遭ったことがあり、かつ加害者が高校生でショックだったことが書かれていて「学校でこういう講座が行われることで、加害側も減ると思います」とコメントをいただきました。「痴漢加害は大人がするもの」というイメージがありますが、未成年でも痴漢加害をしている人がいる。子どもが加害者にならないための教育も必要です。
先日ある学校で、学習用のタブレット端末で中学生が同級生を盗撮したという報道を見ました。県教育委員会が「端末の正しい使い方を指導する」とコメントしていて、それも必要ではありますが、大切なのは「盗撮はされた側を傷つける加害行為であり、犯罪行為である」と、なぜしてはいけないのかまで教えることだと思います。
——痴漢犯罪防犯講座の今後の目標をお伺いします。
理想は通学で電車を利用する前に子どもが講座を受講できるようにしていくことです。私立中学の入学オリエンテーションや、公立中学では中学3年の卒業する前に実施してもらうなど。子どもが痴漢犯罪防犯講座を受けられるのが当たり前になる流れを作っていきたいです。
※詳細は『「学校に痴漢犯罪防犯講座を寄贈」プロジェクト2023』クラウドファンディング
【プロフィール】
松永弥生(まつなが・やよい)
大阪在住。「痴漢抑止バッジ」考案者 殿岡たか子の母とは幼なじみ。2015年に、SNSに投稿された「私は泣き寝入りしません」のカードとそれまでの痴漢対策の経緯を読み、缶バッジにすることを提案。クラウドファンディング×クラウドソーシングの活用して活動資金とデザインを募ったところ、多くの共感を呼び、メディアからも注目が集まった。プロジェクトを継続するために一般社団法人 痴漢抑止活動センターを立ち上げた。警察庁、文部科学省、国土交通省の後援を得て、毎夏「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」を開催。痴漢抑止バッジの普及に努めている。
痴漢抑止活動センター
HP:https://www.scbaction.org/
Twitter:@scbaction
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く