今の自分を見つめ、認め、良い意味であきらめる。坂口涼太郎さんが見つけた「らめ活」という生き方
俳優として存在感を放ち、さまざまな話題作に出演されている坂口涼太郎さんが、初めてのエッセイ集『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』を出版されました。本書に込めた思いについて伺ったインタビュー前編です。
俳優としてさまざまな話題作に出演するほか、ダンサー、シンガーソングライター、振付師、歌人という多彩な顔をお持ちの坂口さんは、メイクやファッションセンスを発揮して注目を集めています。そんな坂口さんが初めてのエッセイ集『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』を出版されました。本書は、ユーモアたっぷりの読みやすい文体ながら、生き方や働き方、人間関係やジェンダーの問題など、今を生きる私たちに響く話題が詰まっています。坂口さんのお人柄を伺い知ることができるような本書に込められた想いについて伺います。
この本が「良き話相手」のような存在になることができたら
ーー『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』では、とっても正直に、いわゆる失敗や恥といわれる部分を書いてくださっていますよね。自分をよく見せたいと考えるとそういう部分は隠してしまいそうですが、今回書いてくださったのはどのような心境からですか?
坂口さん:私が読書を好きな理由のひとつに、いろいろな人の秘密や、人には言えないようなことを受け取ることができる点があります。読書って能動的な行為ですよね。本を手に取って、ページをめくって読むということは、自分でやろうと思わないとできない行為です。だからこそ、誰かと密にコミュニケーションを取っているような感覚になれるんです。私は読書を通して、「この気持ちを持っていていいんだ」とか、「私と同じことを思っている人がいるんだ」とか、「同じ失敗や恥ずかしい思いをしている人もいるんだ」と思えて、励まされて生きてきました。友達や家族にも言えないようなこと、相談できないようなことがあるときには本が慰めてくれました。だから今回本を出すことになったときに、成功術のようなものを説くのではなく、隣に座って会話をするような、この本が良き話相手のような存在になることができたらと思ったんです。私がこれまで読書をすることで受け取ってきたような気持ちに、私の本を読んでくれた人にもなってほしいと思ってこの本を書きました。
そういう気持ちで書いていたのですが、1年間連載をしていて、締切は毎週やってくるんですよね。最後の方ではネタがなくなってきて、そうなると言葉にしにくいことも書かないと締切がきてしまう。それがいい作用になって書いたところもあります。特に、第四幕の「あきらめられず厳冬」はそうでしたね。最後の最後まで「ちょっとこれは恥ずかしいし書くのはどうしようかな」と思っていたんですけど、締め切りが背中を押してくれたんです。文章を書くことで自分の気持ちを整理できたり、自分の感情を知ることにもなりました。
ーーあとがきでは、文章を書くことによって自分の深層心理に辿り着き、自分でも思いもよらない自分の気持ちに出会ったことを言及されていましたが、これはジャーナリング(書く瞑想)をしながら自分の感情に気づく作業に似ていると感じました。普段からジャーナリングなど、書く作業をされているのですか?
坂口さん:文章を書くという行為を私はこれまでやってこなかったんです。だから今回が初めてでした。ただ、読むことはずっとやってきていたので、いろいろな方の話し方、ボキャブラリーの蓄積はあったんですよね。それでも書こうとは思っていなかったのですが、編集さんが「書いてみませんか?」と言ってくださったことで、書こうと思えました。ヨガもそうですけど、文章を書くことでこんなにも自分の深層心理に気づくものかと思いました。自分では隠したかったことや、気づかなかったところに届く感覚があり、書くことはまさに瞑想のようでした。
ーー「あきらめる」とは「あきらかにすること」とし、今ある環境と状態を明らかにして、手の届かない憧れをちゃんと諦めて、工夫して生活する、という「らめ活(あきらめ活動)」の考え方が素敵です。今って、SNSを見ているだけでも憧れる暮らしや物事が溢れていて、憧れを追いかけて苦しくなりやすいからこそ、「らめ活」は今の時代に必要な考え方ですね。
坂口さん:私が「らめ活」を考えたこと自体、「今はそういう時代なんだ」と思います。この社会で生きていると、時代に求められているものやムーブメントみたいなものを感じるんですね。だから私が「らめ活」を伝えたいと思ったことも、この時代の雰囲気に影響されていると思います。今の時代を生きる人々がどこかで思っていることを、言語化するひとりになったということだと思っています。
時代の空気を読んだといいますか。実際に時代の空気を読もうと思って書いているわけではないんですけど、普通に生きているだけで、なんとなく読めてしまうんですよね。例えばファッションやメイクにしてもそうです。学ぼうと思わなくても、街を歩いているだけで、流行りの服や色がわかります。そういう感覚って、言語化まではしなくてもみんなも感じていると思うんです。「本当はみんなこういうことを求めているよね」とか、「実はしんどいよね」「ここが生きづらいよね」ということって、みんなありますよね。私はそれを言語化したんだと思っています。
エゴを自分の中にマグマのように持っていていい
ーー自分らしく生きられているように見える坂口さんも、かつては自己顕示欲のかたまりだったと書かれていますが、「今」を感じて、今いる環境を受け入れ、相手ファーストに切り替えられた結果、物事が良い方向に動き出したとおっしゃっていて、その姿勢に感心しました。坂口さんのように自意識を手放すのって若い頃には特に難しいと思いますが、働き始めたばかりの世代や、今いる環境に不満を抱えている方にも学びとなる姿勢だと思います。そんな方に、アドバイスはありますか?
坂口さん:これは一概には言えないんですけど、新卒でこれから会社で働き始めるときや、この社会で自分がやりたいことをやっていこうというとき、エゴは必要だと思います。ただし、エゴの出し方が直接的ではいけないんじゃないかと思うんです。自分の能力を見せびらかそうとしても誰も見てくれないですよね。だから、自分の価値観や良し悪しの尺度、好き嫌いの尺度を自分の中に粛々と溜めておく。「あれはダサいな」とか、「あれはやめておこう」とか、「あれはかっこいいな」という感覚を蓄積しておく。
仕事でもなんでも誰かと一緒に物事を進めるとき、自分の意見を押し通すんじゃなくて、「この今という時間を豊かで楽しい時間にしよう」という意識があれば相手に伝わると思います。そのうちに、自分の実力や求めていることを出せる機会は巡ってきます。その時には、エゴで圧縮してたものを一気に出すんです。オーダーされた時に初めて思いっきり出すんです。人にはタイミングが巡ってくる時が必ずあると思います。それまでには悔しいことがたくさんあるとは思うんですけど、それも肥やしにするんです。諦めて、自分のいいところを明らかにして、ここだという時には諦めずに思いっきり出す。そのときまで蓄積しておくんです。エゴを自分の中にマグマのように持っていていいと思います。
人を恨んだり人を嫌ったりするエネルギーがいかに自分のためにならないかということに気づいた

ーー誰にどんなひどいことをされても、それをお芝居の糧にできるとおっしゃられていて、なんて前向きなのだろうと思いました。ひどいことをした相手に「お前なんて幸せになっちゃえばいいんだよ!」と言い返して、お芝居のための感情の資料を増やしてくれてありがとうと感謝すらする。精神力が高いですよね。昔からそのように考えられていたのですか?
坂口さん:人を恨んだり、人を嫌ったりするエネルギーがいかに自分のためにならないかということにどこかで気づいたんだと思います。子供の頃はそこまで達観していないし、人を嫌だと思うこともあったけど、その気持ちを持ち続けることの方がしんどいんですよね。かつては自分の弱さから人を嫌う方向に転換してしまったけど、そうしてしまうと余計に気になったり、自分のことを嫌いになってしまう。じゃあどうしたら自分がダメージを受けずに、発想を転換して明るく穏やかに生きていけるだろうかと考えたとき、恨みとかヘイト感情を相手に出さずに、「そういう人もいるよね」とか、「ひどいことをするあなたよりも私は幸せです」と心の中で思うことにしました。自分の精神が下がらないように回避して生きていくことは、私の唯一の反抗です。自分が徳が高い人になれた気がして、なんだか幸せになれそうなんですよね。とある瞑想のプログラムで、自分の気持ちを乱すような人のことをイメージして、その人が笑っている姿をイメージしたり、私の光で相手を照らすイメージをする瞑想をやったとき、すごく楽になったんです。
ーー慈悲の瞑想をされているような方だと感じていましたが、やはり実践されているのですね。
坂口さん:この瞑想に出会ったのは、急に友人と音信不通になって「なんでこんなにしんどいんだろう。どうして私がこんな気持ちにならないといけないの?」と思って、人を恨みそうになった時期。でも、恨んだらもっと腐っていったと思うんですよ。そうなりたくないという意識が働いたんです。そこは諦めたくなかった。それから、自分が這い上がるためにいろいろな本を読んだり、いろいろな瞑想をやってみたり、ヨガをしたり、座禅を組んでみたりしました。どうしたら自分が救われるかと考え、試行錯誤することは諦めないんです。これは、諦めないという方の「らめ活」ですね。
*後編に続きます
プロフィール|坂口涼太郎さん

1990年8月15日生まれ。兵庫県出身。特技はダンス、ピアノ弾き語り、英語、短歌。連続テレビ小説「おちょやん」「らんまん」(NHK)、映画「ちはやふる」シリーズ、映画「アンダーニンジャ」、ドラマ「罠の戦争」(カンテレ・フジテレビ系)、海外ドラマ「サニー」(Apple TV+)、など話題作に多数出演。ほか、「あさイチ」(NHK)では唯一無二のキャラクターで暴れ回り、「ソノリオの音楽隊」(NHK Eテレ)では主演兼振付師として活躍するかたわら、シンガーソングライターとしても活動。独創的なファッションやメイクも話題を呼ぶ。
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