心だけじゃない。自律神経の反応としての「からだに残るトラウマ」に心理師はどう向き合うのか

心だけじゃない。自律神経の反応としての「からだに残るトラウマ」に心理師はどう向き合うのか
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石上友梨
石上友梨
2025-08-17

トラウマケアというと、過去の出来事を語るセラピーを思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろん、言葉で語ることは大切なプロセスです。でも、心の傷は「何があったか」よりも、「そのとき身体がどう反応したか」に深く刻まれることがあります。今回は身体からのトラウマ治療を解説します。

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自律神経の反応としての「からだに残るトラウマ」

トラウマは“からだ”の感覚として記憶されることがあり、言葉ではうまく説明できない「緊張」「無感覚」「過呼吸」「息苦しさ」といった様々な形で現れ続けます。最近では、こうした身体の反応に直接働きかけるアプローチが、心理療法の現場で注目されるようになってきました。つらい出来事に直面したとき、私たちは冷静に物事を考えるより先に、身体が反応します。これは「自律神経」の働きによるものです。特に、神経科学者スティーブン・ポージェスが提唱した「ポリヴェーガル理論」では、自律神経は3つの反応モードを持つとされています。

ひとつは「闘う/逃げる」ための交感神経、次に「凍りつく」反応をもたらす背側迷走神経、そして「安心・つながり」を感じる腹側迷走神経です。トラウマ体験の最中、人はしばしば「凍りつく」ことで身を守ります。そしてこの反応が、あとになっても解除されずに残ると、日常の中でうつや解離、逆に何も感じないような無感覚といった状態が続くことがあります。このようにトラウマは、脳の記憶だけでなく、自律神経系の働きそのものに影響を与えます。だからこそ、「からだに安全を伝える」アプローチがとても重要になります。

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身体からのアプローチにはどんなものがある?

では、実際にはどのような方法があるのでしょうか?いくつかの代表的なアプローチをご紹介します。

ソマティック・エクスペリエンシング(SE)

米国の神経学者ピーター・ラヴィーン博士によって開発された身体の感覚を通じてトラウマ解消をめざす心理療法です。

トラウマ・センシティブ・ヨガ(TSY)

ヨガのポーズを用いますが、決して強制せず、自分で選ぶことが大切にされます。自分の身体に意識を向けながら「自分で選べる」「自分の感覚を大切にしていい」と感じられるように工夫されています。

タッピング療法(TFT)

特定のツボを指でタッピングすることで、不安や恐怖、トラウマなどの心理的問題を改善する心理療法です。

ボディコネクトセラピー(BCT)

以前からトラウマに効果のあったタッピングや眼球運動などを組み合わせて身体感覚に働きかける心理療法です。

他にもEMDRやブレインスポッティングなど、様々な身体志向のアプローチがあります。こうしたアプローチは、どれも「話す」ことだけに頼らず、身体そのものの感覚を入り口にしています。

からだを味方にしていくということ

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トラウマによって、私たちの身体は“まだ危険が続いている”という反応を学んでしまいます。これは防衛反応として必要だったことでもありますが、それが長く続くと、自分の生活を苦しめる原因にもなります。しかし、身体には安心や喜びを感じる力も、本来備わっています。からだを通して「今ここは安全だ」と感じることができれば、少しずつ、生きづらさは変わっていきます。もちろん、言葉で語ることや、認知に働きかけるトラウマ治療もとても大切で、効果のある方法です。人によっては、話すことを通して少しずつ心の整理がついていくこともあります。大切なのは、「自分にとってどんな方法が安心で取り組みやすいか」を選ぶことです。

最近では、こうした身体アプローチも専門家によって用いられ、科学的な裏づけも進んでいます。トラウマは「心の傷」だけでなく、「身体に残る記憶」でもあるという理解が広がりつつあります。今は、あなたの身体の声にやさしく寄り添う方法がたくさんありますので、自分に必要だと感じたら安心できそうな専門家や方法を探してみることから始めてみてください。

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