(5)旅の最終地点、戦場ヶ原では天国のような体験も   帰りの新宿駅で、まさかの誤嚥性肺炎!

(5)旅の最終地点、戦場ヶ原では天国のような体験も   帰りの新宿駅で、まさかの誤嚥性肺炎!
Saya
Saya
2025-08-23

親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。

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父の易怒性が発揮された、大荒れの晩。でも、翌朝、目が覚めてみると、父もなんとなくは昨夜の自分の醜態を覚えているようで静かにしていますし、母も気持ちを切り替えて、明るくしてくれていたので、予定どおり、民泊をチェックアウト。1時間くらいかけて、次の目的地である中禅寺湖のホテルに向かうことになりました。ここからは夫の運転のレンタカーです。

のちのちわかっていくことですが、認知症患者は、ひとりでは感情の切り替えがうまくいかないので、もし怒りが出たら、場所や話題を変えるなど、周囲の働きかけが大切になります。この日は非常にさわやかなお天気で、華厳の滝に寄ったり、中禅寺湖の周辺を歩いたりしたので、父も母もとても気分がよかったようで、なごやかに過ごせました。また、このときの父は足元がおぼつかなかったので、ひとりは父に張り付いて、「そこに段差があるよ」などと教える必要があって、夫とわたしのふたり体制でアテンドできたことも大きかったですね。何回も、「このあとはどうするんだ」と予定を聞くなど、認知症状は見られましたが、その都度、初めて聞かれたように、「明日は戦場ヶ原に行こうと思うんだ。それから、下って、車を返して、特急で帰ろうね」と応対するという方法で、乗り切ることができました。夜は、中禅寺湖から少し上った金谷ホテルのログハウスに泊まったのですが、夫が見てくれるので、父も温泉に入れました。

4日目の朝も雲ひとつなく、晴れていました。戦場ヶ原の湿原には板で歩道が渡されているので、たった数十分ではありましたが、父も戦場ヶ原も歩くことができましたし、山と高山植物を愛している母も機嫌がよかったので、高地ならではの冷涼な気候のなか、天国にいるような気分で過ごせたものです。このときも、戦場ヶ原でたまたま入った土産物店の若いご主人が、「あの道から入ると、お年寄りでも歩けますよ」など教えてくださいましたし、前日の食事のときも、老親と旅をしているとわかると、地元の方がパッとベンチを譲ってくださったりして、人の親切には本当に恵まれる旅でもありました。

「拙いアテンドでも、連れてくることができてよかったなあ」と達成感を味わっていたのも束の間、その後、まさに「天国から地獄」という展開が待っていました。帰りの新宿駅で、父の様子がおかしくなったのです。今思うと、特急内で勧めてもお弁当も食べなかったので、脱水症状を起こしていたのかもしれません。新宿駅のホームでふらつき、夫がつかまえてくれたジェイアールの職員によって、車椅子で南口の救護室へ。そこで高熱があることがわかり、また胸も痛いと言うので、歌舞伎町の都立病院に緊急搬送されることになったのです。わたしと母が「新宿ニューマン」の前で救急車に乗り込むなか、夫は母の分まで重い荷物を抱えて、歩いて歌舞伎町の病院へ移動するという……。6月末の東京は、すでにひどい暑さです。父に無理をさせてしまったことに、後悔の念が襲ってくるのでした。

野口さとこ

このように、高齢者、とくに認知症患者を連れての旅行は困難を極めるので、最近の介護事業所では介護福祉士などがアテンドする旅行提案をしてくださるところもあるようです。これも今思うとですが、涼しい戦場ヶ原や中禅寺湖から一気に下り、新宿まで帰ったので、体温調節もうまくいかなかったのだと思います。知らないからできたことでもありますが、反省しきりの旅ではありました。

→【記事の続き】(6)肺炎に続いての角膜手術と入院で、認知症状はもちろん、せん妄も格段に進むこちらから

文/Saya

東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
ホームページ sayanote.com
Instagram     @sayastrology

写真/野口さとこ

北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
ホームページ satokonoguchi.com
Instagram  @satoko.nog

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