(3)民泊の生活スペースが2階!母はむっつり。 父は楽しげでも、前途多難な予感……!
親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。
よほど楽しみだったのか、同居の母いわく、毎日、「いつ行くのか」と聞かれるので、辟易しているとのこと。にも関わらず、1週間くらい前には「行かないほうがいいのではないか」などと言い出すこともありました。まじめなため、一度約束したことは絶対に破りませんが、気分の波はあるタイプで常にこんな調子なので、取り合わずにいました。今、思うと、体調が万全ではなかったのかもしれませんが、旅の計画をストップすることはないまま、当日を迎えました。
両親との待ち合わせはうまく行き、特急車内でもトラブルなどなく、目的地である栃木の田舎町へ。「やあやあ」と駅で待ち構えていたのは父の会社の先輩だったというご老人。元卓球選手で、90歳近い今も試合に出て活躍しているという、非常に闊達な方でした。その方のかなりヒヤッとする運転で、もともと農家だというお宅へ。すぐ目の前に畑が広がる、大きな納屋のテーブルをみなで囲み、帰りには畑でジャガイモやタマネギを収穫して、お土産にもち帰るなど、なごやかな午後を過ごせたものの、自宅ではない場所で観察していると、父の記憶がおかしいことがわかってきます。昔のことはよく覚えているので、先輩との思い出話に花が咲く一方で、最近のことや自分の住んでいる場所などについては、問いかけに対して、のらりくらり適当に合わせているだけなんですね。
それでも、お世話になった先輩に会えて、父は上機嫌。その後、同級生がやっているという中華料理店にお邪魔すると、その同級生が80代も半ばなのに、まだ厨房に立たれていることが判明。食後は、父と先輩と3人で、ずっと話しています。時にトンチンカンな受け答えはしつつも、父は本当に楽しそうで、よかったなあと思ったのですが、すると今度は、母が不満げに。実は、この旅にはあまりついてきたくなかったようで、ひとり黙り込んで、むっつりしています。わたしたち夫婦も、それぞれにワガママな年寄りのアテンドにいい加減、疲れてきたこともあり、別の場所を案内してくれるという先輩を振り切り、民泊に向かいました。

着いてからわかった失敗としては、民泊の間取り。玄関は1階にあるのですが、おもな生活スペースが2階だったのです。父は目も悪いうえ、かなり足もとがあやしくなってきていたので、万一、夜中にまた徘徊などして、落下したらという心配がありました。また前年、母と旅行したときも、階段で転び、落下する事故を起こし、緊急搬送するという事態に肝を冷やしていたので、「また年寄りには難しいところを予約してしまった」と心配に。とは言え、他に泊まる場所もなかったのですが……みなさんは、選べるものなら、高齢の親と旅をするときにはできるだけ、階段のない施設をおすすめします。
ただ階段問題を除いては、一軒家を貸し切るのはよい選択でした。ダイニングキッチンと広い畳の間、ベッドルームがひと続きで、いとこにも上がってもらえるなど、自分の家のように使えたからです。また少食の両親にとっては、夕食は食べに出るにしても、朝食などは、自分たちで好きに準備できるほうが気楽なようでした。そう、温泉などに連れていってあげたいと思っても、料理が大量に出てくることを思うと、プレッシャーになって楽しめないと言うのですね。歩ける範囲に食事ができる店やスーパーがある、キッチンのある民泊というのは正解ではありました。
→【記事の続き】(4)認知症の周辺症状である「易怒性」が爆発 父の初めての「不穏」に対峙する はこちらから
文/Saya
東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
ホームページ sayanote.com
Instagram @sayastrology
写真/野口さとこ
北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
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