【『日本の包茎』著者に聞く】いつから恥ずかしくさせられた?童貞・包茎への“イジり”が行われる理由

 【『日本の包茎』著者に聞く】いつから恥ずかしくさせられた?童貞・包茎への“イジり”が行われる理由
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——大学でご指導されているなかで、今の若者にも童貞・包茎の「恥」の感覚は根強いと感じますか。

そうですね。授業で「童貞や包茎を恥ずかしいと思う必要はないですよ」と話をすると、アンケートに「ほっとしました」とコメントを書いてくる学生が必ず数人います。「ほっとした」と思っているけれどもあえて書かない学生もいるでしょう。それを考えると、一定数は恥の感覚を受け継いでしまっていると感じます。

——今の若者は何から影響を受けているのでしょうか。

ネットや深夜放送で包茎クリニックのCMが流れています。ネットで「包茎」と検索すると、上位に美容整形外科の記事が出てきて、不安に感じる情報が書かれていることもあります。

童貞イジり・包茎イジりをやめるために必要なこととは

——なぜ男性同士で童貞イジりや包茎イジりが行われるのでしょうか。

男性の間には「女性を所有してこそ一人前」という価値観があるからだと思います。男性が男性に認められるためには、妻なり恋人なり、女性をひとり獲得しなければなりません。これに照らすと、童貞は女性を獲得したことがない点で一人前とは見なされませんし、包茎は女性を獲得しづらい半人前と(誤って)見なされます。童貞イジりや包茎イジりは「俺はお前を一人前の男とは認めないよ」という男から男への宣言です。

——童貞に関しては誰でも童貞だった時期があるわけで、イジられる側の辛さを多くの男性が知っていますよね。でもなぜイジりをなくしていこうという動きにならないのでしょうか。

単純な話で、被害者も加害者も同じ価値観を持っているからです。イジられる側も「童貞は恥ずかしい」と思っているので声をあげられない。童貞を卒業した後も、その価値観を変える機会がないので、同じ価値観を持ったまま今度は加害者側に回ってしまう。男性から男性へ、暴力が継承されてしまっています。

包茎に関しても同じです。被害者側も「包茎は恥ずかしい」と思っているので、「包茎イジりはおかしい」と気づかない。気づいたとしても、声をあげることはハードルが高すぎる。バカにする側はもちろん、バカにされる側も「やめようよ」と言わない状況です。

——この状況を変える方法はありますか。

一つは医師やカウンセラーなどの専門家が「童貞や包茎は恥ずかしくない」と発信することです。専門家は「男性」としてではなく、一歩引いた立場からエビデンスに基づいた見解を述べることができます。つまり、男同士のイジり-イジられの関係に巻き込まれない形での発信が可能です。

もう一つは教育です。子どもへの性教育だけでなく、成人に対しても「童貞や包茎は恥ずかしくない・バカにしてはいけない」と知る機会を設けることで、価値観の変容を促せると思います。

具体的には「なぜ童貞や包茎が恥とされるか」、文化的、また歴史的な背景を知ることが大事です。男性社会の中で「女性を所有してこそ一人前」という価値観があること、1980年代に一部の人が儲けるために童貞や包茎が意図的にバカにされる経緯があったことなどです。

こういった背景を知ると、「童貞や包茎は恥」というのは、誰かが意図的に作り上げた価値観であることが理解できると思います。

童貞に関する記事と包茎のそれとを比較すると、童貞に比べ包茎の記事は圧倒的に美容整形医の関与が強く、そのため対抗する知識がなければ、素人は容易に信じてしまうことがあげられます。ですので、信頼できるエビデンスをもって医師や学校の先生が教えることが重要です。

——日常生活の範囲で価値観を変えていくためにできることはありますか。

愚直に「そういうイジりはやめよう」と言っていくことだと思います。それを言うと逆にイジられるかもしれないと躊躇するのなら、「童貞が恥という価値観は、1980年代に車や服を売るために広められた可能性があるって、社会学者が言ってたよ」とか、「本当に包茎手術が必要なケースは全体の0.07%だって、泌尿器科医が書いていたよ」などと、専門家の言葉を引き合いに出すのでもいいと思います。とにかく、「童貞や包茎は恥」という言葉に対し「本当にそうなんだろうか」と疑問をぶつけていくことです。

——先述のとおり、包茎に関してはそもそも「包茎とは何か」知らない女性が多いと思います。一方で「童貞イジり」については女性から発せられる場面も見かけます。

他の差別問題への意識は高いにもかかわらず、童貞に関してはナチュラルにバカにしてしまう女性を見かけることがあるので、根深い問題だと思います。もしバカにしたくなったら「なぜバカにしてしまうのか」を自分で掘り下げてみるといいのではないでしょうか。

容姿がいまひとつだったり、コミュニケーションが苦手だったりする男性を「童貞」としてバカにする傾向があるようです。女性は高い水準の容姿やコミュニケーション能力を求められがちなので、「私はこんなに頑張っているのに、この男たちは」と腹がたつのかもしれません。頑張ることで人をバカにしたくなるのなら、そんな「頑張り」はやめたほうがいいですよね。

また、包茎については、「イジり」ではないのですが、生半可な知識にもとづいて「包茎は不潔だから手術したほうがいい」と女性が主張していることがあります。彼女たちは「手術をしないと垢がたまり、パートナーの女性が子宮頸がんになる」と主張しますが、そのように断言できるほどの医学的な証拠は揃っていません。

確かに包茎手術をした男性と、していない男性を比べたときに、HPVの付き具合は手術した人の方が低かったというエビデンスは揃いつつあるのですが、入浴が容易ではないアフリカでの話です。入浴の習慣があり、清潔を保つのが容易な先進国に関しては、まだ十分な結論が出ていないというのが専門家の見解です。もちろん子宮頸がんを恐れる気持ちはわかるのですが、だからといって日本に当てはめられるか不明なデータにもとづいて男性に手術をせまるのは間違っているのではないでしょうか。

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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『日本の包茎日本の包茎―男の体の200年史』(筑摩選書)より
渋谷先生