「普通でありたい」から生じる生きづらさ|吃音当事者によるカフェ発起人・奥村安莉沙さんに聞く

 「普通でありたい」から生じる生きづらさ|吃音当事者によるカフェ発起人・奥村安莉沙さんに聞く
奥村ありささん

誰かと同じでいることに安心感を得たり、“自分と違う誰か”に優しさが持てなかったり。誰もがなんとなく生きづらさを感じている現代社会で、自分らしく生きるには? 自分自身を信じ認めて自分らしく人生を歩んでいる方々に「これまでのこと・今のこと・これからのこと」を伺うインタビュー連載「人と違う、私を生きる」。 第3回は、接客業に挑戦したい吃音(きつおん)の若者の夢を叶える「注文に時間がかかるカフェ」の発起人、奥村安莉沙さんにお話を伺いました。

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吃音は、スムーズに言葉が出てこない発話障がいのひとつ。奥村さん自身、幼いころから吃音の症状を持ち、人との違いに悩んだ経験を持っています。今回の前編では、吃音を受け止めて「注文に時間がかかるカフェ」を発案するまでのお話を伺いしました。

言葉が浮かんでいるのに声に出せない苦しさ

――「吃音当事者が生きやすい社会を作る」をテーマに啓発活動をしている奥村さん。まず、吃音にはどんな症状があるのかを教えていただけますか。

奥村さん:吃音の人口はわりと多く、全国に約120万人と推定されています。ですが、目に見えないものなので、なかなか理解や認知が進んでいない状況です。

主に3つの症状があるのですが、「こ、こ、こんにちは」というような感じで言葉が重なってしまう“連発(れんぱつ)”というもの。“伸発(しんぱつ)”という「こーーー、こんにちは」という感じで音が長くなってしまうもの。そして、私もそうなんですが“難発(なんぱつ)”という、言葉が出にくい「………こ、こんにちは」という感じのもの。わりと連発は分かりやすいので、真似されたりいじめられてしまうことがあります。一方で、伸発や難発は外からはあまり目立ちませんが、吃音当事者の心理的な負担はより大きくなります。自分が思ったことを言えないというのがつらいんですけど、周りからは普通に見えてしまう。そのギャップに苦しんでいる人が多いと感じています。

――自分の思っていることがうまく言葉に出てこない、という症状でしょうか。

奥村さん:そうですね。私の感覚だと、言葉が頭のなかに浮かんでいるのに喉の奥がぎゅっと絞められた感じで声が出ないという感じです。舌が固まって動かないという人もいますし、いろんな感覚があるとは思いますが、例えば「ありがとう」と言いたいけど、「あ」が出ないから次の「りがとう」も出ないもどかしさがあって。だから、瞬時に切り替えるんです。「ありがとうございました」が言えないから「また来てください」に言い換える。それを毎日、24時間やっているとさすがに脳が疲れてきて、結果的に支離滅裂な発言になったりして「変わった子だな」と思われることも。そういうつらさもありますね。

まさか自分が人と違うとは思ってもなかった

――奥村さん自身、吃音に気付かれたのは小学生のときだったそうですが、小さいころはどんなお子さんでしたか。

奥村さん:私は結構、人前に出るのが好きな子だったみたいです。今じゃ考えられないと思うんですけど、元気よく明るく発表したり、歌ったり踊ったり。

最初は“難発”ではなくて“連発”だったんです。でも、自分では全く気付いてなくて。親も吃音者だったので、これが普通なのかと思っていたし、幼稚園では親が先生に「娘は吃音だけど、周りに言われると意識してしまうので触れないでください」とお願いしていたようです。親は私が吃音者だと自覚を持たせないようにしていたんだなと大人になって気付きました。だから、まさか自分が人と違うなんて思ってもなかったです。

――吃音に気付いたときのお話も伺えますか。

奥村さん:小学校3年生のときの授業参観が国語の音読の授業で、たまたま私が指名されたんです。私は普通に読めたつもりだったんですけど、授業が終わってから一番仲が良かったお友だちのお母さんに「ありさちゃん、最近うちの子と話してる?」と聞かれて。数日後にお友だちから「お母さんがありさちゃんの話し方がうつるかもしれないから、遊んじゃいけないって」と。その話が周りにも広がって私の話し方を聞いたら、体に触ったらうつる、みたいな感じに。私が教室から出て廊下に行くと、みんながサーっと周りからいなくなるというのが小学校時代の経験ですね。

あと、中学生のときに自己紹介で自分の名前が言えなくて「お、お、お……」って、すごく長い難発になってしまったこともありました。次第に、クラスメイトが痺れを切らして後ろから丸めた紙とか消しゴムとかを投げてきて。そのときに先生が怖がった顔で私のことを見ていて、大人にも怖がられている自分が情けなくなっちゃったんです。

それからは、もう絶対自分が吃音だってバレないように、って。当時はかなりひどかったので、バレてるとは思うんですけど、自分からは言わないように、ごまかしてずっと生きていました。

――当時、周りからの対応で嫌だなと思っていたのはどんなことですか。

奥村さん:真似されることはもちろんですけど、よかれと思って「緊張しなくていいよ」と言われることも意外と嫌でしたね。難発だと、こんにちはと言おうとして「こっ・・・こんにちは」っていう感じで苦しそうに見えたりするんですけど、実はそれが普通の喋り方で本人にとっては日常の一部。「緊張しなくていいよ」と言われると逆にドキドキして話せなかったりするんですよ。吃音は本当に千差万別。特定のシチュエーションで出やすい人もいれば、家族とリラックスしているときに出やすい人もいて。私は人前に立つときに出やすいです。逆に怒っているときはスラスラ話せたりします。

高校時代に校門の前で声掛けをする機会があったんですけど、そういうときも一人だと「う、う…」となって言えなくて。でも、周りが「いっせーの」と音頭を取ってくれるとスムーズに言えることが多かったんです。そうやって「こういう風にしたら声が出やすいんじゃない?」と聞いてもらえることは嬉しかったです。

奥村ありささん
「注文に時間がかかるカフェ」の発起人、奥村安莉沙さん

吃音者だと自分で認めることが治療の始まり

――その後、20代前半でオーストラリアに転居して吃音の治療を始められるわけですが、治療に向き合おうと思ったきっかけを教えていただけますか。

奥村さん:まずは、自分が吃音者だと認めたことが始まりになったと思います。高校2年生のころ、本当に苦しくて「もう死んじゃおうかな」と思っていた時期があったんです。そのときに北条民雄さんというハンセン病患者の方が書いた『いのちの初夜』という本に出会ったことが、自分にとってはすごく大きかったです。

その本は、当時「不治の病」「業病」と考えられて偏見の目にさらされていた病気「ハンセン病」にかかり、苦しい心境のなかで自殺未遂を繰り返した人が病院で「ハンセン病患者だという自分を受け入れて前を見て生きなさい」と言われて心を新たにするといった内容なんですけど、私はその本を読んで頭を殴られたくらいの衝撃があったんです。共感もあったし、涙が止まらなくなってしまって。

私も、その人と同じように、吃音者なんだと自分が思わなくちゃいけないんだなと、認めたくないけど認めなくちゃ始まらないんだなって。治療に踏み切るというのは、やっぱり認めないといけないと思うので、それがひとつ前を向けるきっかけになりました。

そして、もうひとつ決定的なきっかけになったのは、就職後に原付バイクで事故を起こしてしまったときに「助けて」が言えなかったこと。「た、た、たっ…」と吃音で声が出せなくて、周りに人がいっぱい見えているのに誰にも気付いてもらえなかったんです。吃音で自分の身も守れない。危機感を感じたことが大きかったです。

「普通でありたい」から生じる生きづらさ

――オーストラリアでの治療を経て、日常生活では困らないほど症状が好転したそうですね。

奥村さん:行くまでは勇気も必要だったし、本当に治るのかなという不安もあって複雑な気持ちでしたけど、オーストラリアは吃音にすごく理解があったんです。びっくりしたのは、知り合って数日の友だちに「ありさは吃音なんだね」と言われたこと。日本では、そんなこと言われたこともなかったですから。

でも、やっぱり一番大きかったのは自分の知見が広がったというか、こういう価値観があっていいんだと思えたこと。オーストラリアは多民族国家なので、容姿はもちろん文化や考え方がごちゃ混ぜなんですよね。それが普通というか。

私は“多様性”の反対が“普通”だと思っているんです。普通の家庭、普通の恋愛、普通の体……って他の人が勝手に決めた基準で、それに当てはまらないと“変”って言われる。今、私も吃音者としてお話させていただいていますけど、吃音当事者のなかでも「あんまり吃音を広めてほしくない」という方もいるんです。吃音が広まることで「自分が普通じゃない」と思われるから止めてほしいと。そういう方の声を聞く度に「普通ってなんだろう」と考えるんですけど、そういう普通への執着がなくなれば、もっと生きやすい社会になるんじゃないかなとオーストラリアでの経験を経て思うようになりました。

――帰国して感じた思いが今の活動「注文に時間がかかるカフェ」に繋がった部分もありますか。

奥村さん:そうですね。「注文に時間がかかるカフェ」は、オーストラリアで私自身がカフェで働かせてもらった経験が大きなきっかけになりました。実は、カフェで働くのが10歳のころから夢だったんです。ずっと吃音があって諦めていたけど、そこは障がいがある人、病気がある人、健常の人が一緒に働くカフェで、みんなすごくキラキラしていて。日本でも、吃音者が気負いなく働けるカフェがあったらと思って発案しました。

実際、カフェスタッフの募集にも応募が多くて、接客業に挑戦したい吃音者ってたくさんいるんだということにも気付かされました。吃音者って自分の殻に閉じこもっている印象があるかもしれませんが、環境さえあれば挑戦したいと思っている人が多いんです。

*インタビュー後編に続きます

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Text by Mitsue Yoshida

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ヨガジャーナルオンライン編集部

ヨガジャーナルオンライン編集部

ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



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