「病気だからって、悲しいことだけじゃない」ヘアターバンデザイナー宮井典子さんインタビュー【前編】

 「病気だからって、悲しいことだけじゃない」ヘアターバンデザイナー宮井典子さんインタビュー【前編】
Noriko Miyai

誰かと同じでいることに安心感を得たり、“自分と違う誰か”に優しさが持てなかったり。誰もがなんとなく生きづらさを感じている現代社会で、自分らしく生きるには? インタビュー連載「人と違う、私を生きる」では、自分自身を信じ認めて自分らしく人生を歩んでいる方々にお話を伺います。

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第1回は、ヘアターバンデザイナーの宮井典子さんピラティスのインストラクターとして精力的に活動するなかで、指定難病の膠原病、全身性エリテマトーデス(SLE)、シェーグレン症候群を発症。投薬治療の副作用で髪の悩みを抱えるようになり、同じように病気と闘う人のためにとヘアターバンの企画・開発を手がけることに。そんな宮井さんの自分らしさに迫ります。

両親の死をきっかけに、内向的だった自分が変わった

――難病を患いながらも、髪の悩みに特化したヘアターバンの考案や膠原病の早期発見、治療の啓蒙活動を精力的に行っている宮井さん。そのアグレッシブさ、そしてポジティブさの源はどこにあるのかをお伺いしたいのですが、幼いころから、そういった気質をお持ちだったのでしょうか。

宮井さん:それが、子どものときはすごく根暗だったんです。もう両親ともに亡くなっているので確認することはできないんですけど、自分のなかの記憶ではいつも両親の後ろに隠れていて、言葉を発することが苦手な子でした。運動会で恥ずかしくて走れなかった私を、同い年のいとこが手を引っ張って一緒に走ってくれたというエピソードがあるほど。

今、大人になってこういう活動をしていると昔から前に出るタイプだったと思われがちなんですけど、もともとは内向的だし、今も実はひとりが大好き。適切な言葉ではないかもしれないけど、外に出る仕事のときはスイッチをオンにして少し演じているようなところもあるかもしれない。

でも、ひとつ大きく自分の考えが変わったきっかけを挙げるとしたら、両親の死ですね。長く生きているといろんな人の死に触れることがありますけど、やっぱり身近な家族の死というのは大きかったです。人の命は無限ではない、必ず終わりが来るんだというのを身近に経験したこと。

そこで、ネガティブだし内向的だけど、それで人生終わっちゃうのは嫌だなと思ったんです。今までと違う人生を歩みたいなと。それまで、やっぱりどこかで生きづらさを感じていたんですよね。子どものころから、周りの目を気にしてきたし、それが内向的な部分にも繋がっていたと思うし。そういう人生は嫌だなと。それは今も思っています。

――それは、もうピラティスのインストラクターを始められていた時期でしょうか。

宮井さん:母が亡くなったのが20代。まだ別の仕事をしていました。私が30代に入って、突然父の介護が始まって、この先の働き方を考えていた頃、ですね。父の介護をしながらインストラクターの資格を取ったので、タイミング的には始めようとしていた時期ですね。

父に関しては4年間、二人暮らしをしながら介護をしていました。そのなかで何度か父の仕事に対して「危ないからやめてね」と言ったりして、ひとつずつできることを奪ってしまったのかなという後悔もあるんです。

人って、目的があったり、必要とされている場があることに生きる意味を見出したりするじゃないですか。それを奪ってしまったことで父の死を早めてしまったのかなという後悔もあるので、今、私が病気になっても仕事をしたり、発信したりしているというのは、そこに繋がっていると思います。

あと、もうひとつ自分が変われたきっかけを挙げるとしたら、この時期に『Frau』という雑誌のコミュニティに参加したことですね。

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取材・文/吉田光枝

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ヨガジャーナルオンライン編集部

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ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



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