3)一種の興奮状態のなかで、さまざまな感情がうねり、表面化した【認知症の父の死が教えてくれたこと】
認知症の父の突然の死から、約1年。 ようやく振り返れるようになったあの頃のこと。 父の死を挟んだ自分の気持ち。 生と死と向き合った日々と心境の変化を浄土宗の僧侶でイラストレーター、 中川学さんのイラストとともに振り返ります。
父が亡くなった直後のわが家では、誰もが一種の興奮状態にあって、さまざまな感情がぶつかり合い、エネルギーが渦巻いていたのだと思います。
リビングの片付けでは下の妹が活躍してくれましたし、ふたりの娘たちも宿題を持って、遊びに来てくれていました。中学生の上の姪っ子は、わたしと夫がお墓の生垣を剪定するのにもついてきて、落ちた葉を拾うなど、手伝ってくれました。一方、小学生の下の姪っ子は、まだまだ甘えたい盛りです。そんな妹に対して、いつも我慢している中学生の姪っ子のイライラが、とうとう爆発してしまったのです。
おじいちゃんが大好きだった彼女の昂った感情が、出口を求めて、龍のようにうねりながら表面に現れてきたようでした。
わたしは彼女と同じ長女ですし、父を亡くしたショックも同じですから、その気持ちはよくわかりました。それで、なだめすかしながら近くの公園に連れていき、ベンチに座って、じっくり話を聞きました。
彼女のなかには、たくさんの寂しさが積み重なっていたのだと思います。本当は母親に聞いてほしいのだろうなあと思いつつも、看護師として忙しく働く下の妹に、ゆっくり話を聞く時間がなかなかないこともわかっていました。
それでも、母親が迎えに来てくれたときの姪っ子の嬉しそうなこと。薄暗い公園にあった、富士山をかたどったすべり台。すっかり大きく、ふっくらした姪っ子のなかに、時折のぞく幼い頃のままの顔。あの不思議な時間のことは、今も心に残っています。きっと、父がくれた時間だったのだと思います。

その夜は、下の妹や姪っ子たちと、父の誕生会をするはずだったカフェで食事をしました。そこにも確かに父が座っている、そんな濃厚な感触があったものです。「おじいちゃんには、わたしの成人式まで生きていてほしかった」という中学生の姪っ子の言葉に、目を細めてニコニコしている父の姿が、本当に見えるようでした。
暑いなか、汗だくになりながらのお墓の生垣の剪定も、リビングの片付けも、本当に大変でした。それなのに、今、思い出されるのは、感情が大きく動いたいくつかの出来事や場面ばかりです。きっと忘れないだろうと思っていたことも、1年近く経った今では、だいぶぼんやりしてしまいました。「あれ、どういう順序だっただろう」と、ひとつひとつ思い返さなければならないこともあります。つらいことを思い出さないようにする、人間の防衛本能なのかもしれませんね。
あちこちに感じられた父の気配も、四十九日を過ぎる頃から、ほとんど感じなくなりました。亡くなった直後は、朝、目が覚めると、「ああ、お父さんはもうこの世にいないんだ」と、真っ先に思ったものです。それもいつしか、なくなっていきました。
ただ、父がどういう人だったのか、どれほど家族を守ってくれていたのか。それは、このあとも、折に触れて身に沁みることになるのです。
イラスト/中川学
1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。
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