1)改めて振り返る、特養への入居の流れ【認知症の父の死が教えてくれたこと】

1)改めて振り返る、特養への入居の流れ【認知症の父の死が教えてくれたこと】
Saya
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2026-09-13

認知症の父の突然の死から、約1年。 ようやく振り返れるようになったあの頃のこと。 父の死を挟んだ自分の気持ち。 生と死と向き合った日々と心境の変化を浄土宗の僧侶でイラストレーター、 中川学さんのイラストとともに振り返ります。

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介護体験記の連載でもさらりとは書きましたが、参考になる方もいると思うので、改めて、特養への入居の流れを記してみます。まず、父が何回めかの誤嚥性肺炎を起こし、急性期の病院に入院したのが昨年の七夕を過ぎた頃。病状が安定していたこともありますし、心筋梗塞の跡があるからとカテーテル検査や言語療法士さんによる嚥下検査が行われることになりました。

嚥下検査の結果は、とろみをつけないと水も飲めないというものでした。同居の母も高齢で、これ以上の負担は無理だろうと、自宅介護を断念したのが入院から1週間ほど経って。「10日後のわたしの上京時に合わせて予約をしておくから、特別養護老人ホームや老人保健施設の見学に行ってほしい」と、父のケアマネジャーから提案がありました。

ただ、ひとつ問題が。父の「要介護認定」は、2ヶ月前に「要介護2」に上がったばかり。特養の入居条件は「要介護3」からなので、わたしが行くまでにケアマネジャーが役所に申請をしておいて、「要介護3」に上がった状態で見学に行く。特養の空きが出るまでは、老人保健施設のショートステイにお預けするという段取りをしてくださいました。

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それが上京の数日前、「要介護認定」の結果が出たものの、まさかの「要介護2」のままに。ケアマネジャーさんが申請をやり直してくださることになり、取り急ぎ、母と施設の見学にまわりました。このときの父は、3週間の入院で認知症状も進んでしまい、また急性期の病院で、看護師さんの対応にもばらつきがありました。父がかわいそうで、もうここには一刻も置いておきたくないと思ったものです。「要介護認定が3になり、特養の空きが出るまでは老健(老人保健施設)に」ということになり、施設のひとつに申し込みました。

すると今度は、翌日、ケアマネジャーの電話で、「いい話と悪い話があるのですが、悪い話から。老健は、自宅に戻る方が優先だからと入居を断られてしまったんです」との話で、もうあとがないと震えました。「でも、もっといいことがありました。それを特養の相談員の方にお話ししたら、ちょうど昨日、亡くなった方がいるということで、ショートステイで受けてくださることになりました。3に上がったら、完全な入居に切り替えることになります」と。亡くなられた方には申し訳ないですが、ケアマネジャーさんのがんばりで起きたミラクルでした。

その週末には特養の相談員の方からお電話をいただき、週明けの火曜日に父を退院させ、特養に連れていくことでまとまりました。わたしたちに車がないとわかると、特養の方が病院まで迎えに来てくださることに。この間、急性期の病院の相談員の方ともやりとりしつつでしたが、決まるときには進むものなのですね。連絡係をしていたわたしの着信履歴やチャットボックス、そして、メールも介護関係者からの連絡でいっぱい。激流に流されていくように、入居が決まりました。

→【記事の続き】2)父の急変と他界。葬儀の準備をしながら、有能な父の不在を感じる…………はこちらから。

イラスト/中川学
1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。

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