2)父の急変と他界。葬儀の準備をしながら、有能な父の不在を感じる……【認知症の父の死が教えてくれたこと】

2)父の急変と他界。葬儀の準備をしながら、有能な父の不在を感じる……【認知症の父の死が教えてくれたこと】
Saya
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2026-09-13

認知症の父の突然の死から、約1年。 ようやく振り返れるようになったあの頃のこと。 父の死を挟んだ自分の気持ち。 生と死と向き合った日々と心境の変化を浄土宗の僧侶でイラストレーター、 中川学さんのイラストとともに振り返ります。

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父がショートステイで特養に入居してすぐ、訪問診療のドクターとスタッフが施設の父を見てくださいましたが、とくに問題もなく、母への不満を言い続けるほど、元気だったようです。それが1週間後の未明に逝ってしまうなど、本当に誰も考えていませんでした。

父が急変した晩、施設の相談員の方が家族全員に電話をしてくださったものの、午前2時から3時台のこと。それまでの怒涛の日々から解放され、みんな安心して寝ていたのだと思います。誰も着信に気づくことなく、明け方になって、ようやくわたしが施設の方からの電話に出ました。そこから、東京の家族それぞれを電話で起こし、病院に行くように指示。スーツケースに喪服や身のまわりの品を放り込み、休暇中だった夫と新幹線に飛び乗りましたが、妹たちからは火葬場を予約したいと葬儀についての相談が矢のように。幸いにも都下のこと、火葬場はすぐに抑えられました。でも、つい1週間前まで、特養の入居に漕ぎつけるので精一杯で、看取りの準備も葬儀の準備も全然できていなかったので、判断の根拠も現実感もないなか、状況だけが進んでいきました。

父は病院で救命をしていただいたのですが、運び込まれたときには心臓がほぼ止まっていたので、遺体は一度、警察署へ。そのため、わたしたち夫婦も警察署に向かい、駐車場に停められた葬儀会社の車のなかで、父と対面することになってしまいました。昨日、オンラインとは言え、話したばかりなのに冷たくなっている……。あのまま病院で死なせなくてよかったと下の妹は言ってくれたけれど、父の誕生会直前の5月の転倒事故も、1年前の旅行で誤嚥性肺炎にさせてしまったことも、そして、特養への入居も、わたしのやることなすこと、間に合わなかったという後悔で、胸がいっぱいになるのでした。

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父のご遺体は葬儀会社にお預けし、実家で遺影や葬儀の打ち合わせ。地元の古刹だというお付き合いのあるお寺のお布施の額に家族全員でびっくりしたものです。遺影に至っては、「1年前の旅行の写真があったら使わせて」と上の妹に言われたものの、「あれ、◯◯ちゃん(上の妹の娘のこと)の七五三でプロのカメラマンにお願いしたとき、お父さんの写真も撮ってもらって、これを遺影にするって言っていなかった? 」とわたしがリマインドさせる始末。家族全員、混乱のなかにいました。人とのお付き合いを大切にしていた父ですが、周囲の方々も他界されたり、闘病中だったり、遠方だったりで家族葬になりましたから、準備は最小限で済んだたものの、ポンコツ揃いのわが家ではひとつひとつにいちいち引っかかってしまっていました。

結局、父が有能な人だったので、母とわたしたち三姉妹の女性4人は、父におんぶに抱っこで生きてきたんだなと、この後、相続や遺品整理などが進むにつれ、実感することになります。父を喪ったことで、逆に存在の大きさがわたしのなかで広がっていくのでした。

→【記事の続き】3)葬儀にまつわる断片的な記憶のなかで、時代の移り変わりをまざまざと……はこちらから。

イラスト/中川学
1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。

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