3)葬儀にまつわる断片的な記憶のなかで、時代の移り変わりをまざまざと【認知症の父の死が教えてくれたこと】

3)葬儀にまつわる断片的な記憶のなかで、時代の移り変わりをまざまざと【認知症の父の死が教えてくれたこと】
Saya
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2026-09-13

認知症の父の突然の死から、約1年。 ようやく振り返れるようになったあの頃のこと。 父の死を挟んだ自分の気持ち。 生と死と向き合った日々と心境の変化を浄土宗の僧侶でイラストレーター、 中川学さんのイラストとともに振り返ります。

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急ごしらえの葬儀にまつわる思い出は、断片的なもの。いくつかの場面が浮かんでくるだけです。よいものとしては、父の葬儀のとき、わたしたち夫婦は近隣のホテルに宿泊したのですが、父の命日の翌日は、実は夫の誕生日。とらやさんで葬儀のお供えのお菓子、ドンキホーテで母から頼まれた庭木の手入れ用の道具と、あれこれ買い物をする間、蕎麦屋で、ささやかな誕生祝いをしました。

そのとき、夫が泣いてくれたんですね。夫の父が亡くなってから7年経っていましたが、義理であっても父と呼ぶ人がまだ生きていることが支えだったところがあって、父を慕ってくれていたのです。その父の死によって、凍っていた悲しみが溶け出したようでした。なぜ実の娘のわたしが慰める側にまわっているのかしらと思いつつも、実感がなさすぎて泣けないわたしの代わりに泣いてくれているようで、不思議な一体感を抱いたものです。かと思えば、ある夜はふたり揃って、ひどく感情的になったりもしました。暑いなか京都から出てきて、疲れすぎていたのもあると思いますが、何か変なものが憑いていたのかと思うほどでした。お盆の時期でしたから、そんなこともあったのでしょうか。

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葬儀当日は、終戦記念日。喪服に着替えるなか、朝のテレビのニュースでは裏千家の大宗匠(鵬雲斎千玄室さん)の訃報を伝えていました。京都ではわたしも裏千家のお稽古に通っていて、父の訃報のあった当日も、お稽古を休んで出てきたのですが、わたしの先生のご一家は宗家とも縁が深く、これも不思議な符合に、何とも言えない思いでした。100歳を超える大宗匠より父はだいぶ若いですが、特攻隊への入隊経験をもち、生涯、平和を希求した大宗匠のように、衛生兵に取られた父親を戦地の病で亡くした父もまた平和を求め、日本をよくしようと身を粉にして働いてきた人でした。戦争の愚かさをリアルに知っている人たちがいなくなっていく。父が亡くなる前月も、その前の月も、尊敬すべき周囲の方たちとのお別れが続いていて、時代の移り変わりも、まざまざと身に迫ってきていました。

またみんなの役に立つもの、心が癒やされるものを届けたいという思いがわたしにはずっとあり、それが仕事を続けてきた動機のひとつにもあったのですが、父が亡くなった直後は、それが消えていました。ああ、わたしのこの、星占いなどという個人的なものを書きつつも、どこか社会のためになろうという、何か健やかな精神は父から来ていたんだ。父が亡くなると、それが消えてしまうこともあるんだと、よるべない気持ちにもなりました。親を亡くすということの意味を、初めて理解した夏でもありました。

イラスト/中川学
1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。

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