1)突然始まった介護。思わぬ障壁は、実家の物の多さだった【認知症の父の死が教えてくれたこと】

1)突然始まった介護。思わぬ障壁は、実家の物の多さだった【認知症の父の死が教えてくれたこと】
Saya
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2026-10-30

認知症の父の突然の死から、約1年。 ようやく振り返れるようになったあの頃のこと。 父の死を挟んだ自分の気持ち。 生と死と向き合った日々と心境の変化を浄土宗の僧侶でイラストレーター、 中川学さんのイラストとともに振り返ります。

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葬儀が終わり、仕事のある夫はひと足先に京都へ戻りました。わたしは数日、東京に残ることにしました。実は、このとき急いで取りかかったのが、実家の片付けです。

母はもともと片付けがあまり得意ではありませんでしたが、きれい好きの父が元気だった頃は掃除も行き届いていて、物が多いことを除けば、それほど問題はありませんでした。けれど、パンデミックの間に、客間には食品や日用品が積み上がり、もともとわたしが使っていた部屋では母が寝るようになっていました。実家に帰っても、わたしが寝る場所さえない。そんな状態だったので、介護のために帰省するたび、ホテルを取っていたのです。

折しも、東京のホテルは高騰していました。実家のある自治体のホテルは、23区内に比べればかなりリーズナブルで助かりましたが、それでも、ひと月の半分をホテルで過ごすとなれば、相当な出費になります。また、京都に残してきた夫のことも気がかりでした。ひとりで何でもできるし、家事もわたしより上手なくらいなのですが、放っておくと、食事がラーメンばかりになってしまう。畑も、1週間ほどの留守なら問題ありませんが、それ以上になると荒れてきます。お茶のお稽古もあります。京都での暮らしがそれなりに成り立っているからこそ、介護だけにすべてを注ぐわけにもいかない。そんな現実がありました。

幸い、仕事はデジタルノマドという働き方で、日本中どこにいても、時間を問わず仕事ができました。その点では恵まれていたと思います。ただ、どこでも仕事ができるということは、裏を返せば、どこにいても仕事の連絡を受けられるということでもあります。「仕事中はスマホの電源を切っているから」「子どもがいるから泊まれない」といった理由で、対応を断ることもできません。ケアマネジャーや病院の相談員、訪問診療や訪問看護のスタッフからも、次々と電話がかかってきます。月に3、4日でも実家近くのホテルに滞在すれば、その間に関係者それぞれからさまざまな用事を頼まれ、予定が埋まってしまう。肝心の実家を片付ける時間は、まったく取れませんでした。

中川学

何より、父の易怒性に加え、認知症が進行し、せん妄も見られるようになっていたことが、片付けを難しくしていました。下手に物を動かせば、父が混乱し、母に怒り出すかもしれない。そう考えると、手をつけることもできず、ただ時間ばかりが過ぎていきました。

それでも、父が特養に入居したら、父の部屋を片付けて、わたしがそこで寝られるようにしようと思っていました。そうすれば、ひと月の半分くらいはこちらで過ごせるかもしれない。父と過ごせる残りの時間を大切にしながら、看取りをしていこう。そう考えていた矢先の、父の死でした。

父は亡くなってしまいましたが、これから相続やお墓のこと、遺品整理など、やらなければならないことは山積みです。まずは実家の片付けから始めよう。そう決めて、暑さの厳しいなか、葬儀の準備と並行して、実家の片付けにも取りかかったのでした。

→【記事の続き】2)潜在意識が、突然の父の死に辻褄を合わせようとしていた……?はこちらから。

イラスト/中川学
1966年生まれ。京都在住。浄土宗西山禅林寺派の僧侶にしてイラストレーター。Adobei llustaretorを使い幅広いスタンスでイラストレーションを描き、近年は絵本制作にも力を入れている。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)、『絵本 化鳥)(国書刊行会)、『えほん遠野物語 やまびと』(汐文社)、『八雲えほん 因果ばなし』(岩崎書店)、『のこったのこった』(絵本 館)、『幸せに長生きするための今週のメニュー』(ミシマ社)、『おいなりさん』『そのとき門はひらかれた 法然上人ものがたり』「だいぶつさま」シリーズ(アリス館)など多数。この夏、絵と文で京都の聖地を紹介する本『京都いま浄土』(ミシマ社)を出版予定。TIS会員。

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