「自分を大事に」と言われても、どうすればいいかわからなかった。写真家・植本一子が“安心安全な場所”を見つけるまで

「自分を大事に」と言われても、どうすればいいかわからなかった。写真家・植本一子が“安心安全な場所”を見つけるまで
植本一子さん 撮影/長谷川梓

4人のアール・ブリュットと現代美術の作家による展覧会、「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」に、作家として作品を展示している写真家の植本一子さん。写真家としての活動のほかに、日々の記録を綴った日記やエッセイの書き手としても知られています。「自分を大事に」と言われても、どうすればいいのかわからなかった――。植本さんが書くことやカウンセリングに支えられながら、生きづらさを抱えた10年をどう歩いてきたのかを伺いました。

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「安心安全な場所はどこか」なんて考える余裕もなかった

ーー今回の作品では、「あなたにとっての安心安全な場所はどこですか?」と問いかけています。植本さん自身は、この問いをどう受け止めていますか?

自分で掲げたテーマではあるんですが、このテーマに至るまでの自分は「安心安全な場所とは」という問いに目を向ける余裕すらない、思いつきもしない、というのが実際の状況でした。

そんなつらい状況を少しでも改善するためにトラウマ治療やカウンセリングを続けてきて。

セルフケアを続けてきたからこそ、遠野の馬にも出会えたし、その先に10年間会うことのなかったお母さんとの再会があったんだなと思っています。

そう思うと、安心安全な場所にたどり着くまでの期間は長かったですね。

――苦しんでいた10年間、自分が今いる場所についてはどう思っていましたか?

具体的に考えたことはなかったですが、生きている状況は安全だけど心から安心できない。そういった感覚はずっとありました。

――植本さんのようにずっと生きづらさを感じている、という人は多いのかもしれません。

私もそういう人は多いんじゃないかと思っています。「あなたにとっての安心安全な場所はどこですか?」という問いを受けてハッとする、みたいな人もいるんじゃないかなって。

植本一子

「自分を大事に」と言われてもどうすればいいのかわからなかった

――展覧会のテーマでもある「セルフケア」について、植本さんは生活の中で意識することはありますか?

正直、セルフケア云々の前に、どうにかして生きていかなきゃいけない、という状況でした。漠然と「なんかつらい」というのが10年前の心境だったので。だから「自分を大事にしよう」と言われても、どうすればいいかわかりませんでしたね。

それでどうにかしようと思った時に始めたのが、カウンセリングです。カウンセリングを受ける中で、自分がこれまで続けてきた「文章を書く」ということも、実はセルフケアのひとつだったんだなと気付いて。自然とやっていたんですよね。

――カウンセリングを通して、ご自身のこれまでを振り返ることもあったと思います。植本さんは二人の娘さんを育ててきましたが、母親であることについては、どんな感覚を持っていましたか?

たしかに子供が小さい頃は大変でした。でも育児そのものというより、母親であろうとすると苦しい、そんな感覚がずっとあったんです。随分前のことなので、今ではその感覚もわりと忘れてしまっているのですが。

でも、苦しかった時のことを書き、書き続けたものを発表することで、読んだ人とつながり、助けられてきました。振り返ると、書いて発表し続けることは、自分にとってすごくよかったんだなと思っています。

――当時は、書くことをセルフケアだとは意識していなかったんですね。

当時はセルフケアのためにと思って書いていたわけではありません。意味づけができたのは後からですね。育児の孤独感をまぎらわせるためにブログをはじめたのがきっかけでした。育児の記録と同時に、社会とつながる術として、日記を書き始めました。そうやって発表することで、リアルでもSNSを通してでも心配をして声をかけてもらえて、あの頃はだいぶ助けられました。

――植本さんの日記は、感情をその時の"揺れ"ごと残しているように感じます。書くことで、ご自身の感情はどう変化しますか?

書くことの良さは、その時の自分の中のしんどい感情を出せるというだけではないんですよね。パッと出てきた自分でもよくわからないものを、一旦俯瞰できるようにもなるんです。

もし書くことをしていなければ、自分の中にずっとしんどいものが鬱屈していたんじゃないかな。私にとって書くことは排出作業と整頓だと思います。

――しんどかった時期の日記を読み返すことで、当時の感情がよみがえることはありますか?

しんどかった時期の日記はあまり読み返さないんですよね。その苦しかった時期を乗り越えた時に、そういうこともあったよねと読み返せるタイミングもたまにはあるんですが。

――写真についてはどうでしょう。写真にも、その時の苦しさが残るのでしょうか。

写真に関しては、自分が残しておきたい瞬間だけを切り取っています。写真は宝物みたいな時間を残すためにあるものだと思っているので、見返しても苦しくなることはないですね。

植本一子

カウンセリングを始めてからは書かない時期もありました

――2023年には、トラウマ治療のために受けていたカウンセリングについてまとめた本も出版されています。

カウンセリングを始めてからは、カウンセラーさんに話すことが排出方法となったことで、書かなくなった時期もあります。振り返るとその時々でいろんな方法を取っていたんだなと、そんなふうに思いますね。

――書くこととは違う形で、誰かに話すことも支えになったのでしょうか。

そうですね。周りで私と同じような思いを持っている人がいたら、私はまずカウンセリングを勧めます。書くことは向いている人と向いていない人がいるので。

自分の内面を見つめるためにも、カウンセリングを通して自分が何を考えているのかを聞いてもらう。聞いてもらう時間を作るというのは、「セルフケア」のひとつとして持っておくといいんじゃないかなと思います。

――植本さんが受けられたのはトラウマ治療でした。

はい。私の担当だったカウンセリングの先生がトラウマ治療もできる人だったんです。私の場合は、生きていくうえでどうしても同じところでつまずいてしまう傾向があって。それで自分から「トラウマ治療を受けてみたい」と申し出て始めることにしました。

トラウマって強烈なものをイメージする人もいると思いますが、私自身は、トラウマに大きいも小さいもないと感じています。それが自分にとって影響が大きいのならなおさら。私の経験は、一般にイメージされるような強烈なトラウマ体験とは違うかもしれませんが、やってみて良かったと思っています。

――植本さんがカウンセリングを受けたのは、どんなつらさを抱えていたからですか?

対人関係ですね。特にパートナーのような親密な相手と摩擦が起きてしまうんです。それで関係を続けていくことが難しくなってしまう。そんなことを繰り返していました。

トラウマ治療を始めたきっかけは、当時のパートナーとの関係がうまくいかなくなってきたから。もともとの相性とかもあるんでしょうけど、関係を続けることがどうしても難しくなってきて。思い返せばこれまでにも同じようなことを何度も繰り返してきた。それに気づいた時に、自分でできることをやってみよう!とトラウマ治療を始めました。

――相手が変わっても、同じような苦しさが繰り返されていたんですね。

はい。昔から誰を相手にしても同じ考えになってしまって。考え方の癖というかゆがみというか。同じ人と長い期間付き合ったことはなかったのですが、その人とは長い付き合いになってきて。これからも付き合っていきたいと思った時に、自分が変わることで何か道が開けるんじゃないかと思ったんです。

――それでカウンセリングを受けたわけですね。

カウンセリングって究極の恋愛相談所みたいな感じなんですよ(笑)。私がパートナーのことをずっと話していたからかもしれませんが。先生は私の話しか聞いていないから、まずは私の側に立ってくれる。その安心感があったからこそ自分を受け入れて、少しずつ変わってみようと思えたのかもしれません。

カウンセリングを受けたことで、お母さんにも会ってみようと思った

――カウンセリングは植本さんにとって心の支えでしたか?

そうですね。行かなかった時期も含めて、トータルで8年間ぐらい通っていて、カウンセリングに行っているからなんとか自分が保てている、みたいなところがありましたね。パートナーがいた時期も、パートナーと別れて不安定な時期も、ずっと先生に並走してもらっていました。

カウンセリングは去年の年末に辞めました。先生に「いったん辞めてみます」って。もちろん不安はありました。私は先生なしで生きていけるんだろうかと。でもその不安も込みでちょっとやってみようと思ったんです。それから現在まではカウンセリングには行っていません。とはいえ、先生の存在は私の中にずっとあります。

――疎遠だったお母様に会いにいく気持ちにもなったそうですね。

はい。展覧会の作品制作として「お母さんに会いに行こう」と思いました。その時も先生だったらなんて言うかな、ということは考えました。きっと「植本さんがやりたいなら、私は応援しますよ」と言ってくれたと思うし、逆にカウンセリングに通っている時だったら会えなかったかもしれないとも思います。

展覧会ではお母さんに会った時のことを映像作品にしているのですが、久しぶりに先生にもお手紙を出しました。きっと見にきてくれると思います。

――先生は、カウンセラーという枠を超えて、植本さんの中に残る存在になっているのでしょうか。

私の場合は8年かけて先生の存在が内在化されたのだと思います。そういう存在って実は少なくて、やっぱり人間関係を構築するにはある程度の年月がかかるな、と実感しました。お母さんとまた会ってみようと思うのにも10年かかったので。

――10年ぶりのお母様との再会はどうでしたか?

10年前はめちゃくちゃな終わり方だったんですよ。本にも書いているんですが、本当に地獄のような大喧嘩の瞬間があって。でもその日ぶりに会ってみて、お母さんはそこまで変わっていなかった。というより、自分の捉え方や見方が変わったから、平気になった部分があって。

――お母さんが変わったというより、植本さん自身の受け止め方が変わっていた、ということでしょうか。

頑張ってきたから、こうやって会えるようになったんだなと思えるようになりましたね。

植本一子

言葉のない馬との関係が教えてくれたこと

――人との関係に長く悩んできた植本さんが、今回の作品では馬との関係を写しています。遠野の馬に惹かれたのはなぜですか?

動物はまず嘘がつけないですよね。言葉も通じない。だからこそ体の表現がもろに伝わる。こっちが緊張すると向こうにも伝わるし、こっちが緩んでいると関係もスムーズになる。すごく見られているし、試されている感じがします。

人間同士の細かいコミュニケーションに疲れた時はいいですよ、馬は。

公園通りギャラリー
「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」展示風景

――犬や猫ともやっぱり違いますか。

そうですね。馬は人より圧倒的に大きくて、コントロールできないじゃないですか。下手するとこちらが怪我をすることもある。そのためには真っ直ぐに気持ちを合わせないといけないし、しっかり向き合わないといけない。

そんなところは人間とのコミュニケーションに通ずる部分もあるかもしれませんね。

一人でも大丈夫。そう思えるようになった

――10年かけて安心安全な場所を探してきた植本さんですが、これからはどうしていこうと考えていますか?

子どもたちがもう大きいんですよね。上の子は成人間近だし、下の子もつい最近留学することが決まったんです。もう少し親をさせてもらおうと思っていたのに、急に状況が変わってしまいました。こんな急に親離れ・子離れが訪れるなんて、という感じです。

――「もう少し親をさせてもらおうと思っていた」という言葉には、以前の「母親であることがわからなかった」という感覚からの変化も表れていますね。

子どもたちが小さい時は、自分が親であるということに対応できなくて苦しい感覚があったんですが、今は一緒に暮らせる仲間のような感じでありがたく思っていたんです。

それがこれからはそれぞれの人生に分かれていっちゃうのかと思うと、少し前だったらすごく不安になっていたと思います。それこそカウンセリングの先生に相談したと思います。

でも今は、遠野の馬もいるし、遠野には自分のいられる場所も仲間もいる。それ以外でも、新しいことにチャレンジできるという楽しみもあります。進んでいくしかないですしね。

――以前なら誰かに埋めてもらいたかった不安を、今は抱えたまま進めるようになったのでしょうか。

昔なら不安な心を埋めてくれるパートナーを一生懸命探していたと思うんです。でも今は本当に友達や周りの人に恵まれています。それでなんとかやっていくうちにいい人が現れたらいいし、このまま一人で生きていくのも悪くはないんじゃないかなとも思っています。不安もありますが、それよりも楽しみになってきましたね。

プロフィール:植本一子さん

1984年、広島県生まれ。現在、東京都を拠点に活動。2003年、キヤノン写真新世紀で優秀賞を受賞し、写真家としてのキャリアをスタートさせる。2013年より自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般家庭の記念撮影をライフワークとしている。写真家としての活動のほかに、自らと実直に向き合うように綴られた日記やエッセイを多数発表。著書に『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)、『愛は時間がかかる』(筑摩書房)、写真集に『うれしい生活』(河出書房新社)他。

植本さんが10年ぶりに母親と再会した記録や、岩手県遠野の馬たちを捉えた作品は、東京都渋谷公園通りギャラリーで開催中の展覧会「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」で見ることができます。

展覧会情報

「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」

会期:2026年6月27日(土)~8月30日(日)
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1・2
開館時間:11:00~19:00
※8月の金曜日(7日、14日、21日、28日)は21:00まで開館
休館日:月曜日(7月20日は開館)、7月21日(火)
入場料:無料
出展作家:稲田萌子、植本一子、志村信裕、吉田雅美
*詳細は公式サイトにて

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インタビュー・文/皆川知子(tokiwa)
撮影/長谷川梓

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植本一子
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