「心の声をきく」とはどういうことか?表現とセルフケア、その先にある「わたしを生きる術」

「心の声をきく」とはどういうことか?表現とセルフケア、その先にある「わたしを生きる術」
「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」 展示会場撮影/長谷川梓

「セルフケア」や「ご自愛」という言葉とともに、自分をいたわるための商品や方法が数多く紹介される今。けれど、本当に自分をケアするためには、まず自分が何を感じ、何を心地よいと思うのかに気づくことが必要なのかもしれません。 東京都渋谷公園通りギャラリーで開催されている「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」は、アール・ブリュットと現代美術、4人の作家の表現を通して、自分自身の感覚や心の声に耳を澄ます展覧会です。何かを作ること、日々を記録すること、自然や他者と向き合うこと。それぞれの営みから見えてくる、「わたしを生きる」ための術を紹介します。

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セルフケアの原点を、4人の表現から考える

「ご自愛」や「セルフケア」といった言葉とともに、自分をいたわり気にかけることへの関心が高まっています。しかし一方で、日々見聞きするニュースや、身近な人との人間関係など、さまざまなことに翻弄されている人も多いのではないでしょうか。そんな中で、自分の調子をととのえる方法を理解し、実践できている人はあまり多くはないのかもしれません。

東京都渋谷公園通りギャラリーで開催されている「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」は、セルフケアの方法や正解を提示する展覧会ではありません。4人の作家が、それぞれの感覚や日常、自然との関わりを通して生み出した表現に触れながら、自分自身の心の声に耳を澄ますことを促します。

会場は、丸みを帯びた什器や、やわらかく揺れるカーテンによって緩やかに仕切られています。各展示室にはベンチも設けられ、作品をゆっくり眺めたり、立ち止まって自分の感覚に目を向けたりできる空間となっています。

色鉛筆の感触と、ゆったりとしたリズムから生まれる表現―稲田萌子さん

稲田さんは、東京都町田市にある「クラフト工房 La Mano」に所属。ゆったりとしたリズムで描かれる点描や円環の作品を制作しています。稲田さんの制作を見守ってきた、クラフト工房 La Manoの朝比奈益代さんによると「色鉛筆で描かれる楕円の作品は、感触を味わうように描いているように見えます。紙に色鉛筆がこすれる感触を味わいながら優しい筆圧で描くことで、このような淡くきれいなグラデーションが完成します」。目を奪われるのは、光を放つような、儚さのある色づかい。「時期によって明るい色の作品が続いたり、寒色系になったりと、移り変わっていますね。最近は、シルバーやグレーが好きなようです」(朝比奈さん)

稲田萌子
稲田萌子 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓
展示風景
稲田萌子 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓

身の回りの光や風景に目を向け、耳を澄ます―志村信裕さん

千葉県香取市を拠点にし、映像インスタレーションの作品を発表している志村さん。会場に通じる廊下や、来場者が座るベンチ、カーテンに映し出された映像は、いつの間にか見入ってしまう、没入感のある作品。「ベンチに映った泡のように見える作品は、実は水面の中にある輪ゴムを映しています。ほかにもカーテンに映し出しているのは、自分の家にあるクスノキの木漏れ日を撮影したもので、身の回りの自然も自己表現をしていて、それに気づけることが重要なのかなと思います」と志村さんは話します。作品に音を合わせないのも理由があり、「僕が見せたいのは、光の揺れや動きと、それを見る人の呼応。あえて音は使わず、静けさの中でそれを際立たせたいと思っています。そういったところを意識しているので、ゆっくり見てもらえたらうれしい」と話していました。

展示
志村信裕 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓
展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓
志村信裕《pool》展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓

毎日の記録から、暮らしの小さな変化を見つめる―吉田雅美さん

吉田雅美さんは、長野県の社会福祉法人しらかばの会 たてしなホームの工芸班に所属。日記を書くのが幼少期からの習慣という吉田さんの展示作品は、その日にあったことや食べたものが細かく記された日記と、朗読する様子を記録した動画資料。内覧会ではご本人は不在でしたが、担当学芸員の小野佳奈さんによると「吉田さんの日記は、形式がほとんど変わりません。だからこそ、日々のちょっとした違いが浮き出るように感じ取ることができます。また、食事は誰にとっても毎日やってくる時間。食事の記述から自分自身の生活を振り返るきっかけになるのではと思っています」。

吉田雅美さん
吉田雅美 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓
吉田雅美さん
吉田雅美 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓

馬との時間と母との再会を通して、安心できる場所を問う―植本一子さん

写真家としての活動のほかに、日記やエッセイを多数出版している植本さん。今回は岩手県遠野市の「クイーンズメドウ・カントリーハウス」にいる馬との関わりについて綴ったエッセイ『ここは安心安全な場所』にまつわる写真とテキストを展示。「自分自身が受けていたトラウマ治療が終わった時期で、治療やカウンセリングを経て、ちょっと一人で行動してみようかなと思っていたタイミングで出会ったのが、遠野の馬でした。3年ほど前に初めて行って、感銘を受けてしまって。ただ、いるだけでいいんだ、と。それから通い始めて現在に至ります」(植本さん)。さらに、10年ぶりに故郷に戻り、両親と対面した際の映像作品も公開。「自分のことを話すうえで、大きいこととしてお母さんとの確執みたいなことがあります。展覧会のお話が来て、作品を通してならお母さんと会えるかもしれないという気持ちが自然に湧いてきて。それで“10年ぶりにお母さんに会ってみた”という映像を作りました」(植本さん)。

植本一子
植本一子 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓
植本一子
植本一子 展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓

自分の心の声をきくヒントに

担当学芸員の小野さんは「何かを作ることや手を動かすことが、その人自身にとって自分をととのえることにつながったり、自分の感覚や感情に気づく行為になっているのではないか。また、作られた作品を鑑賞することも、同じように癒しを得たり、自分を省みることにつながるのではないか」と語ります。そういった思いから企画された本展覧会。制作する側も鑑賞する側もそれがセルフケアになりうるということ。小野さん自身も、何かを作ることや作品を鑑賞する時間に救われてきたという実感があって企画したそうです。

「ご自愛」や「セルフケア」という言葉のもと、自分をいたわるための方法や商品があふれる今。それらを取り入れることに一生懸命になるあまり、「私は今、何を感じているのか」「本当は何を心地よいと思うのか」が置き去りになることもあるかもしれません。

本展が示すのは、誰にでも当てはまるセルフケアの正解ではありません。手を動かすこと、日々を記録すること、自然や誰かと向き合うこと。4人の作家が自らの感覚に従って続けてきた表現は、まず自分の心の声に気づくことこそが、「わたしを生きる術」の始まりなのだと教えてくれます。

作品を見ながら、自分は今、何を感じているのか。そんな小さな問いを自分自身に向ける時間もまた、セルフケアのひとつなのかもしれません。

展覧会情報

「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」

会期:2026年6月27日(土)~8月30日(日)
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1・2
開館時間:11:00~19:00
※8月の金曜日(7日、14日、21日、28日)は21:00まで開館
休館日:月曜日(7月20日は開館)、7月21日(火)
入場料:無料
出展作家:稲田萌子、植本一子、志村信裕、吉田雅美

*詳細は公式サイトから

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取材・文/皆川知子(tokiwa)
撮影/長谷川梓

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展示風景
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展示風景(「心の声をきく わたしを生きる術(すべ)」)/撮影:長谷川梓
吉田雅美さん
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植本一子
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