女ふたりなら仲良く過ごせる…は幻想。20年暮らして「一生一緒に」を決めるまで【女性ふたり暮らし経験談】

女ふたりなら仲良く過ごせる…は幻想。20年暮らして「一生一緒に」を決めるまで【女性ふたり暮らし経験談】
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『帰りに牛乳買ってきて 女ふたり暮らし、ただいま20年目。』(柏書房)著者のはらだ有彩さんへのインタビュー後編。女性ふたりの暮らしは「楽園」と見られがちですが、実際には家事の押しつけ合いも、不均衡も起こり得るといいます。話し合いを積み重ねて生活を築き、中年期にようやく「一生一緒に」と決められた背景とは。「普通」とされない暮らしを望む・している人が自分らしい選択を続けるためのヒントについてもお伺いしました。

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女性ふたりだからといって「楽園」じゃない

——女性ふたりの暮らしは、楽園のように見られることがあると指摘されています。

女性同士だからといって協力しあって毎日ハッピーなわけでなく、搾取も、押しつけ合いも、不均衡も起こり得るんです。

たとえば私たちは家事の押し付け合いをしてきたこともあります。実際には雨の日があって平日に洗濯を2回しかしていないのに、「平日ずっと洗濯してるからさ」みたいな雰囲気を出して、ちょっと多めにやったように見せるみたいな嫌なことも起きています。お互いに自分のやっている家事しか見えていないから、自分のやっている「5」を「100」だと思い込んでいたこともありました。

——「女性同士だから」といって気づき合えるわけではないのですね。

歴史的に「見えない家事」は主に女性がやらされてきたので、その習慣の延長で気づきやすい人は多いかもしれません。だからといって、女性だけで暮らしたら無条件で楽園になるかというとそんなことはないですね。

一方で、ジェンダーロールを言い訳にできないのは、よかったと思っています。社会が用意してくれる「この言い訳を使っていいですよ」という隠れ蓑がないんです。「男性の方が稼ぎやすいから」という言い訳で、家事の偏りを正当化することができない。住む場所を決めるときも「男性の方が給料が多いから、男性の職場の近くに住むのが合理的だ」というような暗黙の前提が働きません。私の方が職場からかなり遠いんですけど、ルームメイトはよく「私ばかり職場から近いところに住んで申し訳ないね」と言ってくれる。相手に家事を押しつけていると、押しつけている方がサイテークズだと認めざるを得ないですし、負担が偏っていたら問題であるということに向き合わないといけなくなる。そこに「でも、社会がそれを推奨するんだから仕方ないよね」という言い訳が付く余地がないのは、はジェンダーロールがフラットだからこそなのかもしれないと思います。

話し合わないと、うまくいかない

——暮らしを続けるうえで、話し合ってよかったことはありますか。

話し合わなくてもうまくいったことは、正直ほぼないです。「こういう人間でありたい」というビジョンの部分はもともと合っているからすんなり話が合うことが多いんですけど、生活のことは絶対に話し合わないとうまくいかないなって。

私は割と片付いた空間が好きなタイプで、そのためには多少無理をしてでも片付けるんですけど、ルームメイトは「片付けが苦手」と言い切っていて。だから、無理するくらいなら散らかっていてもいいタイプなんだろうなと思っていたんです。でもちゃんと話を聞いてみたら、「片付けられないけど、できないからやれていないないだけで、散らかっている方がいいわけじゃない。片付いている方がいいに決まってるじゃん」と言われて意外でした。理想と、理想のために現実的にできることとできないこと、日常で無理しないためにはこれぐらいでいい、というラインは話し合わないとわからないと思いました。

——家事分担はどのように決めていますか。

私が家で仕事している時間が長いので、気になる頻度も高く、片付けてしまう頻度も高い。ただ、「気づいた方がやればいい」という方針にすると、私たちはうまくいかなかったんです。

そこで、私が「片付ける」というシャドーワーク(見えない家事)の総量を鑑みて、固定で発生する家事はルームメイトに多めに担当してもらう、というようにきっちり分配しました。たとえばお風呂を洗ってお湯を入れるのは毎日発生する定量の仕事。一方で、気づいて片付ける仕事は、定量とは違う負荷がかかるといった感じで、話し合って、総合的な負荷量が均等になるように分けています。

距離感、衛生観念、お金の精算なども、同じように一つひとつ話し合ってきました。お互いにですが、相手がどうしても苦手な部分は自分がやる感じで落ち着いたこともありますし、解決しなかったら別の方法を取る、という感じで積み上げてきました。

——根底の信頼関係を感じます。

ルームメイトの「お互いが心地よくいてほしいと思い合っていて、そのことをお互いが知っている状態がいい」という言葉が印象に残っています。すごく良い言葉だな、と思って、そういう方針でやっていこうと決めました。そういう話をしていても、全然揉めるんですけどね(笑)。

中年になって、「一生一緒に」と決められた

——一生一緒に暮らしていくことに決めた、という言葉の背景をお伺いしたいです。

正直、一生一緒にいるイメージを、長い間持てずにいました。それは、仲が悪いとか私がネガティブとかではなく、女ふたりで暮らしていくロールモデルがあまりいなかったからだと思います。自分が中年に差し掛かるまでは、その後の展開を予測できる素材があまりなくて、よくわからない土地の地図を見ているような感じでした。

——中年になって、何が変わったのでしょうか。

自分が中年になって、「この先、多分こんなことが起きて、これぐらいつらいことがあり、こういう良いこともあったりして、そして生涯を終える」というのが、割と明確になってきたんです。若い頃に比べて死に近づいているからだと思いますが、今後のことの輪郭がはっきりしてきました。

「死に近づく」というと悲しい話のようですが、そうではなく、中年になってこの先のことが予測できるようになったから、一生一緒に住もうと思えた、ということだと思います。言い換えれば、その手応えを若いときから持てる足がかりがあまりなかったから、中年に至るまで決めかねていたのかなとも思います。

——お二人で言葉にして確認されているのでしょうか。

「ほかの人と住んでいるところ、お互いに全然想像できないね」となったことがあって、明確に伝えつつも、ふんわりとした言葉で共有している感じです。

ただ、決めたからといって盤石ではないと思っています。この先、両親の介護が突然両方で発生するとか、何かしらすり合わせができない面が出てくるとか、離れて住まなければいけないことがあるかもしれない。でも一緒に住まなくなったからといって、今までのことが全部嘘ということにはならないと思うんですね。この先も、できる限り「一緒にいる」という選択をしたいと思い続けるだろうとは強く思っているので、「一生一緒に暮らしていくと決めた」ということに相当すると思っています。

——女性同士で暮らしている方に、「どうしたらそういう友達を見つけられますか」と聞いてしまうことがあります。

最初から「うまく暮らしていける人」がわかっていることなんて、あまりないと思うんです。私とルームメイトも住み始めたときには、大学1年生でお互いのことをそんなに知らなかったですし。住んでみて、ちょっとしんどいなと思ったら離れる、というのが、もっと気軽にできていいはずなんです。

男女のカップルは、何人かと付き合ったり同棲したりしてから結婚するのも一般的な選択ですよね。同じように同性の友達と暮らすことだって、何人目かでベストな組み合わせになった、ということがあっていい。でも男女のカップル以外はそういったプロセスが推奨されているとは到底言えない社会ですし、「よっぽど仲がいいから住んでいるんだね」と言われるから「よっぽど仲がいい人を見つけてから住まなきゃ」と思わされる。一緒に暮らしてみないとわからないことなんてたくさんあるのに、逆説的なハードルがあると感じます。

家の借りにくさの問題もあります。男女のカップルで数日で別れて出ていく人たちだっているのに「友達同士だとすぐ出ていくからダメ」と言われ続けたら、気軽に試せないですよね。一緒に住む人が見つからないのは、自分に問題があるとか、いい人がいないとかではなく、社会環境が難しくさせている部分も大きいと思います。

“普通”しか想定してない社会の問題

——「“普通”とされていない暮らし」を望む人・している人が、自分らしい選択を続けるためのヒントをお話しいただけますか。

「もし他人の目が一切ない場所だったら悩まないこと」であれば、それは自分たちのせいではなく、社会の側の問題だと思うようにしています。

誰にも邪魔されないはずの家の中での暮らしに、外からの「普通はこうあるべき」という思い込みが侵食してくる。仕事などで人と関わる中で、社会が勝手に決めた枠組みからはみ出ていることを指摘され、「普通じゃない」というレッテルを貼られてしまうから、苦しくなるんですよね。

「そんなの当然だろう」と思いますよね。でも普段そう思っていても、生活レベルで実際に直面すると、私が親族の前でピエロを演じてしまったみたいに、自分が社会の「普通」に合わせようとしてしまうことがあるんです。そういう経験をしたからこそ、「自分が悪いのではなく、“普通”しか想定してない社会の問題だ」って忘れないことが大事だと思います。

『帰りに牛乳買ってきて 女ふたり暮らし、ただいま20年目。』(柏書房)
『帰りに牛乳買ってきて 女ふたり暮らし、ただいま20年目。』(柏書房)

【プロフィール】
はらだ有彩(はらだ・ありさ)

関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを組み合わせて手掛けるテキストレーターとして数多くの雑誌やwebメディアにエッセイを執筆。著書に『日本のヤバい女の子』(柏書房)、『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』(柏書房)、『百女百様 〜街で見かけた女性たち』(内外出版社)、『女ともだち~ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』(大和書房)、『ダメじゃないんじゃないんじゃない』(KADOKAWA)。

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