「今月も仕送りしてもらえたら助かります」と母。仕送りをするたび苦しい娘が愛の呪縛から自由になる道のり

「今月も仕送りしてもらえたら助かります」と母。仕送りをするたび苦しい娘が愛の呪縛から自由になる道のり
Getty Images
岸原麻衣
岸原麻衣
2026-05-12

社会的に活躍し、経済的にも恵まれているはずなのに、なぜかお金のことで心が揺らぐ——。衝動買いや罪悪感の裏にあるのは、意志の弱さではなく「心のサイン」かもしれません。お金の不安に“寄り添う”専門家・ファイナンシャルセラピストの岸原麻衣さんが、お金の使い方を通して本当の不安を紐解く連載です。

Google Newsでヨガジャーナルの記事が見つけやすくなります

Googleに登録する
広告

突然ですが、質問です。親に対して「自分だけが幸せで申し訳ない」と感じたり、親からの連絡になぜかため息が出てしまうことはありませんか。今回は、親子関係における、切なくて少し苦しい「愛」のお話です。

親を喜ばせたい一心だった、それなのに

ある20代後半の女性のケースです。有名な生活用品メーカーで働く彼女は、仕事にも一人暮らしにも慣れ、こつこつ貯めてきたお金で友達と旅行をすることが楽しみでした。

ある時、実家のリフォーム代の一部として母に20万円を振り込んだことをきっかけに、母から「今月も仕送りしてもらえたら助かります。気持ち程度でいいからね」との連絡が届くように。

「母が喜んでくれるなら」と送金を始めましたが、次第に楽しみだった旅行の資金が貯められなくなるジレンマに陥ります。母をどこかで疎ましく思ってしまう。母のことを嫌いになったわけではない。むしろ、大事な存在だからこそ、そんなふうに思ってしまう自分のことが許せなかったのです。こうして、彼女はファイナンシャルセラピーを訪れました。

マネー
photo by Adobe Stock

「なにか」が壊れてしまう前に

面接室のソファに座った彼女は、絞り出すように言いました。

「母を放っておいて、私だけが自由に旅行なんてできません。でも、もう、なにかが限界なんです……」

自分が母に尽くし続けることは、もう限界だとわかっている。けれど、もし送金をやめてしまったら、ひとりで奮闘して私を育ててくれた母を見捨てるようで、自分自身も壊れてしまいそう。揺れ動く想いが「なにか」という言葉に滲んでいました。

「自分を二の次にすることで、相手を大切にする」。

彼女は母の背中を見て、そう心に書き込んでいました(これが彼女のマネースクリプトです)。彼女にとって、お金を差し出すことは、母への愛を証明しつづけるための唯一の方法だったのです。

芽生えた主体性と、消えない罪悪感

セラピーを重ね、お金を差し出すことが必ずしも愛ではないと腑に落ち始めた頃、彼女ははっきりとこう口にしました。

「私は自分のための貯金もしたいし、友達との旅行も、母と同じくらい大切なんです」

それは彼女が、母との関係だけでなく、自分自身の人生をも「同じくらい大切」だと初めて認めた瞬間でした。私は私と認める、これが、境界線を引くということ。口に出してしまったことで、激しい罪悪感やアンビヴァレンス(矛盾する感情)に揺れながらも、彼女は、母と自分との間に境界線を引く練習を続けていきました。

境界線は、新しい「愛」を育むために

親と自分との間に境界線を引く。それは決して「冷酷に見捨てること」や「縁を切ること」を意味するものではありません。

たしかに境界線を引けば、親は「拒絶された」と怒ったり、傷ついたりするかもしれません。しかし、相手がどう思うかは、あなたのコントロールの外にあることです。

大切なのは、あなたが落ち着いて呼吸をするために必要な「パーソナルスペース」を保つこと。たとえば、ヨガのレッスンが始まる前に、マットの位置を調整するように。この準備があるからこそ、安全に心地よくポーズを深めながら、自分の身体や心の感覚に開かれやすくなります。

激しい罪悪感は、すぐに消えることはないかもしれません。けれど、その揺らぎをも抱えながら、安全で心地よい距離をさがしていくことが、共倒れを防ぎ、新しいかたちで親子の愛を育むための一歩になるのではないでしょうか。

Google Newsでヨガジャーナルの記事が見つけやすくなります

Googleに登録する
広告

RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

マネー