〈さいたま市⇔軽井沢〉「二拠点生活をしないことの方が不安だった」と語る真意とは?#暮らしの選択肢

〈さいたま市⇔軽井沢〉「二拠点生活をしないことの方が不安だった」と語る真意とは?#暮らしの選択肢
写真提供: Tae Ooyama

近年、テレワークの普及やライフスタイルの多様化により、都市と地方の二拠点で生活する人々が増加傾向にあるということをご存知でしょうか。国土交通省の調査によれば、二地域居住等を実践する人は約6.7%に達し、約701万人と推計されているんだとか。また、複数拠点生活を行っている人は全体の5.1%に上るとの報告も。自らの価値観に基づき「暮らしを選ぶ」二拠点生活者たちから、その魅力や課題、リアルな日常を深掘り。理想と現実の狭間で見えてくる「暮らしの選択肢」の今を伝えます。

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今回お話を伺ったのは、2021年より、さいたま市と軽井沢で二拠点生活をしている、Taeさん。コロナ禍をきっかけに、家族5人で行き来のある生活をはじめたTaeさん一家は、平日は教育レベルの高いさいたま市で過ごし、月に2-3回、週末を利用して軽井沢の大自然に子供たちを野放しにして過ごす。過去5年間、そんな暮らしを続けてきた中で、感じた子育てについての思いとは? Taeさんの #暮らしの選択肢に迫ります。

〈移住者プロフィール〉Tae Ooyama

ヨガインストラクター / 3人の男の子 (14yo, 11yo, 9yo) の母親。

2021年より、さいたま市と軽井沢で二拠点生活をスタート。

2027年4月には、軽井沢に完全移住予定。

Instagram: @tae.ooyama

コロナ禍。不透明なこの先に、あえて二拠点生活をしようと思った理由

長野県北佐久郡に位置し、標高約900〜1,000mの日本を代表する高原リゾート・別荘地、軽井沢。冬のウィンタースポーツはもちろんのこと、夏は避暑地としても人気のあるこのエリア。実は、1886年に、カナダ人宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー氏がその冷涼な気候と自然に魅了され、別荘を建てたことで避暑地として開拓されたんだとか。軽井沢の父としても称されるショー氏によって、たくさんの外国人が訪れるようになり、西洋文化が融合した国際的な街へ進化し、今に至る。

そんな軽井沢へ、2027年春頃に完全移住を計画しているのが、今回お話を伺ったOoyama Taeさんだ。Taeさん一家の家族構成は、造園家で会社経営をしている夫と、男の子3人(2026年現在、14歳、11歳、9歳)そして、さいたま市の自宅でヨガとジャーナリングのクラスを開講しているTaeさんの5人。子供が生まれて以降、3度の引っ越しを繰り返してきたTaeさん一家は、普段から旅や、夫の出張に付きそうことも多く、移動慣れてしている。

そんな彼らが、自宅のさいたま市と軽井沢で二拠点生活をはじめたのは、2021年のこと。軽井沢は、学生時代から付き合っていた夫との思い出の場所で、二拠点生活をはじめる前から子供3人を連れて、よく訪れていた大好きな場所だった。軽井沢を訪れるたびに、軽井沢が好きだという思いが募っていた一方で、軽井沢に家を持って住むということは、一度も考えたことがなかった。2020年のパンデミックになるまで。

「二拠点生活をはじめた一番の理由は、緊急事態宣言で、自由に外に出られなくなってしまったことです。我が家には、外で遊びたくてしょうがない男の子3人がいて。けれど、公園では自由に遊べない。子供たちを日光の当たらない部屋の中にずっと閉じ込めておかなければいけないということが、とても不健康だとも感じていました。どうにか子供たちをのびのび育むことはできないかと思っていたところ、夫から、これからのワークスタイルとリトリートを考察するプロジェクトの提案があり、繋がりのある様々なジャンルのクリエイターの皆さんのご協働のおかげで新しいライフスタイルへの挑戦が始まりました。」

場所に迷いはなかった。軽井沢であれば、土地勘もある。また、何よりも大自然の中で、子供たちを野に放つことができる。

Taeさんの子育てのモットーは、「センス オブ ワンダー」。自然の神秘や不思議さに触れたとき、心が震えるような驚きや感動を感じる「感性」を育むこと。子供たちが自分自身を自由に表現することが、軽井沢であればきっとできる。これまでに何度も足を運んできたからこそ、その感覚に疑いの余地はなかった。

一方で、誰もが不安と恐怖に駆られたコロナ禍での二拠点生活スタート。不安に思うことはなかったのだろうか。

「二拠点生活に対する不安というより、何もしないで動かないことの方が不安だったと思います。コロナがきっかけで、おうち時間を工夫したり家で過ごすことの楽しさもたくさん見出すことができました。けれど、制限のある生活の中で窮屈そうな子供たちの姿に、こんな状況だからこそ大人ができることに目を向けて頑張っている姿を見せたい、動き出さなきゃと背中を押されました」

軽井沢で購入したのは、友人から譲り受けたカラマツが生い茂る手つかずの土地。平坦で整備された土地ではない山の傾斜地で、カラマツ林を切り開くように建てられた。

そして2021年、Taeさん一家のさいたま市↔︎軽井沢 二拠点生活がはじまった。

写真提供: Tae Ooyama
写真提供: Tae Ooyama

さいたまの教育レベルの高さを改めて実感したけれど... 

Taeさん一家が平日の日々を暮らすさいたま市(以下、さいたま)は、教育に力を入れている街。「子供の教育のためにわざわざ県外から引っ越しをしてくるほど教育熱心な家庭が集まる」とtaeさんは話す。来春、軽井沢に完全移住するため、下調べをする中で、その教育水準の高さを再認識した。

そんな街で平日を過ごし、休日は軽井沢の大自然の中でのびのびと遊んでいる子供たちは、さいたまにいる時とは、別の角度から自分の興味関心を広げていく姿が見られるという。例えば、「森の中で虫を見つけた→これは何だろう?」と調べる。「鳥の鳴き声がした→鳥の色や鳴き声を観察する→野鳥図鑑で調べる」など。また、森にあるもので自分たちの作品を作るのも彼らのお気に入りのアクティビティーだ。森の中なので、怪我も多いが、止血の方法を覚え、自ら対応する力も身につけた。一方で、さいたまに戻ってくると、お友達と公園で遊ぶけれど、ボールNGなど、軽井沢に比べて制限も多い。そのため、家でゲームをしたり、お友達とのコミュニケーションの一環で、デジタル機器にも触れることも多い。それ自体が悪いとは、Taeさんは思っていないが、環境が変わることで、遊び方や学び方がここまで変わるんだということは驚きだった。

写真提供: Tae Ooyama
写真提供: Tae Ooyama

Taeさん自身もさいたまと軽井沢の二拠点生活を続ける中で、子育てについて、考えを改めるようになったという。特に、さいたまで一拠点生活をしていた頃は、◯✕を重要視。その判断基準のもとに、子供たちのことを、「ここができてる、ここができてない」というように、見てしまいがちだった。この年齢であれば、これくらいはできていないといけない、というような社会的なプレッシャーを知らず識らずのうちに、子供たちに押し付けていたのかも、と。

「軽井沢に行くと、高速を降りて空気が変わった瞬間に、肩の力がふっと抜けるんです。いかに、日常的に気を張ってるかということが分かりますね。軽井沢は、さいたまではその子の良さとしては評価されにくい、生きる力だったり、才能だったりに気づかせてくれる場所だと思っています。今こうして二拠点生活をする中で、日常を外側から冷静に客観視することができているのはとてもありがたいこと。だから、軽井沢に行くと、日々生まれる小さな子育ての悩みも大したことじゃないなと思うようになりました。」

二拠点生活をして一番良かったということは、色眼鏡を外すことができたということ。Taeさん自身も子供の頃から、学校で教わることが全て、それができないといけないといった当たり前が知らず識らずのうちに染み付いていた。一方で、さいたまと軽井沢を行き来し、普段の日常を外側から眺めるということを繰り返すことで、社会的で当たり前とされることって、実はそうでもないのかも、と考えるように。二拠点生活は、Taeさんたちにとって、自分たちがどう生きていきたいのか、を選択し直す機会となった。

軽井沢の暮らしではハプニングだらけ

軽井沢での暮らしをはじめて5年になる今、振り返ってみても、「こんなはずじゃなかった」というイメージと違ったということはなかった。そもそも、「人生なんて、いろいろあって当たり前だよね」という考え方がベースにあったため、「こんなこともあるよね」と受け流すのことができた。とは言え、自然の多い場所での暮らしには、都心では経験しないようなハプニングが大小かかわらず起こるのは、日常茶飯事。

例えば、軽井沢の湿度問題。1年中、エアコンと除湿機をかけっぱなしでいないと、家がカビだらけになってしまうという。もちろん、Taeさん一家も、軽井沢の家を空ける時は必ずエアコンと除湿機のスイッチはオンにしたままにしていた。ただ、ある年に、除湿器が壊れてしまい、除湿機に溜まっていた水が溢れてしまうという事件が発生。月に2-3回の週末を利用して軽井沢を訪れるため、次に軽井沢に来た時には、床が水浸しに。その上、床が無垢の木のため、ボコボコになってしまうという二次被害も経験。

また、こんなこともあった。冬場は、水道管の凍結防止のために水抜きは必須。それを、うっかり忘れてしまったのだ。それに気づいたのは、さいたまに戻ってから。ただ、そこまでまだ気温が低い時期でもなかったため「まさか、凍結なんてするわけない」と高をくくっていたところ...。その後、まんまとぐっと気温が下がって水道管が凍結してしまったという。

これら、二拠点生活だからこそのハプニングに加えて、雪国らしい自然の脅威を感じたハプニングもあった。

ある年の冬、雨氷が降った時のこと。雨氷とは、雨が地面に落ちた瞬間に凍る現象。雨氷の降ったあとは、信じられないほど美しい世界が広がっているという。木々の枝に、キラキラ水飴をまとった景色は、まるで絵本の世界にいるよう。

写真提供: Tae Ooyama
写真提供: Tae Ooyama

「雨氷は静かに眺めている分にはうっとりしてしまうほど美しいのですが、行動するのは本当に危険です。雨氷が降ったあと雪が積もったのですが、雪の下の地面が雨氷でまだ凍っているなんて思っていなかったので、山頂にある家から、車で山道を降りようとしたんです。もちろんタイヤはスタッドレスタイヤにしていましたが、降り始めてすぐハンドルがきかなくなってしまい車が滑り落ちてしまったんです。幸い大事故にはならなかったのですが、道から外れた斜めになっている車から子供たち3人と私たち夫婦で必死に脱出して、JAFにお世話になりました。その時ばかりは、さすがに命の危険を感じましたね」

このように、大小関わらず、日々軽井沢ではさいたまでは体験しないようなハプニングが起こる。「予想はしていたけれど、そういうことが起こるとやはり大変ではないですか?」との問に、Taeさんは笑顔で答える。

「二拠点生活は前向きにはじめたのことだったので、大抵のことは許容できちゃうんです」

 

>> 後編へつづく

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