デスクに座っているだけなのに、なぜこんなに疲れるのか?|臨床心理士が考える「見えにくい負担」との向き合い方
「座っているだけなのに、なんでこんなにしんどいんだろう」 帰宅してソファに倒れ込みながら、そう思ったことはありませんか。走り回ったわけでも、重いものを運んだわけでもない。それなのに体はずっしり重くて、何もする気が起きない。 そういう方が、私の相談窓口にもたくさんいらっしゃいます。 「体はほとんど動かしていないのに、なぜか疲れが取れなくて」と話し始め、「自分がおかしいのかも」「メンタルが弱いだけなのかな」と続ける。そんなふうに自分を責めている方が、本当に多いんです。 でも、そうじゃないんです。
デスクワークには、目に見えない疲労の仕組みが確かに存在します。それを知るだけで、自分への見方がずいぶん変わります。この記事では、「なぜ疲れるのか」をできるだけわかりやすく整理しながら、今日から使えるセルフケアの方法までお伝えしていきます。
デスクワークで疲れる理由|座っているだけなのにしんどいのはなぜか
実は、脳がものすごく働いている
デスクワークで疲れる一番の理由は、「脳がずっと働き続けている」ことです。
身体はほとんど動いていなくても、脳の中では判断・記憶・集中・言葉の処理が休みなく続いています。さらに厄介なのは、ぼーっとしているときでさえ、脳は勝手に動き続けているという点です。
過去のことを振り返ったり、明日の予定を考えたり、さっきの会話が気になったり。意識していなくても、脳はそういった思考を延々と続けています。これが「身体は休んでいるのに、なぜか疲れが取れない」という感覚につながっているんです。
精神科医の久賀谷亮氏も、脳が「何もしない」でいても勝手に疲れていく仕組みを詳しく解説しています。
小さな判断の積み重ねが、じわじわと脳を消耗させる
仕事中は常に何かを判断しています。「このメール、どう返そう」「この作業、どの順番でやろう」「あの会議、どう進めよう」。一つひとつは小さく見えても、積み重なると脳への負担はかなりのものになります。
しかも、ミスが許されない環境や、常に評価を意識しなければならない状況では、「気を張り続けなければいけない」時間がさらに長くなります。この緊張状態が続くほど、疲れは加速していくんです。
メール・チャット・会議……「切り替えの繰り返し」が消耗を生む
メールを返しながら会議の準備をして、チャットの通知にも対応して——今やそれが当たり前になっていますよね。でも実は、この「次々と注意を切り替える」という作業は、脳にとってかなりエネルギーを使うことだと言われています。
「なんとなく一日忙しかった気がするのに、何も終わっていない」という感覚、心当たりはありませんか。あれはサボっていたからではなく、脳が切り替えの繰り返しで消耗していたからなんです。
気遣いも立派な「仕事」|感情労働という見えない疲れ
感情労働って何?
「感情労働」という言葉を聞いたことはありますか。簡単に言うと、「本音とは別に、場に合わせた感情を演じ続ける仕事」のことです。
もともとは接客業の話として語られることが多いのですが、オフィスワークにも深く関わっていると言われています。相手を怒らせないように言葉を選ぶ、本当はしんどいのに明るく振る舞う、意見が違っても波風を立てないようにする。こうしたことを毎日繰り返していると、エネルギーはじわじわと削られていきます。
「特に嫌なことはないんですが」という疲れ
私が面接の中で話を聞いていると、「特に嫌なことがあったわけじゃないんですが、なんか疲れていて」とおっしゃる方が一定数います。
よく聞いてみると、「チームの雰囲気を壊したくなくて、言いたいことが言えない」「上司の反応を見ながら発言している」「会議では本音を話せない」という話が出てくることが多いです。
明確なトラブルや嫌な出来事がなくても、気遣いが積み重なるだけで心のエネルギーはかなり消耗します。これは決して「繊細すぎる」とか「弱い」ということじゃない。それだけ真剣に場を読んでいる証拠でもあるんです。
仕事が終わっても「頭が止まらない」
夜になっても仕事のことが頭から離れない、布団に入っても「あの件どうしよう」と考えてしまう。そういう経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
この状態は、脳が本来必要な休息を取れていないサインです。「休んでいるつもりなのに、全然回復していない」という感覚は、ここから来ていることが多いです。思考が止まらないまま眠っても、脳はしっかり休めていないんですね。
疲れが取れない人に多い「3つのパターン」
① 「ちゃんとやらなければ」と思い続けている
「中途半端にしたくない」「ミスが許せない」そういう責任感は、仕事の質を高める大切な力です。でも、その思いが強すぎると、脳が常に「臨戦態勢」に置かれてしまいます。
疲れているのに「もっとできるはず」と自分を追い立てていると、回復の機会が生まれにくくなります。「7割できれば十分」という感覚を少しでも持てると、疲れ方がずいぶん変わってきます。
② 在宅勤務でオンとオフが切り替えられない
コロナ以降、在宅勤務が定着した方も多いと思います。通勤がなくなって楽になった面もある一方で、「仕事とプライベートの切り替えができない」という悩みも増えています。
実はオフィスに行って帰ってくるというルーティンは、脳にとっての「切り替えのスイッチ」だったんですね。それがなくなることで、気づいたら深夜まで何となく仕事をしているという状態が起きやすくなります。これは意志力が弱いわけでも怠慢でもなく、環境の問題です。
③ 休もうとしても、身体が「休息モード」に入れない
「ちゃんと寝たのに疲れが取れない」という方は、身体が休息モードに切り替わりにくくなっている可能性があります。
私たちの身体には、活動するときに働く神経と、休むときに働く神経があります。長時間の緊張やストレスが続くと、活動モードの神経が過剰に働き続け、休もうとしても身体がうまく切り替わらなくなってしまうんです。「寝ても疲れが取れない」「休日もなんとなくだるい」という感覚は、ここから来ていることが多いです。
今日からできるセルフケア7選|脳疲労を断ち切る心理的アプローチ
ここからは、実際に相談の場でお伝えしてきた方法を紹介します。それぞれに「なぜ効くのか」というメカニズムも添えているので、理屈がわかると取り組みやすくなると思います。全部やる必要はありません。「全部を完璧にやろうとせず、今の自分にピンとくるものを宝探しのように選んでみてください」そして、今日から試してみてください。
① ブリーフセラピー|「例外探し」を試してみる
なぜ効くのか
疲れているとき、人は「ずっとしんどかった」と感じてしまいがちです。でも実際には、一日の中に「まだ楽だった時間」が必ずあります。
「ブリーフセラピー(解決志向アプローチ)」という心理療法では、問題が起きていない「例外の瞬間」に注目することで、解決のヒントを見つけていきます。「問題の原因を掘り下げる」のではなく、「うまくいっていた瞬間を手がかりにする」という発想の転換が特徴です。これにより、脳が「できること」に意識を向けやすくなり、過剰な思考の負担が軽くなると言われています。
実際の面接から
「ずっとしんどくて、もう限界です」と話されていた方に、「一日の中で、まだ少し楽に感じる時間帯はありますか?」とお聞きしたことがあります。しばらく考えて、「そういえば、午前中の早い時間はまだ動けてる気がします」とおっしゃいました。そこから「では、負担の重い仕事はその時間に集中して、午後はなるべく軽い作業に切り替えてみましょう」という話になり、数週間後には「疲れ方が変わった気がする」とおっしゃっていました。
今日試してみること 「今日一番マシだった時間はいつ?」と自分に問いかけてみてください。
② 認知行動療法(CBT)|頭に浮かぶ「言葉」を書き出してみる
なぜ効くのか
「ちゃんとやらないといけない」「また失敗した」「自分はダメだ」こうした言葉が頭の中でループしていると、疲労感はどんどん増していきます。
「認知行動療法(CBT)」は、こうした思考のクセに気づき、より現実的な見方に修正していく心理療法です。私たちの感情や疲労感は、出来事そのものよりも「出来事をどう受け取るか」に大きく左右されます。極端な思い込みや自動的に浮かぶネガティブな言葉(自動思考)を「見える化」することで、脳が感じる負担を和らげていくことができると言われています。うつ病や不安障害への効果は医学的にも示されています。
実際の面接から
「毎日100点を目指さないといけない気がして」とおっしゃっていた方が、「7割できていればOK」と意識的に言い聞かせるようにしたところ、仕事後の疲れ方がずいぶん変わったとおっしゃっていました。完璧にやろうとしていたときより、むしろ仕事の質も安定してきたと話していたのが印象的でした。
今日試してみること 疲れたとき、頭の中に浮かんでいる言葉を一言だけメモしてみてください。「そのような自分に今、どんな言葉をかけられるかな」とアプローチすることも大事です。
③ ACT|「疲れている」と、まず認めてみる
なぜ効くのか
「疲れをなんとかしなければ」「早く回復しなければ」と焦るほど、意識はそこに集中して、かえって消耗してしまうことがあります。
「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」は、認知行動療法の流れをくむ心理療法で、「感情や感覚を無理に変えようとせず、そのまま受け止める(アクセプタンス)」ことを重視します。疲れや不快感に抵抗するとき、脳はその感覚と戦うためにさらにエネルギーを使います。一方で「今、疲れているな」とただ気づいて受け止めるだけにすると、脳が余分な戦いをやめられるため、負担が軽くなると言われています。
実際の面接から
「疲れているのに、疲れているなんて言っていられない」と話されていた方がいます。「疲れを感じることを、まず許してみましょう」とお伝えすると、最初は戸惑っていらっしゃいましたが、「疲れているな、と認めたら、なぜか少し楽になった気がします」と後日おっしゃっていました。抵抗をやめるだけで、不思議と肩の力が抜けることがあります。
今日試してみること 「今、自分は疲れている状態だな」と声に出して言ってみてください。それだけでOKです。
④ アサーション|「今はちょっと難しい」と伝える練習をする
なぜ効くのか
感情労働で消耗する大きな原因のひとつは、「断れない」「本音を言えない」という状況が続くことです。
「アサーション」とは、相手を傷つけず、自分も我慢しすぎない自己表現のことです。自分の気持ちや状況を適切に伝えることで、感情の抑圧が減り、心理的な負担が軽くなると言われています。「我慢して引き受ける」が続くと、感情労働の蓄積が加速します。一方で「伝える」という行動が習慣になると、脳が感じるストレス反応そのものが和らいでいくと考えられています。
実際の面接から
「断ったら嫌われると思って、ずっと無理をしていた」という方がいらっしゃいました。「今は難しいですが、来週なら対応できます」という伝え方を少しずつ練習したところ、「言ってみたら、意外と相手もわかってくれた」とおっしゃっていました。断ることは冷たさではなく、自分と相手の両方を守ることなんだ、と気づかれたようでした。
今日試してみること 「今はちょっと難しいですが、○○ならできます」という言い方を一度だけ試してみてください。
⑤ ソーシャルサポート|誰かに「疲れた」と一言だけ話す
なぜ効くのか
「誰かに話す」というのは、シンプルに見えて疲労回復にかなり効果的です。
人間は社会的なつながりの中で、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が抑えられることがわかっています。つまり、「話す」「聞いてもらう」という行為そのものが、身体レベルでストレス反応を和らげる効果を持っているんです。解決してもらわなくていい、アドバイスももらわなくていい。ただ「聞いてもらった」という感覚が、脳と身体の緊張をほぐしてくれます。
実際の面接から
「一人で抱えていたのがしんどかった。話すだけでこんなに違うとは思わなかった」そうおっしゃる方は、相談の場でもとても多いです。問題が解決したわけではないのに、「話したら少し軽くなった」という経験は、多くの方に共通しています。
今日試してみること 「最近ちょっと疲れていて」と、信頼できる人に一言だけ話してみてください。
⑥ グラウンディング|今聞こえる音を、3つ数えてみる
なぜ効くのか
ぐるぐると考え続けてしまうとき、脳は「過去の後悔」や「未来の不安」に意識が飛んでいる状態にあります。この思考のループを断ち切るために有効なのが、「グラウンディング」という技法です。
グラウンディングとは、五感(視覚・聴覚・触覚など)を使って「今この瞬間」に意識を引き戻す方法です。過去や未来ではなく「今ここ」に注意を向けることで、脳の過剰な思考活動が落ち着きやすくなると言われています。認知行動療法や、トラウマ治療の場でも広く使われている技法です。
実際の面接から
「頭の中がぐるぐるして止まらなくて」とおっしゃる方に、「今聞こえる音を3つ、心の中で数えてみてください」とお伝えすることがあります。やってみると「あ、外で鳥が鳴いてる」「エアコンの音がしてた」と気づいて、「頭が少し静かになった気がします」という感想をいただくことが多いです。難しい技術は何もいりません。
今日試してみること 今いる場所で聞こえる音を3つ、心の中で数えてみてください。それだけでOKです。
⑦ 呼吸法|ゆっくり息を「吐く」だけでいい
なぜ効くのか
呼吸は、自分の意志でコントロールできる唯一の自律神経へのアプローチです。
私たちの身体には、活動するときに働く「交感神経」と、休むときに働く「副交感神経」があります。緊張やストレスが続くと交感神経が優位になり、身体が休息モードに入りにくくなります。ここで「吐く息を長くする」呼吸を行うと、副交感神経が刺激されて身体が休息モードに切り替わりやすくなると言われています。特別な道具も場所も要らず、デスクに座ったままで今すぐできるのが最大の利点です。
実際の面接から
「面接室で一緒にやってみましょう」とお伝えして、3回だけ試していただいた方が、「なんかちょっと肩が楽になった気がする」とおっしゃっていました。「こんな簡単なことで変わるんですね」と驚かれることもよくあります。続けることよりも、まず一度体感してみることが大切です。
今日試してみること
3秒吸って、1秒止めて、6秒かけてゆっくり吐く。これを3回だけやってみてください。
疲れを溜めないための、ちょっとした習慣
「やること」を頭の外に出す
「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」と頭の中でループさせているだけで、脳はかなり消耗します。タスクを紙やメモアプリに書き出すだけで、頭の中がすっきりします。脳の中にあることを「外に出す」だけで、ずいぶん楽になりますよ。
スマホを置いて、5分だけ「何もしない」
休憩中にスマホを眺めているとき、実は脳は情報を処理し続けています。意識的に画面から離れて、ただ窓の外を眺めたり、お茶を飲んだりする時間のほうが、脳の回復には効果的だと言われています。5分でいいので、スマホを置いてみてください。
今日の自分に「何点?」と聞いてみる
「気づいたら限界だった」という方はとても多いです。毎晩寝る前に「今日の疲れは10点満点で何点?」と自分に問うだけでも、自分の状態に気づく練習になります。早めに気づければ、早めに対処できます。セルフモニタリングといいますが、とても大事です。気づいたら対策を講じればよいのです。
まとめ|疲れていることに気づくことが、すでに一歩
デスクワークの疲れは、サボっているからでも体力がないからでもありません。脳の処理、感情の調整、人間関係の気遣い。そうした目に見えない負担が、毎日少しずつ積み重なった結果です。
まず「脳が疲れているんだ」と理解するだけで、自分への見方が変わります。「弱いから疲れる」のではなく、「それだけ真剣にやってきたから疲れる」んです。
今日紹介したセルフケアの中から、まず一つだけ試してみてください。全部やろうとしなくていい。小さな一歩が、疲れとの向き合い方を少しずつ変えていきます。
それでもセルフケアだけでは回復が難しいと感じるときは、一人で抱え込まず、専門家への相談も選択肢に入れてみてください。相談することは、弱さではなく賢さです。
参考文献・引用
久賀谷亮『世界のエリートがやっている 最高の休息法』ダイヤモンド社
大野裕『こころが晴れるノート――うつと不安の認知療法自習帳』創元社
平木典子『三訂版 アサーション・トレーニング』日本・精神技術研究所
De Shazer, S. Clues: Investigating Solutions in Brief Therapy, W.W. Norton
Hayes, S.C. Get Out of Your Mind and Into Your Life, New Harbinger
Hochschild, A. The Managed Heart, University of California Press
Kahneman, D. Thinking, Fast and Slow, Farrar, Straus and Giroux
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