「疲れた」が口癖の人は損をする。臨床心理士が教える、「言い換えの技術」
「あー、疲れた」が口癖になっていませんか? 実はこの何気ない一言が、脳をさらなる疲労モードへと導いているかもしれません。臨床心理士が明かす、言葉を変えるだけで心と体に活力を取り戻す科学的メソッドをお伝えします。
なぜ「疲れた」という言葉が脳を疲労させるのか
「今日も疲れた」「もう疲れた」——職場や家庭で、つい口にしてしまうこの言葉。しかし臨床心理士は、この口癖が私たちの脳に深刻な影響を与えていると指摘します。
人間の脳は、自分が発した言葉を「事実」として認識するための情報に注目する特性を持っています。これは心理学で「確証バイアス(Confirmation Bias)」と呼ばれる現象です。「疲れた」と口にすることで、脳は「疲れた」というネガティブな状態を「事実」にするための情報をどんどん集め始めます。すると、「疲れた」という情報を受け取った脳の扁桃体(不安や恐怖を司る部位)は、副腎に命令し、ストレスに対処するためのホルモン「コルチゾール」を過剰に分泌させます。しかし、この「『疲れた』という言葉→扁桃体から副腎への命令→コルチゾールの過剰分泌」というプロセスが何度も繰り返されると、副腎が疲弊し、コルチゾールが分泌されづらくなります。その結果、ストレスに上手に対応できなくなり、倦怠感や意欲低下を引き起こすのです。
さらに、ネガティブな言葉の反復は、脳のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)——何もしていない時に活性化する脳回路——を過剰に働かせます。DMNが暴走すると、過去の失敗や未来への不安を何度も繰り返し考えてしまう「反芻思考」に囚われやすくなり、「疲れた」という感覚がより強化されてしまうのです。
「言葉は単なる表現ではなく、脳の状態を変える“スイッチ”なんです」と臨床心理士は語ります。つまり、何気なく発している言葉が、私たちの心身を疲弊させる悪循環を生んでいる可能性があるということです。
臨床心理士が教える「言い換えの技術」3ステップ
では、どうすれば良いのか。答えはシンプルです。言葉を「リフレーミング(言い換え)」するだけ。臨床心理学で用いられる認知行動療法(CBT)の手法を応用した、今日から実践できる3つのステップをご紹介します。
ステップ1:「疲れた」を具体化する
まず、漠然とした「疲れた」を具体的な状態に分解しましょう。
- 「疲れた」→「今日は5時間会議が続いて、集中力を使い切ったな」
- 「疲れた」→「肩と首が張っている。デスクワークで体が固まっているんだ」
このように原因を明確にすることで、脳は「何が問題なのか」を理解し、解決策を探し始めます。漠然とした疲労感ではなく、具体的な課題として捉え直すことが重要です。
ステップ2:「完了形」に言い換える
次に、ネガティブな状態ではなく、達成したことに焦点を当てる言い換えを試みます。
- 「疲れた」→「今日もタスクをやり切った」
- 「もう限界」→「ここまで頑張れた自分、すごい」
これは臨床心理学における「セルフコンパッション(自己への思いやり)」の実践です。自分を責めるのではなく、労う言葉を選ぶことで、脳内では報酬系が刺激され、ドーパミンやセロトニンといった安心感や幸福感をもたらす「幸福ホルモン」が分泌されやすくなります。
ステップ3:「次の一歩」を示唆する言葉に変換
最後に、現状から次のアクションへと意識を向ける言い換えを加えます。
- 「疲れた」→「ここで一度リセットしよう。10分散歩してくる」
- 「もう無理」→「今日はここまで。明日は新しい気持ちでスタートできる」
脳は未来志向の言葉に反応し、前頭前野(計画・実行機能を司る部位)が活性化します。「疲れた」で思考を止めるのではなく、小さくても次の行動を示すことで、脳は「まだできることがある」と認識し、エネルギーを生み出すのです。
言い換えがもたらす脳と心の変化
1. ストレスホルモンの減少
先ほどもお話しした通り、「疲れた」などのネガティブな言葉の反復は、コルチゾール(ストレスホルモン)の過剰な分泌を促し、副腎の疲弊、そして心身の倦怠感や意欲低下につながります。一方、「頑張った」などの言い換えによってポジティブな認知が増えると、コルチゾールの分泌が適度に抑えられ、心身のリラックスが促進されることが研究で示されています。
2. レジリエンス(回復力)の向上
困難な状況でも「できたこと」に目を向ける習慣は、レジリエンスを高めます。レジリエンスとは「困難や脅威によるダメージから立ち直り、、乗り越えるための精神的な回復力」を指します。40代は仕事でもプライベートでも責任が重くなる時期。言葉の選択ひとつで、しなやかに立ち直る力が育まれるのです。
3. 周囲への影響
言葉は伝染します。あなたが「疲れた」ではなく「やり切った」と言えば、周囲もその空気に影響を受け、チーム全体の雰囲気が前向きになることも。
ただし、注意点もあります。無理にポジティブな言葉を使う必要はありません。本当に限界を感じているときは、「休む」「助けを求める」という選択肢を選ぶことが最優先です。言い換えは、あくまで日常の小さな疲労感に対するセルフケアのツール。「頑張らなきゃ」という強迫観念に変えてしまっては本末転倒です。
明日から始める、言葉で整える心のウェルビーイング
言葉は、私たちの脳と心を形づくる最も身近なツールです。「疲れた」という一言が脳にネガティブなループを生むなら、その言葉を変えるだけで、思考も感情も、そして行動さえも変わっていきます。
明日、また「疲れた」と言いそうになったら、一度立ち止まってみてください。「今日も頑張った」「ここまでできた」——そんな小さな言葉の選択が、あなたの脳をバグらせ、新しい活力を生み出す第一歩になるはずです。
言葉を変える。それは、自分自身への最高のギフトかもしれません。
参考文献・出典
- Beck, J. S. (2011). Cognitive Behavior Therapy: Basics and Beyond (2nd ed.). Guilford Press.
- Neff, K. D. (2015). Self-Compassion: The Proven Power of Being Kind to Yourself. William Morrow.
- Creswell JD, Irwin MR, Burklund LJ, Lieberman MD, Arevalo JM, Ma J, Breen EC, Cole SW.(2012). "Mindfulness-Based Stress Reduction training reduces loneliness and pro-inflammatory gene expression in older adults...: a small randomized controlled trial" Brain, Behavior, and Immunity, Oct;26(7):1095-101.
- Raichle, M. E. (2015). "The Brain's Default Mode Network." Annual Review of Neuroscience, 38, 433-447.
- 日本認知療法・認知行動療法学会 https://jact.jp/
監修/佐藤セイ
公認心理師・臨床心理士。小学生の頃は「学校の先生」と「小説家」になりたかったが、中学校でスクールカウンセラーと出会い、心の世界にも興味を持つ。大学・大学院では心理学を学びながら教員免許も取得。現在はスクールカウンセラーと大学非常勤講師として働きつつ、ライター業にも勤しむ。気がつけば心理の仕事も、教える仕事も、文章を書く仕事もでき、かつての夢がおおよそ叶ったため、新たな挑戦として歯列矯正を始めた。
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