6)父が風呂場で溺れかける。父の時計が日を追うごとに進んでいる……【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】
親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。
記事を 1)精神科受診について悩んだまま年明け。突然、事態は変わるから読む人は、こちらから。
徘徊から1年経った2025年の2月も初めのうちは、訪問診療が入ったことで、通院の負担も減り、家族の連携もうまくいって、父も落ち着いているように見えました。両親には必要ないと言われつつも、12月からは隔週ペースで訪問看護も入れていましたし、3人目のケアマネジャーも、短時間でも様子を見に寄ってくださっていました。関わる人が格段に増え、離れている家族としても、だいぶ安心できるようになっていました。
以前も書いた栄養状態の悪さは、「エンシュアリキッド」という栄養飲料を摂ることで、だいぶ改善されていきましたし、懸案になっていた精神のお薬については訪問診療のドクターが慎重で、摂らないで過ごせていました。
それが2月の下旬の日曜日、用事があり、関東まで来ていたのですが、まだ体調も本調子ではなかったため、実家に寄らずに京都に戻ろうとしていたときのこと。訪問診療のクリニックの代表から着信があって折り返すと、まさかの父がお風呂場で転倒し、溺れそうになったという連絡でした。母の電話を受けた代表が駆けつけ、風呂場から父を助け出してくださったと。その後、救急車で、近隣の病院に運ばれたということでした。
幸いにも脱水症状のみで、その日のうちに自宅に帰ってこられたのですが、父の時計が進んでいるのを感じることになりました。翌日、わたしが行くとケロロリとして、平常運転だったので、よくよく事情を聞くと、年末に腰も悪くした父が転倒などしないよう、母の見守り前提で入浴を許可されていたのですが、雨戸を閉めに立ってしまったようなんですね。

介護中に明らかになってきたことですが、母にはちょっとADHD的な傾向があるのではないかと思うほど、何もしないでいることが難しいようでした。父が自宅で過ごすには限界が来ているのだろうかという疑いは芽生えつつも、訪問診療、訪問看護、ケアマネジャー……ようやく揃ってきたスタッフはよい方ばかり。父の介護認定結果は、この時点では要介護1ですし、要介護3になって、以前、ケアマネさんに教えてもらった特別養護老人ホームに入れるまでは自宅でがんばるしかないだろう。そうしたロードマップを頭に描きながら、施設入居のタイミングを見計らっていました。
→【記事の続き】7)相次ぐアクシデント。経験してみないとわからない困りごととは はこちらから。
文/Saya
東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
ホームページ sayanote.com
Instagram @sayastrology
写真/野口さとこ
北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
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