「憎いのに離れられない」母と娘の複雑な関係を描いた『同じ下着を着るふたりの女』レビュー

 「憎いのに離れられない」母と娘の複雑な関係を描いた『同じ下着を着るふたりの女』レビュー
『同じ下着を着るふたりの女』

母と娘の複雑な関係と心情を描いた『同じ下着を着るふたりの女』。「共依存」が話の軸ではあるものの、簡単に説明するのが難しい「母と娘が離れられない理由」が丁寧に映し出されている。監督・脚本を務めるのはキム・セイン氏。本作が長編デビュー作となる。2021年に韓国で公開が始まり、第26回釜山国際映画祭で5部門制覇。2023年5月より日本でも公開され、今後はオンラインで配信予定とのこと。今回、本作の試写の機会をいただいた。

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娘を車で轢いても一言も謝らない母親

物語は20代後半の娘・イジョンと中年の母・スギョンを中心に展開される。スギョンはシングルマザーとして娘を育ててきたが、幼い頃から時には身体的な暴力を行うほどきつく当たっており、イジョンは母親への憎しみをふくらませていた。

同じ下着を着るふたりの女
『同じ下着を着るふたりの女』から。娘イジョン(イム・ジホ、左)と母スギョン

ある日、スーパーの駐車場で口論になった二人。イジョンが車から出ると、なんとスギョンはイジョンを轢いてしまうのだ。車の故障であると主張するスギョン。一方でイジョンは「母親が故意に自分を轢いた」と疑わず、裁判を行う。

業者から車に故障はなかったことを告げられ、事故後にイジョンが同じ車で出かける様子もあり、観客の目には「スギョンがわざと轢いたのだろう」と映る。しかしスギョンは、事故車であると言い張る。イジョンは松葉杖が必要なくらいの大怪我をした。仮に故意ではなかったとしても、心配する素振りも、申し訳なさそうな様子もないのはあんまりだと思った。

スギョンには再婚を考えている恋人がいる。彼に娘との関係を改善するよう言われ、イジョンに「仲よくしよう」と提案するが「再婚したら妹の面倒を見て」「お前がいなければとっくに再婚していた」と身勝手な発言を続ける。

  『同じ下着を着るふたりの女』
『同じ下着を着るふたりの女』より。スギョンとその恋人。

正直、スギョンの鈍感力の高さに呆れてしまう。昔は仲がよかったことについて「私が我慢して黙っていたから」というイジョンの言葉には共感しかない。

「母を諦めること」は難しい

ただ、イジョンは20代後半であり、年齢的には立派な大人だ。「なぜ家を出て、母と距離を取らないのだろう」と疑問を持つ観客も少なくないだろう。貯金が少ないことを示すシーンがあるが、イジョンは母のように派手に着飾ることもなく、浪費しているようには見えないし、母から経済的に搾取されている様子もない。むしろ水道代と電気代に関してイジョンは負担していないとのこと。資金不足は真の理由ではないと考えるのが妥当だ。

イジョンがスギョンに「謝らないの?」と問う場面がある。「謝ってほしい」という相手への期待。言い換えれば、イジョンは母を諦めていないのだ。生理のときに怒りながらもケアをしてくれたことがうれしかったと語る場面があるが、優しいときもあるからこそ「いつかわかってくれるかもしれない」「良好な関係の母と娘になれるのでは」という希望をなかなか捨てられないのだろう。

スギョンは「良いお母さん」とは言いがたい人物であるが、最低限の親の役割を果たしてきた様子はうかがえる。誰がどう見ても“ひどい親”なわけではない。だから諦められないのだ。私自身、家族のことを良く思っていないのに、30歳近くまで実家を離れられなかった。「苦しいのに離れられない」という状況は過去の自分と重なった。

『同じ下着を着るふたりの女』
『同じ下着を着るふたりの女』

また、作中では細かい描写はなかったように思うが、近い経験をしたからこそ感じたのは、自立する心を折られているということ。ケンカの中でスギョンが「能無し」「役立たず」とイジョンを責め立てる場面があるが、もし日常的に否定的な言葉を浴びせられていたら、「自分には生きる力がない」と自信を持てず、実家を出ようという気になれなかったのではないか。

私には子どもがいないため、イジョン寄りでの視点が多くなったが「良い母親であるべき」というスギョンが感じてきた抑圧や、上手く生きられない苦悩も感じさせる場面がある。スギョンが若い頃は女性の選択肢が今より少なかっただろうし「こうあるべき」という空気感が強く、自分に合うか合わないか関係なく、決められたレールを歩かなくてはならなかったことを想像すると気の毒にも思う。

『同じ下着を着るふたりの女』
『同じ下着を着るふたりの女』

どう咀嚼するかはあなた次第

親との関係に何も不満がない環境で育っていたり、母娘問題に関する知識がなかったりすれば、イジョンが母から離れないのは理解できないだろうし「自己責任」と感じる人もいるのではないか。母と娘の複雑に絡み合った鎖は、外から見たらわかりにくいのだろう。しかし似た経験をした人間からすると、簡単には離れられない背景が細かくリアルに描かれていた。

視聴後に感じたのは「受け身で見ることを許さない作品」であるということ。観客に解釈がゆだねられている場面が多く「答え」は示されていない。生まれた環境や今までの人生経験でも見方が大きく変わるだろう。見終えた後にディスカッションしたくなるような作品であった。

 「同じ下着を着るふたりの女」 (英題:The Apartment with Two Women)

 

上映時間:2時間19分
製作国:韓国
制作年:2021年
制作会社:Korean Academy of Film Arts
配給:Foggy

*10月28日〜11月3日、神戸の元町映画館にて上映中。

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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