「映像業界でセクハラとか聞いたことがない」と言われたので現場体験してみた話

 「映像業界でセクハラとか聞いたことがない」と言われたので現場体験してみた話
canva

エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。

広告

2023年に日本公開された映画『SHE SAID その名を暴け』は、ハリウッドの大物プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行を暴いたふたりのジャーナリストの活躍を描いた実話に基づいた物語だ。本作では、ニューヨーク・タイムズの女性記者ふたりを中心に、ワインスタインを告発する記事を掲載するまでの道のりが丹念に描かれている。記事が公開された後の世の中の反応は、知っての通りだ。

日本でも、近年、映像業界における性的暴行、セクハラに対し、声を挙げる人が出てきている。業界で働く人に話を聞くと、「やっと声を挙げられる状況になってよかった」という人もいれば、「セクハラ報道ばかりに光があたるが、自分のまわりではセクハラとか聞いたことがない」「今はセクハラなんてしたら一発アウト」という人もいた。

果たして、本当に日本の映像業界は、セクハラとは無縁なクリーンな職場なのだろうか? 私(フリーライター)は、制作現場の実態を知るべく、実際に現場で働いてみた。本記事では、私が体験したリアルな制作現場の実態についてお伝えしたい。

「一緒にホテル泊まりたいなあ」はセクハラか

まず、申し添えておかなければならないことは、私の制作現場経験はごく短期間(一カ月以内)だということだ。当然、こんな短期間で映像制作現場の実態をすべて知ることはできない。しかし、垣間見ることはできる。私は、ドラマ『x』(仮名)に、制作スタッフとして関わった。

結論から申し上げると、短期間の勤務中に、スタッフから以下のような不快な発言があった。

「一緒にホテル泊まりたいなあ」(注:ホテルでの撮影があった)

「ルックスは美しいのに、仕事は下手」

「可愛いから許す。僕にとって女の子はみんな可愛いから」

など。

『x』は日本の制作現場のなかでは、かなり意識が高い現場だった。ほとんどの人がハラスメント研修を受けていたし、ハラスメントをしないように誓約書も書かされていた。(ベテランスタッフに聞いたが、そういった誓約書を書いたのは初めての経験だったという)。さらに、ハラスメントを受けた際の窓口も設置されていた。にもかかわらず、上記の発言がナチュラルに出てきていたのだ。ハラスメント研修とは!!

やっかいなのは、セクハラ発言をした人が、「いい人」だったことだ。新人の私の面倒をよくみてくれて、「ホテルに泊まりたい」といいつつも、実際泊まりたいわけではないことは明らかだった。私はセクハラ発言者たち(ふたりいた)が、人としては、どちらかというと好きだった。それゆえ、「え? きもい……でも悪気はないし。セクハラってほどでもないか……」と一瞬思ってしまったのが、冷静に振り返ってみると、ド直球のセクハラ発言だった。セクハラ研修では、「プラスの意味であっても、容姿に言及するのはその人を軽んじる行為」だとは教えていないらしかった。

差別は悪気がない人がする。ハラスメントも、ときに悪気がまったくない

『自分も傷つけたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』(KADOKAWA アルテイシア・著)にはこんな記述がある。

『自分を善人だと思っている人は「その発言は差別的ですよ」と指摘されたら、ショックを受けるだろ。だからこそ、周りは指摘ひづらいのだ。普段はいい人だし、悪気はないんだろうし……と遠慮してしまうのだ。』(P.78)

『差別はたいてい悪意のない人がするものだ。よーし、相手を傷つけてやるぞ! とやる気まんまんで差別する人は少なくて、むしろ相手を喜ばせようとか、場を盛り上げようと思ってうっかりやらかす人が多い。』(P.5)

まさに、私にセクハラ発言をしてきた人たちは、これだったと思う。本人たちは自分のことを善人だと思っている。私も、彼らを「いい人」だと思った。会話が弾むと思って、軽口を叩いただけなのだ。

しかし、悪気がなければ何をしてもいいというわけではない。『そっちに踏むつもりがなくても、踏まれた側は痛いのだ』(P.5)

モヤモヤを抱えて

制作スタッフとしての勤務は慌ただしく終わった。ハラスメントの窓口に報告はしなかった。ハラスメント発言をしたふたりは中年男性で、フリーランスの雇用だった。私が報告したあと、彼らの立場がどうなるのかも気になったし、報告するのは大げさかもしれないと思ってしまったのだ。報告はしなかったので、この現場では、「ハラスメントはなかった」ということになるのだろう。映像制作現場に長年いながらも、「自分のまわりではセクハラとか聞いたことがない」と発言した人のことを思い出した。

『自分も傷つけたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』の帯にはこう書かれている。『「これって私が悪いの?」「自意識過剰なの?」「傷ついている私は繊細すぎ?」ジェンダーを知ると、生きやすくなるよ』。

なんらかのハラスメントや性差別を受けた際、自分個人の問題としてとらえたり、「この程度でセクハラって、おおげさかもしれない」と迷う気持ちが出てきたりしがちだ。そんな時に必要なのは、「いや、きもすぎる! セクハラやん」「ありえんって!」「その発言はアウト!」と共感し、一緒に憤ってくれる友人や、冷静にツッコミを入れてくれる本などのコンテンツなのだと思う。

制作現場でのセクハラ発言に対し、未だにどう対処するのが正解だったのか、答えはでない。答えを探すために、この経験を書き、友人と語り、本を読み続けようと思う。

自分のことも
『自分も傷つけたくないけど、他人も傷つけたくないあなたへ』(KADOKAWA アルテイシア・著)

 

広告

AUTHOR

原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

自分のことも