母になった後悔をないものとしたとき、代償を支払うのは誰?『母親になって後悔している』【レビュー】
エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。今回は、『母親になって後悔してる』(新潮社)を取り上げる。
あなたはきっと後悔する!
あなたは!
きっと!
子どもがいないことを後悔する!
『母親になって後悔してる』(鹿田昌美訳 新潮社)は、こんな一文から始まる。実際、「早く産んだ方がいい。産めなくなってからでは後悔するだろう」といったメッセージは、手を替え品を替え語られている。母親になることは全女性にとって真の望みであり、良きことなのである、と。
一方、母親になって後悔している女性の存在は、無いものにされてきた。
「母親になったのだから、自然と母性が湧いてくるものであり、子育てがどれほど重荷でも結果的には母親になってよかったと思うのが自然だ。なぜならそれが女性というものだから」というストーリーは繰り返し語られ、「母親になりたくなかった」「母親になったけれど、間違いだった」という語りはタブーとされてきた。
本書は、イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトによる、これまで語られてこなかったタブーである「母親になった後悔」と、後悔の裏に隠れた女性のアイデンティティの多様性に光を当てた一冊だ。
子どもを愛している。それでも母親になったことを後悔している
「女性にとって母親であること自体が耐えがたい」ということは、あり得ないことだとされている。
なぜなら、子どもを産み育てることが、女性の存在理由であり喜びであるはずだから。だから、子どもを産まない選択をする女性はいたとしても、産んでしまえば、母親であることに満足できるはずだ、と。
しかし、オルナの研究は、母親であること自体が耐えがたいと感じる女性が存在し、彼女たちの声は抑圧されてきたという事実を明らかにしている。
オルナが本書でとりあげるのは、母親になって後悔していると語る23人の女性の証言だ。彼女たちは、子どもを愛していると語りながらも、「今の知識と経験を踏まえて、過去に戻ることができたら、ふたたび母になる道を選ぶか?」という選択にノーと答えている。
彼女たちは、育児放棄をしている母親ではない。子どもの世話をし、子どもの存在を愛している。しかしそれでも、自分が母親であることを望まないのだ。彼女たちは、出産した子どもについては後悔していないが、母親になったことは後悔している。
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