「中絶=罪」というイメージの背景、なぜ中絶を選択した女性が責められるのか?中絶ケアの専門家が解説

 「中絶=罪」というイメージの背景、なぜ中絶を選択した女性が責められるのか?中絶ケアの専門家が解説
AdobeStock

「中絶」について「赤ちゃんがかわいそう」「中絶は酷い選択」というイメージを持っている人も少なくないだろう。しかし、性と生殖に関する健康と権利(Sexual and Reproductive Health and Rights:SRHR)から考えると“産まない選択”を自分で決められることも重要である。また、中絶=悪のイメージは社会の都合によって作られてきたことが『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』に書かれている。著者で中絶サバイバーでもある金沢大学非常勤講師の塚原久美先生に話を聞いた。

広告

※スティグマ:偏見から生じる負のイメージ

「中絶は罪」というイメージは社会の都合によるもの

——なぜ「中絶=悪」のイメージが強いのでしょうか。

日本には今でも刑法に「堕胎罪」があるのですが、「母体保護法」で一定の条件の人工妊娠中絶を認めているという二重構造になっています。中絶を行える要件の一つには「経済的理由」と書かれているのですが、単純な経済的な理由ではなく、生活保護の対象になるほどの貧困の場合と国から示されています。しかし実際には、そこまで生活が苦しくなくても中絶を行っている人はいますよね。異常に女性を責めるような雰囲気の土台は、制度的に正当性がないことが影響していると感じています。

ただ、歴史的に見ると、「中絶=悪」というイメージは昔からあったものではないんです。戦後、人口調整のために優生保護法(※)で不妊手術や中絶を認めましたし、中絶そのものが「悪」という意識はほとんどありませんでした。

※1948年から1996年まで施行。特定の病気や障がい等を理由に優生手術(強制不妊手術)も行われていた。優生思想に基づく部分が障がい者差別であると批判され、その点を改正し、名称が母体保護法となった。

しかし1960年代後半に将来的な労働力不足が推測され、中絶を抑制しようという国の動きが見られ始めます。1970年頃、欧米ではウーマンリブ(女性解放運動)が盛り上がり、中絶合法化を認める方へ向かうのですが、日本では真逆に向かっていきます。1970年代と80年代に保守派の自民党議員による優生保護法の経済条項を削除しようとする動きがあり、プロライフ派(胎児の生きる権利を擁護・中絶反対派)の考えが広められ「中絶によって赤ちゃんが殺されるイメージ」が定着していきました。

同時期に水子供養がオカルトブームや寺社とメディアのタイアップの影響もあり広がりました。決して供養自体を否定するわけではありませんが、水子供養と結びついている「中絶=酷い行為」というイメージは伝統的なものではなく、比較的新しいものの見方だということはお伝えしたいです。

——学生時代にお腹の中の胎児が中絶の道具から逃げ回る映像を見たことがあって、それから「中絶は酷い/してはいけない」という強く思ったのですが、その映像もフェイクだと貴著には書かれていますね。

1980年代にプロライフ派が「中絶=悪」というイメージを一般の人たちに広げるために作ったフェイク動画です。流産した胎児を用いて、ナレーションをつけることであたかも逃げているように見せていることが指摘されています。

1970年代以降、実際に中絶された胎児を撮影し写真展を開いたプロライフ派の写真家が日本にもおり、人々に対して「中絶とは命のある者が殺されていく」という残虐なイメージを植えつけるような活動が繰り広げられていました。そうすると、中絶に対して特別賛否の意識がなかった人も「中絶は酷い行為」というイメージを持つようになったのです。

一方で中絶を選択する女性に対しては、「母性のない女性」などと言われ、酷い人間として描かれてきました。ここ数年で「孤立して出産し遺棄する女性」に関する報道が複数あり「果たして女性の自己責任なのか」という問いがやっと出てきました。

性教育がきちんと行われないまま「命の大切さ」が強調された教育が行われており、学校教育のなかで、中絶の様子のビデオを見たという経験も聞きます。命の大切さを伝えること自体が悪いわけではないものの、困った妊娠をする女性がいる現実や、夫婦関係もさまざまであることを無視し、「中絶は必要な選択」というメッセージが届いていないなかで「胎児がかわいそう」という面ばかり強化されてしまうことには問題があると感じます。

——「中絶後は心身共に不調が出る人もいる」といったイメージもあります。

実は、中絶が心身の不調の直接の原因とはなっていないのです。私自身、中絶と流産を経験し、原因不明の心身の不調に何年も苦しめられました。そんななか「中絶後症候群(PAS)」という言葉を知り、自分の症状に当てはまったので、大学院でPASの研究をしようと思っていたんです。ところが中絶の心理に関する英語の文献を読んでみると、心理学者たちの間でPASは否定されていました。PASも「中絶は女性にとって良くないもの」というイメージを広めるため、プロライフ派によって作られた概念でした。

とはいえ、中絶後に苦しんでいる女性たちは実際にいますよね。それは妊娠した相手や親との関係における問題や精神的な不調などさまざまな要素があって生じることであって、中絶が不調の直接の原因ではなく、あくまでストレス要因の一つということ。言い換えれば、一回限りの妊娠初期の中絶で病気になったり心理的に不安定になったりということはないのです。

ただ、PASになりやすい女性はいると言われています。その要因の一つが「社会にどれだけ中絶のスティグマがまん延しているか」という点です。例えばカトリックの背景を持っているなど、中絶を罪として扱う社会文化的な要素を持っていると苦しむことになりやすいと言われています。日本は中絶へのスティグマも強いですし、中絶にかかる費用も高く、配偶者同意の問題もあり、女性たちが中絶の選択をすることのハードルが非常に高くなっています。

中絶の是非
AdobeStock

「中絶は悪いものだ」と思わされてきたことに気づく

——『中絶のスティグマをへらす本』では、アンラーニング(学んだことを意識的に捨てること)を勧めていらっしゃいます。

中絶は悪いものだという考えは社会から自分が学んだもので、中絶は悪いものだと思わされてきたと気づくことがポイントで、スティグマを一枚ずつ剥がしていくようなイメージです。

「中絶は悪いこと」と思い込んでいたスティグマが剥がれると、自分の本当の気持ちが出てくると思います。自分は本当は産みたかったんだと思う人/「産まなきゃいけない」って思わされてたのだと気がつく人/実際にはキャリアや経済的には産むことは無理だと分かっていたのに、その本音を言ってはいけないように思わされてた人……「私が悪いです」と言っておけば世間的には許してもらえる空気があり、本来は色々な思いが隠されているはずなのに「全て自分が悪い」と思わされ、本音を隠してきた女性たちがたくさんいるはずです。

現状、日本社会にはスティグマがあるので中絶の経験について話してくれる人はごくわずかです。そこで、中絶について正々堂々と話してもよいということを広めるため、2020年9月28日の国際セーフ・アボーション・デー(安全な中絶を選ぶ権利を求めてアクションを起こす日)より毎月28日に「中絶についてもっと語ろう」をテーマに活動しています。

日本では年間約15万件の人工妊娠中絶が行われており、中絶経験のある人はたくさんいます。その人たちが隠れることなく、自分の経験を話せるようになることが大事だと思っています。

——今でも中絶の選択をした女性へのバッシングは見られますが、どう対抗していけばいいでしょうか。

中絶への作られたスティグマや、性と生殖に関する健康と権利(SRHR)の話をいくらしても、「中絶は悪い」という考えを変えない人が一定数はいます。まず、人の話を聞かない人には「私の体のことに口を出さないで」と言うしかないでしょう。

一方、「中絶は悪い」という考えの人が一定数いるのを前提に、この問題をどう考えていくべきなのか、きちんと議論のできる人と話をしていけばいいと思います。それでも、「胎児が大事」という気持ちを持つのはその人の自由ですが「あなたがどう考えようとも、他者の自由を侵害してはならない」ことは変わりません。

中絶
AdobeStock

——「日本は中絶に関して海外に遅れをとっている」と聞きますが、海外の中絶の潮流はどのようなものでしょうか。

世界の潮流は間違いなく中絶合法化、つまり非犯罪化に向かっています。なぜならば、中絶を犯罪化しても中絶は減らず、増えるのは非合法な中絶であり、隠れて危険な中絶を行い亡くなる女性が増えることが明らかになったからです。

国連も2000年に女性の権利としての中絶を認めるという決議を出しています。それでも動かない国があったので、2010年代に中絶を合法化していくように女性差別撤廃条約を締結している国に指導を行ったり、実態調査をさせたりなど動き始めました。

2016年には国連の社会権規約(国が国民のために積極的に保障しなければならない人権を規定)に「安全な中絶を受けるのは女性の権利である」ということが書き込まれ、2019年には自由権規約(国から干渉されない個人の自由としての人権を規定)に「安全な中絶にアクセスする障壁を作ってはいけない」ということが明記されました。

2022年3月のWHOの新しいガイドラインでは、中絶を非合法化することが第一の勧告になっています。

2000年以降に何十もの国が中絶を合法化している一方、違法化の方向に向かった国はわずかで、その中に最近アメリカも入りました。日本はアメリカを追随する傾向が強いので、アメリカの動きを見て不安になった方もいると思います。しかし、アメリカは女子差別撤廃条約を初めとする国際人権条約を未批准ですが、日本は批准していますので、その点が異なります。

先の選挙でも保守派が大勝しましたので、逆行する動きはあるかもしれません。しかし、反論していくだけの材料は持っています。また、物事が進むときに必ず反発はあるものです。反発がありながらも、それに対する再反発もあって揺れながら人類は進化していくのだと思います。

——中絶にまつわる状況を改善していくために一人ひとりができることはありますか。

『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』を読んでいただき、これまでいかに女性たちが不公平に扱われてきたかを知ってほしいです。知ることが力になりますし、知ったら声をあげたくなるはず。

制度を変えていくには不正に怒りを感じる人を増やさなければなりません。これまで女性運動においても中絶に関しては手薄だったと私は感じています。なぜならば、スティグマが強く、触れてはいけないタブーのように扱われてきたからです。

中絶を選択した女性たちがなぜ悪者扱いされなくてはいけないのか。それがおかしなことだと知っていただきたいですし、一緒に声をあげていきましょう。

女性の権利
AdobeStock

※後編では日本の中絶の問題点を中心にお話を伺っています。

『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』
『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』

【プロフィール】

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究家、中絶ケアカウンセラー、金沢大学非常勤講師。出産後、中絶問題の学際研究を始め2009年に金沢大学大学院で博士号(学術)、後に心理学修士号と公認心理師、臨床心理士資格も取得。『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ-フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)/『中絶がわかる本』を翻訳出版(アジュマ、解説:福田和子、監修:北原みのり)、著書『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』『日本の中絶』(筑摩書房)、Twitter:@kumi_tsukahara

広告

AUTHOR

雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

中絶の是非
中絶
女性の権利
『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』