“みんな違って綺麗”は容姿差別からの解放なのか?『ブスなんて言わないで』が問いかけるルッキズム

(c)とあるアラ子/講談社

“みんな違って綺麗”は容姿差別からの解放なのか?『ブスなんて言わないで』が問いかけるルッキズム

昨今「ルッキズム」の認識が広がりつつあり、画一的な美の基準に疑問を呈する声も珍しくなくなりました。とはいえ、ルッキズムの周辺には賛否が割れている議題や、答えの出ていない問題はたくさんあります。ルッキズムに関して考えるきっかけをくれる作品が『ブスなんて言わないで』(講談社)です。作者のとあるアラ子さんに作品を描く際に考えていたことや、読者に伝えたいメッセージについて伺いました。

主人公・山井知子は高校時代に容姿を理由に虐められていました。親からは「可愛い」と育てられており、自分のスタイルを貫いていたものの、度重なる虐めによって自信を失い、高校の途中から不登校になり、顔を隠して生きるようになりました。

『ブスなんて言わないで』(講談社)より
(c)とあるアラ子/講談社

高校卒業後はなるべく他人と顔を合わせなくて済む仕事を選び、最低賃金でギリギリの生活を送っています。

ある日、たまたま手にとった雑誌に、知子が虐めの主犯格だと認識していた白根梨花が美容専門家として載っていました。そこでは梨花が「ブスなんて1人もいません」「自信を持ちましょう」と語っており、自分を追い詰めた人間がルッキズムについて言及していることに知子は衝撃を受けます。

そして、梨花を殺そうと、梨花の会社へ向かうのですが、採用面接に来たのだと勘違いされ……。

自虐・容姿イジり・「モテ」「愛され」・ミスコンの是非・男性が経験する容姿差別など、ルッキズムに関する様々なテーマを取り上げている『ブスなんて言わないで』。知子と梨花は真逆の立場にいるものの、女性が対立する話ではなく、根本にある気持ちは共通しているというシスターフッドが見える作品でもあります。

“綺麗”は多様化されたけれども、綺麗になる努力からは降りられない

『ブスなんて言わないで』(講談社)より
(c)とあるアラ子/講談社


ルッキズムがテーマの作品を描いた理由について、「ネット上で度々ルッキズムの話題が炎上するなかで、『ブスなんていないんだよ』という発言に驚いたことがきっかけ」とのことです。

「知子の『どうして差別されている側が変わらなくちゃいけないんだよ!』というセリフへの反響が大きかったのですが、私としては、<都合が悪いからって勝手に抹消すんなよ>のセリフの方が自分の気持ちが込められた気がしています。だって現実を見れば、やはり“美しい”という基準の容姿は存在していて、『ブスがいない』なんて嘘じゃないですか。『ブスなんていない』という言葉を聞いたときに、もしかしたら『ブスがいる』ことで都合が悪い人もいるのではないかと感じたんです」

『ブスなんて言わないで』(講談社)より
(c)とあるアラ子/講談社

「痩せなくてはいけない」「二重(ふたえ)でないとブス扱いされる」「ムダ毛を剃らなくてはいけない」——このような画一的な美の基準は変わりつつあり、“綺麗”の定義は多様化されつつあります。しかし、とあるアラ子さんは「まだまだ『こうあるべき』という基準が根強く存在している」と指摘します。

「ファッションや美容の雑誌を読んでいると、ボディポジティブの特集を行いつつ、他のページでは痩せたモデルさんしか起用していないとか、別の号でダイエット特集が掲載されていることってよくありますよね。やはりまだ『痩せていた方が美しい』という価値観は根強いと思うので、どちらも取り上げたからといって、プラスマイナスゼロにはならない。ダイエット特集が勝ってしまうと思うんです」

「そもそも本来、反ルッキズムとは『綺麗でなくてもいい』という話であったはずですが、いつの間にか『みんな違って、みんな綺麗』という話にすり替わっていることもちょっと恐いと感じていて……。綺麗の基準を広げることももちろん大事だと思います。だけど『綺麗になる努力をすること』のレールから降りさせてもらえないことに、より問題を感じています。

とはいえ、ある日突然『もう化粧をしなくてもいい』と言われても、いきなりやめられないですよね。綺麗になることには楽しい側面もありますし。私自身もこのような漫画を描きながらも、毎日『痩せたい』とか『シミが気になる』とか考えている、画一的な美しさにとらわれている人間の1人です。

だからこそ『一人ひとり違って、みんな綺麗』というメッセージに着地するには時期尚早だと思うのかもしれません。まず『綺麗にならなくてもいい』という権利を取り戻すことが大事なのであって、その土台がしっかりしてから『色々な美しさがある』という話ができるのではと思っています」

自虐は絶対的に許されないもの?

『ブスなんて言わないで』(講談社)より
(c)とあるアラ子/講談社
『ブスなんて言わないで』(講談社)より
(c)とあるアラ子/講談社

読者からの反響が大きかったのは“自虐”に関する部分についてとのことです。作中では知子の<ブスやデブは自虐を言うことも許されないの?>というセリフや、元芸人である山本が、学生時代に容姿でいじめられていた自分のような女の子に向け、自虐ネタをしているという背景も描かれています。しかし反響が大きかったのは、梨花が自虐をされて困っているシーンだったそうです。

「『私も気を付けようと思いました』という感想をいただくことが多かったのですが、正直なところ私自身は特に『自虐はするべきではない』とは思っていないんですね。漫画の中でも様々な考えを提示しているものの、結論は示していないつもりでいました。

私は『自分をどんどん愛し、自己肯定感を上げていこう』といった雰囲気に乗れないタイプなので、『自虐は一切ダメ』というのは、それはそれで息苦しいと感じます。だって他人の自虐に助けられることってあるじゃないですか。だけど『自虐をしないように気を付けようと思った』という感想が多いことはそれだけ『自虐はいけないこと』という風潮が今の世の中で強いのだろうと思います。でも、本当にそれは自分で考えて出した結論なのかな?なんてどうしても考えてしまうんですよね」

ルッキズムは容姿イジりだけではないのに

『ブスなんて言わないで』(講談社)より
(c)とあるアラ子/講談社

知子の同僚で元芸人の山本は芸人時代、容姿をネタにして人気が出たものの、あるとき容姿ネタがウケなくなってしまいます。後輩で売れっ子の女性コンビが容姿イジりをやめる宣言をした影響でした。容姿ネタのタブー感は強まり、山本のコンビはどんどん仕事がなくなり、結局解散に至ります。

「私自身は自分の容姿に言及されてもあまり傷つかないタイプなんです。なので正直、容姿イジりはあまり気になったことがなくて……。もちろん、容姿イジりには『こういう人がブス』というイメージを与えてしまったり、問題もあるとは思いますが。でも『お笑い』って、逸脱した見た目の人が逸脱した行為をするところに面白さが生じている部分もあるわけですよね。構造的な問題を無視して、わかりやすい容姿イジりだけなくすって何か意味があるのかなと、どうしても思ってしまうんです。

また、ルッキズムの問題はあらゆるジャンルや業界が考えるべき事柄なのに、お笑いだけ取り沙汰されやすいことにも疑問を抱いています。たとえば、痩せていたり足が長かったりという従来の美の基準から外れないモデルを見て、コンプレックスを抱く人もいますが、だからといってモデルが責められることはないですよね。身体的な特徴を使って表現をしている点では同じなのに、一方だけ責められるのはなぜなのでしょうか。

芸人さんの言動が責められやすいのは『指摘しやすいから』という理由もあるのではと思います。変えやすいところだけ変えて、何か成し遂げたような気になっている社会には抵抗していきたいです」

【後編】では、男性の容姿差別や「モテ」「愛され」などについてお伺いしています。

【プロフィール】

とあるアラ子

漫画家。東京都出身。漫画『美人が婚活してみたら』(Vスクロールコミックス)で人気を博す。2021年より、web漫画サイト「&Sofa」で『ブスなんて言わないで』を連載開始。

ブスなんて言わないで
『ブスなんて言わないで』(「&Sofa」)

 

AUTHOR

雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。

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『ブスなんて言わないで』(講談社)より
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ブスなんて言わないで
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