「貧困ゆえに代理母になる日本女性」というリアル|桐野夏生『燕は戻ってこない』【レビュー】
エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。今回は、桐野夏生氏の最新作『燕は戻ってこない』(集英社)取り上げる。
腹の底から、金と安心がほしい。
桐野夏生の最新作『燕は戻ってこない』(集英社)の主人公、29歳の非正規女性、リキはギリギリの生活をしていた。
仕事は病院の派遣事務。朝8時半から夕方5時半まで働いて手取り14万。部屋代に5万8千円取られ、残りの8万2千円で送る生活では、スタバどころかセブンイレブンのコーヒーさえ贅沢品だ。
本書は、そんな貧困女性たちに、貧困から抜け出す「ビジネス」として、エッグドナー(卵子を提供するドナー)や、代理母出産(なんらかの理由で妊娠、出産できない他人の代わりに、妊娠や出産を引き受けること)が普及し始めた世界を描いたディストピア小説だ。
桐野が描き続けた「貧困」。女性・子ども・格差
桐野は貧困を描き続けた作家だ。
『OUT』(講談社)では、平凡な主婦がDVに耐えかね、夫を殺害したことをきっかけに、パート主婦仲間と結託し、非合法なビジネスに手を染めていく様が描かれていた。本書は日本人作家として初めて、優れた推理小説に与えられるエドガー賞にノミネートされ、海外でも広く読まれるようになった。
海外の読者からは、「日本の中流家庭の主婦が工場でアルバイトしている描写に驚いた」という感想も寄せられたという。桐野が、「女性の貧困」とそれゆえの「家庭内での地位の低さ」という、見えづらい日本社会の暗部を『OUT』で描いたのは、1997年のことだった。
それから24年後の2021年に上梓された作品『砂に埋もれる犬』(朝日新聞出版)で描いたのは、子どもの貧困だ。主人公の少年は、食事も満足に与えられず、親からネグレクトされて育つ。愛してくれなかった母への恨みは加速し、社会全体や女性への憎悪にまで発展していく。
内閣府の調査では、ひとり親世帯のふたりにひとりが「食料が買えなかった経験」があることや、親の収入と子どもの勉強時間や成績、進路希望に相関関係があることが明らかになっており、貧困の連鎖も示唆されている。(※1)
『砂に埋もれる犬』は、貧困や憎悪の連鎖と、連鎖を断ち切る微かな希望が描かれたリアリティ小説だった。
翌年2022年に発売された最新作『燕は戻ってこない』で描くのは、格差だ。
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