結婚・妊娠・出産は「当たり前のこと」なのだろうか?『夏物語』を読んで一児の母が感じたこと
ナタリー・ポートマンやエイミー・シューマーなど海外のフェミニストセレブリティーが絶大な支持を寄せる芥川賞作家の川上未映子さん。彼女の作品が世界中で愛されるようになったキッカケとも言える作品が、日本で2019年に出版された『夏物語』。生まれてくることの意味、女性の生き方について考えさせられる作品をレビューしたいと思います。
『夏物語』
『夏物語』の著者は、2008年に『乳と卵』で芥川龍之介賞を受賞した作家の川上未映子さん(ちなみに川上さんはヨガが趣味だそう!)。
2019年に出版された『夏物語』は二部構成からなる長編小説。第一部は、芥川賞受賞作の『乳と卵』に手を加えボリュームアップしたものを序章とし、それから8年後の物語が描かれてい第二部は、本作の本編となります。
第一部では、東京で暮らす30歳の夏子が、豊胸の手術をすることを考え上京する姉・巻子とその娘の緑子を東京駅で迎えるところからはじまります。第一部から8年後の東京を舞台に描かれている第二部では、第一部で語り手として姉の巻子と娘の緑子の間に立っていた夏子を主人公として物語が進みます。テーマは、「パートナーなしで子どもを産むこと」について。
今回は、感想を補助するために一部ネタバレを含む内容となります。まだ読んでいらっしゃらない方で内容が分かってしまうことを避けたいという方は、ご自身の選択でお読み下さい。
結婚・妊娠・出産って「当たり前のこと」なのだろうか?
物語の中で夏子は、AIDと言う生殖補助医療の助けを借りて、自分の子どもを産むことを考えます。
小説やドラマ、映画の話の中だけではなく、一昔前には考えられなかったような生き方が今は現実で当たり前になってきています。それは、それぞれの人がそれぞれの生または性、そして真実に対して嘘偽りなく生きていることの証。とても喜ばしいことであると同時に、必然的なことであるとわたしは感じています。
わたし自身は、どちらかと言えばステレオタイプ的な生き方に属するのかもしれませんが、それでもこれからの人生でどんな選択をしていくとしても、”それぞれ”の選択をする権利があるということを勇気づけられたような気がします。
選択肢が増えること
科学が発達した結果、わたしたちは日々の暮らしから出産に至るまで様々な選択肢を得られるようになりました。少し前であれば、きっと「駄目なものは駄目」と諦めなくてはならなくなっていたことが、科学の力を借りれば可能になったことは、きっとたくさんの人の生活や命までも助けてきたと思います。
けれど、選択肢が増えることで悩みが多くなったことも事実。
例えば、夏子自身も何年にも渡ってAIDをするか否かを悩み、やるべきことを後回しにしていたり、また危険な目にも遭います。また、実際AIDによって生まれてきた子どもたちの苦悩も小説の中で触れられています。
選択肢が増えることは重要ではあるが、一概に「人を幸せにしてくれる」とは言い切れない側面もあると思いました。
「子どもを産むことは不自然なこと」
子どもを産むことは不自然なことだと、『夏物語』の中では説かれています。これは、わたし自身の経験にもマッチしていてとても共感できました。
10ヶ月という長いようで短い妊娠期間は、それまで生きてきた中でもとても幸せな時間だったのと同時にとても不思議な時間だったと記憶しています。決してマイナスな意味ではないですが、この感覚を一言で表すと”不自然”になるのかなと思います。
体は変わり、心も変わり、それまでの自分が感じていた「自然な状態」とは全く違う時間は、本当に不思議でした。そして、絶賛子育て中の今も、時々不思議な気持ちになります。
「結婚をすれば子どもを産むのは当たり前」という考えは、わたしがこの不思議な10ヶ月間を過ごす中で反発を覚えたもののひとつです。
「第二子は?」「絶対に下の子がいたほうがいい」と言われるたびに、「なぜ?」と聞き返す自分はもしかしたらおかしいのかと考えたこともあります。けれど、『夏物語』の中で、この”不自然”という言葉で表現された感覚に出会ってから、わたしにはこの”不自然”をまた体験する勇気がないのかもしれないなと思いました。
間違っている人は誰一人いない
物語の中では、夏子の決断に対する周囲の反応は、賛成もあれば反対もあります。間違ったことを言っている人は、誰一人いないように感じられます。ですが、それは同時に、全ての人が正しいことを言っているというわけでもないことを思わせられます。なぜなら、真実は人それぞれで違うから。人が住む世界は、正しいとか間違いだとかそんなことだけでは割り切れない、曖昧な場所なんだと思います。
結局、人は自分の人生を生きていかなくては幸せにはなれないのかもしれません。「周りがこうだから」「社会がこうだから」ではなくて、自分の人生は自分の課題として向き合って生きていかなくてはいけないなとも思いました。
マジョリティの意見だけがスタンダードではない
「子どもを産むことは善である」ーーこれは、マジョリティの考えなのかもしれません。けれど、それだけが世の中の考え方でもないことをわたしたちは知っておかなければならないとも思います。
一人の子どもを産んだ親として、これから何をすべきなのかをしっかりと考え、自分と向き合っていきたいと思わせてくれた作品『夏物語』。難しいテーマではありますが、軽快な大阪弁が読む人の心を和ませてくれます。女性はもちろん、男性にも読んでほしい1冊です。
AUTHOR
桑子麻衣子
1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く