「貧困ゆえに代理母になる日本女性」というリアル|桐野夏生『燕は戻ってこない』【レビュー】

 「貧困ゆえに代理母になる日本女性」というリアル|桐野夏生『燕は戻ってこない』【レビュー】
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他人のために子どもを産むのは、「人助け」か「搾取」か「ビジネス」か

主人公のリキは、アメリカの生殖医療専門クリニック「プランテ」でのエッグドナー登録をするバイトを同僚から紹介される。卵子を提供するのは一回50万〜80万。値段の差があるのは、提供する人によって卵子がランクづけされるからだ。

迷いながらも「プランテ」に出向いたリキは、「プランテ」の日本支社代表・青沼に思いがけない提案をされる。青沼はリキに代理母になることを提案したのだ。青沼は「人助け」だといい、ぜひ検討してほしいと勧誘。リキは貧困から抜け出すために、代理母になることを決意する。

リキに代理母を依頼したのは、舞台芸術関係の仕事をする草桶基と、その妻でイラストレーターの草桶悠子だ。基の母は資産家で、「草桶家の跡取りができるなら」と快く代理母の費用を支払う。

基はリキに、代理母出産は「プロジェクト」で「ビジネス」であるという態度をとる。実際、リキは契約書にサインし、仕事として基の子を産むことに合意したのだ。

契約を結んだのち、リキの自由は制限されていく。お酒を飲むこと、性行為をすること、基に告げずに遠出すること、数々の制約が課される。リキの体と自由と尊厳は、貧困から抜け出すために取引されたのだ。

リキは文字通り命がけで「ビジネス」を行う。妊娠により肉割れし、一生消えない跡が腹部に残る。悠子の友人である芸術家のりりこは、肉割れを「スティグマ」と表現するが、基は「神秘的だし素晴らしいこと」だと解釈する。

草桶夫婦には、苦しい不妊治療に取り組み、一度は子どもを諦めかけた過去があった。草桶夫婦にとって代理母出産は、希望を失いかけた愛し合うふたりが、善意の第三者によって、かわいい赤ちゃんを胸に抱くことがでる……という美しい物語に組み込まれるのだろう。

リキの物語は、それとは全く違ったものだった。

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原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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