「貧困ゆえに代理母になる日本女性」というリアル|桐野夏生『燕は戻ってこない』【レビュー】
経済格差と自己責任論。「彼女が自分で決めたのだから……」
代理母に対する見方は、立ち位置によって異なる。
日本でも2020年に、雑誌『VERY』のウェブ版にて、「(代理母は)費用的にはなかなか手軽にはならないとのだと思いますが、選択肢が増えることは良いこと」と言った女性の発言が炎上したことがあった。彼女には経済力があったため、自分が代理母を利用する側にはなっても、代理母になることは一切「選択肢」に入っていなかったのだろう。
また、代理母ビジネスが盛んなウクライナでは、「誰かに強制されたのではないので、搾取だとは思わない」と語る代理母の当事者もいる。(※2)
「自分で選んだのだから、これは搾取ではない」「自分の責任だから」と考える人は少なくないだろう。
『燕は戻ってこない』でも、依頼者である草桶基は、「彼女が自分で決めたんだよ」「いわゆる自己責任ってやつじゃないの」と、代理母ビジネスが正当な取引だと主張する。
貧しさゆえに、体を売らなければならないこと。それすらも、自己責任であり、公平な取引なのだ……とリキは割り切ることはできなかった。そのため、リキはラスト、自分の尊厳を守るための行動を起こす。
逆に言うと、代理母を選んだことは自己責任であり、公平は取引だと信じたならば、自分の体に対する自己決定権や自由意志、尊厳さえも、取引対象になり得るということだ。
経済格差の広がりが作り出す、それぞれの選択肢
経済格差の広がりは、富める人にこれまでは夢物語だった選択肢を提供し、貧しい人にあらゆるものを売り渡す選択肢を与える「公平な」世界を作り出すのかもしれない。
2022年3月1日、世界銀行が190カ国の地域の経済的な権利をめぐる男女格差調査の結果を公表した。日本は昨年の80位から103位に大きく順位を下げた。男女の経済格差が固定化し、広がる未来は、どういった選択肢が提示されるのだろうか? もしかしたら、男性カップルが子どもを持つために、貧しい女性が代理母になる選択肢にありつけるかもしれない。(海外の一部の地域ではすでに行われている)。
しかし、日本の30代半ばから50代半ばの平均所得は20年前と比べて100万円も低下しているらしい。(※3)となると、日本の男性カップルでは代理母の依頼はハードルが高いかもしれない。だとすると、外国人カップルが日本女性に代理母ビジネスを依頼する?
「そんなこと、あるわけない」と言い捨てられないリアリティが、桐野夏生作品には通底している。
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